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006.I Run To You

 Tokyoオフィスキッチン。


「僕がついてきて良かったんですか?」

 ユウからの指示で玉ねぎを薄切りにしながら、ノエルが声を上げる。

 料理が得意では無いと周囲から認識されている彼であるが、まな板は軽快な音を立てている。


「今日は格闘技の授業じゃないからね。

 ノエル君ももうちょっと、レパートリーを増やしたいでしょ?」


「ええ、もちろん。

 包丁使いだけは小さい頃から仕込まれたので、割と自信があるんですけどね」


「うん。ノエル君は野菜の下処理ならなんでも上手そうだよね。

 包丁使いに関しては、教える事は無いかな」


「上手」

 ノエルの包丁捌きを称賛しながら、セーラも慣れた手付きで人参の皮を剥いている。

 ピーラーを使わずに刃渡りが小さなペティナイフで皮むきをしている様子は、深窓の令嬢のような見掛けと違って手際がとても良い。


「セーラも皮剥きが上手だね。

 それでこれがニホン料理の出汁ですか?」


「うん。鰹節から取る基本的な出汁で、ニホン料理の基本の一つかな」


「でもスーパーではいろんな濃縮出汁を売ってますよね?」


「フランス料理のコックさんが、固形ブイヨンとか使ってるのを見たことが無いでしょ?

 それと一緒で、手間暇惜しまずに出汁は自分で取るのが基本なんだよね」


「なるほど」


「まぁ出先で料理する場合や忙しい時には、私も濃縮出汁を使う事もあるし。

 ただし本当の出汁の味を知ってるかどうかは、今後の味付けの勉強にも影響してくるからね」


「薄い……いや淡い味かな」


「うん。その通り。

 セーラ、味がわかるかな?」


「薄いけど、美味しい。

 ユウが作るワショクの味」


「セーラは、ママンの料理で育った訳じゃないよね?」


「パパが作ってくれた方が多かった」


「へえっ、それは凄いね。

 ユウさん、この出汁を取った後の鰹節はどうするんですか?」


「ああ、『だしがら』ね。

 これはちょっと手を加えて、ふりかけにするんだ」


「へえっ、無駄が無いんですね」


「この本枯節は有名ブランド品じゃないけど上物だから、『だしがら』でもふりかけにすると美味しいんだよ。ピートも自家製ふりかけを掛けた御飯が、大好物だから」


「それってニホンでは『ねこまんま』って言うんですよね?」


「うん。ピートはマグロの漬け丼も昔から好きなんだけど、『ねこまんま』も同じ位好きなんだよね」


「飼い主がユウさんだけあって、グルメに育っちゃったんですね」


「うん。シリウスほどでは無いけど、今や安いキャットフードなんて絶対に食べないからね」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎



「それでこの大量のカット済み野菜は、どう調理するんですか?」


「天つゆを作ってから、かき揚げ丼を作ろうと思って」


「そういえば天丼の専門店には行った事はありますけど、かき揚げ丼は食べた事が無いなぁ」


「それはもったいない。

 地味だけど、天ぷらの美味しさが詰まったツウ向けのメニューなんだよ」


 ユウは用意してあった、ごま油をブレンドした天ぷら鍋に手をかざす。

 170℃前後になった油を、業務用コンロの火加減で微妙に調整する。


「まず各種野菜と具材を熱の通り具合を想定しながら、ボウルに取って」


「いきなり溶いた小麦粉の中に入れないんですね?」


「うん。そうすると衣が多いボテッとした仕上がりになっちゃうから。

 ボウルの中に衣を少量づつ落としていくんだ」


「この薄力粉は、何か特別なんですか?」


「犬塚食品の料理長に分けて貰った、特製なんだ。

 今後定期配送便で扱えるように、製造元と交渉中」


「なるほど」


「それで少量の衣がついた野菜を、油の中にそっと落としていくんだ」


「具材を積み上げて、厚みを足していくんですね。

 こういう大量の油で調理するのは、僕は初めてですね」


「形に気をとられると、火が通り過ぎちゃうからね。

 天ぷらは、加熱の具合がキモだから」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎



 厨房では出来上がったかき揚げ丼を、皆で試食している。


「うわぁ美味しい!

 シンプルな料理なのに、丼にした時のバランスが絶妙ですね」


「美味!」


「それにこのつやつやご飯の美味しいこと。

 ユウさん、このお米は定期配送便の銘柄と違いますよね?」


「うん。今の備蓄分が無くなり次第、このお米に切り替わる予定なんだ」


「それは楽しみですね」


「二人とも箸使いが上手だね。

 天つゆの味が、効いてるでしょ?」


「はい。

 てんぷら専門店で食べたツユと、同じですね」


「満足!」


「ユウさん、この一回り巨大な丼はもしかして姐さん(マリー)の分ですか?」


「知らせずに厨房で試食してると、臍を曲げちゃうからね。

 あらかじめ準備して置かないとね」


 ここでマリーがダブダブのTシャツ一枚で、突如キッチンに現れる。


「何か良い匂いがする……私の分は?」


「ほらね」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎



 場所は変わってリビング。


「リッキー、そろそろ帰るよ」


「ワゥ」

 超大型猫であるリッキーは、成長して鳴き声も小さかった頃と大きく変わっている。


「ピート、いつも遊んでくれてありがとうね」


「ミャウ」


「リッキーは、見るたびに大きくなってるみたいだね」

 5年前はほぼ同じ体躯だった2匹だが、今ではリッキーがピートの倍ほども大きくなっている。


「ええ、流石にもう成長は止まってるみたいですけど。

 最近はリードを付けて散歩させてると、知らないお巡りさんに良く止められちゃって」


「ちょっと見、黒豹とかに見えるんだろうね」

 ピートの母親代わりであるユウにはリッキーもしっかりと懐いているので、帰り際の挨拶で頭をユウに擦りつけている。


「ええ。ナナさんが調達してくれた血統書は、外出する時には必携ですよ。

 まぁうちの近所のお巡りさんは、猫好きの方が多くて助かってますけど」


「でもまだセーラとは、距離感があるみたいだね」

 セーラはリッキーとはノエルを挟んで、家の中でも距離を取っている。


「……大きくて(怖い)」


「リッキーはセーラの事を、気に入ってるみたいなんですけどね。

 彼女はペットを飼った経験がありませんから。

 昔のトーコみたいに、慣れるまでに時間が掛かりそうですね」

お読みいただきありがとうございます。

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