002.Fighting For Me
シャワー上がりの彼女は、さすがに全裸では無く浴室備え付けのバスローブを着ている。
細いウエストを絞ったバスローブ姿は綺麗な胸のラインを強調していて、濡れ髪と合わせて全裸よりも扇情的な印象を受ける。短い丈からちらちら除く太腿のラインは、ハムストリングがしっかりと発達していて見掛け倒しでは無い彼女の運動能力を示している。
ちなみにコイケさんは睡眠がまだ足りないのか、ロングソファで横になって安らかに寝息を立てている。
もちろんノエルは、睡眠不足の彼女を揺り起こしたりはしない。人一倍責任感が強い彼女の仕事ぶりと、臨機応変に状況を判断できる彼女の能力を充分に理解しているからである。
ブリオッシュを頬張る彼女の後ろに立って、ノエルは濡れ髪を給水タオルで拭っている。
彼女はノエルを十分に信頼しているのか、いきなり髪を触られても驚いた様子が無い。
子供の頃から母親の髪の手入れを手伝わされていたので、続けてドライヤーをかける手付きも美容師のように板についている。髪を乾かされながら残りのブリオッシュを平らげた彼女だが、ノエルにぜんぜん足りないと振り返ったアイコンタクトで訴えかけてくる。
「昨日はカフェテリアで食べなかったの?」
髪にブラシを通していると、ノエルには戦場で保護した幼女達のお世話をしていた記憶が蘇ってくる。
知り合った経緯と合わせて彼女に対して過剰な保護欲を感じてしまうのは、ノエルとしては仕方がない部分なのであろう。
「読書」
(自習室で本をずっと読んでたから、食べるの忘れてた、かな)
日常会話が得意では無いニホン語に変わったせいか、最近のセーラは口数が極端に少なくなっている。ノエルが彼女の言いたい事を正しく理解出来るのは、日頃からマリーとの会話で慣れている所為かも知れない。
Congoh特注の業務用冷蔵庫の中には、学園寮やTokyoオフィスで余った料理や食材が沢山入っている。
最近は食材を細かくやり取りするより、飲み会の会場になっているノエルの自宅にジャンプで直接持ち込んだ方が効率的だと、ユウやシンは気が付いたのであろう。扉にビルトインされている大画面液晶には庫内にある物品の情報が表示されていて、これらはSIDが集中管理しているので食べ忘れるという事が無い。
料理のレパートリーがあまりないノエルであるが、折に触れてユウやシンに調理の基本を教えて貰っているので料理音痴では無い。大きく味を外す事が無いのは、長年兵站を担当し段取りを何より重視する彼自身の性格によるのであろう。
(たしかユウさんが持ってきてくれた、鶏肉とゴボウの煮込みが大量に余ってたよね。
餅米を混ぜておこわ風の炊き込みにできるかな)
「これから混ぜ御飯を炊くから、50分位は待てるよね?」
「うん」
キッチンで炊飯器をセットしているノエルを期待に満ちた目で見ている彼女は、お世話されるのに慣れきっているように見える。依存心が強いというより、ノエルに対しては肉親のように無制限に信頼しているという事なのであろう。
(コイケさんも食べたがるだろうから、ちょっと多めに用意しようかな)
炊飯器のスイッチを入れたノエルは、冷蔵庫内の在庫を確認して早い昼食?の献立を考え始めたのであった。
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
大きな丼に盛り付けられた炊き込み御飯を、箸をしっかりと使って彼女はかきこんでいる。
海外で生まれ育った彼女であるが、両親の教育が徹底していたのか箸使いは綺麗である。
大盛り2杯目を米粒一つ残さずに完食した彼女は、ようやく人心地が付いたようで満ち足りた表情になっている。
炊飯器の匂いで目を覚ましたコイケさんは、定時報告を済ませると恐縮しながらも旺盛な食欲を見せている。ちなみに味噌汁はフリーズドライのインスタントだが、常備菜はユウが作り置きした切り干し大根やひじきの煮物である。
「この小鉢の煮物は、板前さんが作ったような本格的な味ですね。
既製品なんですか?」
「作ってくれたのは、ユウさんですから」
「……私に似てる」
「そうそう。うちのお姫様と、大使館のユウさんは確かに容姿が似てますね」
コイケさんは自らの護衛対象をお姫様と読んでいるが、ノエルも細かく指摘する事無く流している。
「ユウさんのお父上もニホン出身だと聞いていますから、その所為かな」
「詳しいですね。
もしかして、ユウさんはノエル君の初恋の人なんですか?」
「う〜ん、そうかも知れませんね。
今も料理を教わったり、頼りにしてますから」
照れもなく言い切ったノエルに、食後に寛いでいる彼女は不思議な表情をしている。
その表情は嫉妬というより、羨望や尊敬に近いかも知れない。
「紹介して」
「週に一回は学園のカフェテリアの担当をしてるんだけど、会ってないんだ?」
「ん」
「じゃ今度ここで飲み会がある時に、紹介してあげるよ」
「ん」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
「自分は帰りますから、お姫様を宜しくお願いしますね」
「了解です。帰宅する場合も送り届けますからご安心下さい」
「……帰らない」
スリムなジーンズとワークシャツに着替えた彼女は、頬を膨らませる幼い仕草で抗議をしている。
その年相応の表情を見て、コイケは苦笑いをしている。
玄関まで見送った後愛用の電子ピアノの前に座ったノエルは、静かにキー・リッドを開閉すると指を鍵盤の上に置く。
♪〜♫
ノエルが奏でるいつもの即興ブルーズ。
ソファの上で膝を抱えている彼女は、うっとりとした表情でノエルを見ている。
彼女のリクエストに応えて演奏を続けるノエルは、とてもリラックスした表情である。
小一時間後。
「小腹が空いたから、ピッザでも頼もうか?」
「私がやる」
「SID、いつもの店のオーダー画面を出してくれる?」
全ての注文をSIDに任せるのは簡単だが、ノエルは応接テーブルに置いてあったリモコンを彼女に手渡す。
既存の過剰過ぎるトッピングのピッザでは無く、彼女はプレーンを選択しトッピングを追加していく。
ハラピニオにペパロニ、アンチョビにロースハムで2枚分のラージサイズを注文し終えると、ノエルに追加分は必要かどうか目線で尋ねる。
「フレンチフライとか、サイド・メニューは?」
「ん」
彼女はCongoh端末用のリモコンを使って、ポインタを滑らかに操作している。
操作マニュアルを見た事は無い筈だが、迷う様子が全く無いのは彼女の知能の高さ故なのだろうか。
最終の決済画面はノエルのカード情報を残しているので、あっという間に注文が完了する。
「かんたん」
口数が少ないので誤解しがちであるが、彼女の知能指数は異常なほどに高い。
ただしCongohは知能指数の情報を外部に漏らす事は無いので、M●NSAのような団体から勧誘が来る事は無いのであるが。
ピアノの前からソファに移動したノエルに、彼女はぴったりと密着している。
太腿を枕にすると、ノエルの股間に後頭部を預けてご機嫌な様子である。
「とっても安心」
「そう、それは良かった」
彼女のノエルに対する懐き方は、普通では無い。
校長先生はPTSDにならなかったのは、ノエルの存在が大きいと断言している。
(しばらく好きにさせるように言われてるけど、今度はこっちが依存しそうだよね)
ノエルの口に出さない呟きは、二人の関係がより親密さを増している証拠なのであった。
お読みいただきありがとうございます。