表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
283/426

007.Black Cat Moan

 ノエルのマンションのリビング。


「ねぇ、黒猫が家に居ない(のはなぜ)?」


 確かに一緒に帰ってきた筈のリッキーの姿が、フロアのどこにも見当たらない。

 この部屋で過ごす時間が増えているセーラとしては、素朴な疑問なのであろう。


「ミーファの部屋に居ないなら、自分好みの場所に隠れてるんじゃないかな」


「これ(の中)?」

 セーラは巨大なドーム状の『ちぐら』を指差す。

 市販されている小さくて柔らかい猫ちぐらと違って、この『ちぐら』は依り合わされたかなり太い稲藁で作られているのが特徴である。


「これはアラスカベースに居る人が、ハンドメイドで作ってくれたんだ。

 市販の家猫用じゃ、大柄のリッキーが入れないからね」

 『ちぐら』の小さな出入り口からリッキーの毛並みをちらりと見たセーラは、ようやく納得したようである。


「あの人、(ノエルを見る目がいやらしいから)嫌い!」

 セーラはTokyoオフィスで見かけたので、いちおうベックとも面識があるようだ。


「大丈夫だよ。ちょっかいを掛けて来たら絶交するって約束だから。

 それにシンさんに聞いたら、そんなに悪い人じゃないって」


「???」


「それに何より、リッキーがしっかり懐いているからね。

 ピートに対してはユウさんの手前があって、可愛がるのを遠慮してるみたいだから」



                 ☆

 

 

 翌日。


 ノエルとセーラはマリーのお誘いで、商店街にある馴染みのビストロへ来ていた。

 4人がけのテーブルには、ボリューム満載の田舎風料理が並んでいる。


「この店に一緒に来るのは、久しぶりですね」


「そろそろ(セーラがニホン料理以外を)食べたいかと思って」


「飽きては無いと思うんですが。

 ここって、こんなにボリュームがある店でしたっけ?」


 前菜から全てのメニューがボリューム満載で並んでいるのは、ビストロとしてはあまり見られない光景であろう。各皿は取り分けを前提としたような分量であり、それらがテーブルに隙間無く並んでいるのはかなりの壮観である。


「予約して、特別に私用のボリュームにして貰った」

 マリーは顔なじみの店主夫婦に、サムアップをして見せる。

 彼女はこの商店街の顔役であり、常連になった飲食店は必ず繁盛するという『幸運の女神』なのである。


「セーラ、どう?」


「どの料理も美味!

 嬉しい!」

 分厚いパテを頬張りながら、彼女は満足気な表情をしている。

 ニホン料理で似た味の料理はあん肝などの高級料理だけなので、久しぶりの味なのであろう。


「セーラは好き嫌いが無くて良い(理想的な嫁)」


「姐さん、セーラに優しくしてくれるのは僕も嬉しいです」


「末弟の嫁に優しくするのは、長女としては当たり前」


 マリーのノエルに対する接し方は、出会った当初から変わらない。

 天涯孤独な身の上である彼女にとって、ルーやノエルは実の兄妹と等しい存在なのであろう。


「あっ、このポトフ美味いなぁ。

 僕の母さんのインスタント・ポトフと比べると、違いは歴然だよね」


「ノエル、それはすごく羨ましい」


「???」


「私は母さんの顔すら覚えていない。

 味を覚えているだけでも、羨ましい」


「それじゃ姐さんのお袋の味は、ユウさんが作る和風が入ったポトフになるんでしょうね」


「うん。ユウが作ってくれる料理は、どれも絶品。

 もしユウが移籍する事があれば、私も迷わず付いていく」



                 ☆


 ノエル宅の深夜のリビング。


「まさかこんな時間帯に、デリバリー業務が出てくるなんてね」


「すいません。本当に至急らしいんですよ

 時差が大きいので、こういう事が偶に起きるんです」


「お世話になってるSIDにそう言われると、こっちも返す言葉が無いよ。

 セーラ、お留守番宜しくね」


「もう眠いから、寝てる」


「事前に分かれば、コイケさんを呼んだんだけどね」


「子供じゃないから(留守番くらい出来る)」


 SIDがセキュリティを担当しているこのマンションで、何かトラブルが起きる可能性は殆どゼロであろう。それにこの高層マンションには、緊急時には頼りになる複数のCongoh関係者が居住しているのである。


 短時間で宅配便業務を終えたノエルは、自室にジャンプで帰還していた。

 薄暗いダウンライトの下で、ベットの上には複数の影が見える。

 明るく光る眼球で、もう一つの影が人間で無いのがすぐに分かる。


「あれっ、リッキー?」


 いつもながら自分の寝床から出てこない黒猫が、なぜかセーラが眠るベットで添い寝している。

 熟睡しているセーラが抱き枕よろしく抱きついていて、リッキーは身動きが取れない状態のようだ。


「ワゥ」

 声を潜めた返答は、彼女が起きないような配慮なのであろう。


「セーラを守ってくれてたんだ」


「ワゥ」


「彼女は抱きつく力が強いから、朝まで我慢してね」


「ワゥ、ワゥ?」


「明日の朝食は、大好きなベジョータのステーキを焼いて上げるからさ」


「ワゥ!」


 自室からそっと音を立てないように出たノエルは、巨大な業務用冷凍庫からシュリンクされたベーコンの塊を取り出す。自然解凍のために冷蔵庫へ移し替えるが、冷蔵庫のドアを閉める前にドアポケットから良く冷えた銀色の330ml缶を取り出しておく。同じメーカーの高アルコールの瓶とは違って、6%のこの缶ビールは飲み口が軽くノエルの最近のお気に入りなのである。


 軽い醤油風味のマカデミアナッツをつまみにしながら、ロングソファでリラックスしたノエルは缶ビールをちびちびと口にする。

 音量を絞ったCNNの画面を眺めながら、彼の長い一日は漸く終わろうとしていた。

お読みいただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ