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036. I Can't Be Satisfied

 ワイキキ某所。


 ヒッカム基地での172(セスナ)を使った訓練後、教官役であるレイはジョディを連れてショッピングセンターに来ていた。ちなみに、同じ機体で訓練を受けたノエルも同行している。


 レイがハワイベースに来ていたのはDragonflyのアビオニクス調整の為であるが、突如頼まれた飛行訓練についても二つ返事で引き受けている。長年に渡ってパイロット育成に携わっていたレイにとっては、操縦を教えるのはごく当たり前の日常業務なのであろう。ついでに言うならば教え子にステーキをご馳走するのもレイの昔からの恒例行事らしく、敷居が高い高級ステーキハウスにいきなり連れてこられたジョディは遠慮があるのか申し訳なさそうな表情である。


 この店の常連であるレイのオーダーは、テーブルの上を埋め尽くさんばかりの過剰な分量である。レイは米帝育ちなので中華料理の作法を意識した訳では無く、大食漢と聞いていたゲストの二人に配慮しているのであろう。


「それじゃ遠慮無く楽しんでね。ここは全て僕の奢りだから、食べたいメニューや好みのドリンクがあればどんどん追加注文して構わないから」


「こんな高級店、NYでも入った事がありません。

 それに今日はいきなり操縦桿を握らせてくれて、ビックリしました!」


 居心地が悪そうにしていたジョディだが、取り分け用の分厚いサーロインを食べた瞬間に表情が崩れている。米帝で育った彼女にとって、プライム・ビーフはやはり特別なご馳走なのである。


「今日のフライトも、滞空時間にしっかりとカウントされるからね。

 終始落ち着いていたから、パイロット適性は問題無いんじゃないかな」


 フィレの分厚い部位をソースを掛けずに頬張っているレイは、いつものようにテーブルソースを使っていない。適度にエージングされた牛肉は、塩胡椒だけで十分に美味しいのだろう。


「ノエル君も一緒に訓練してくれたんで、心強かったです」


「自分はまだライセンスを取れる年齢になってませんけど、滞空時間は地道に稼がないといけませんから。それにご一緒したおかげで、こんなに豪勢な昼食にご相伴できましたから」


 ノエルはニホンではあまりお目にかかれないジャーマンポテトを気に入ったのか、繰り返し取皿にお替りしている。ニホンでも折に触れてステーキを食べているが、肉の味の違い以上に付け合わせメニューの美味しさに感心しているのである。


「ところで、シン君から紹介された店には行ってみた?」


「はい。アドバイス通りに注文しましたけど、とっても美味しかったです」


「台湾料理は豆腐とか発酵食品を使ったメニューに、『地雷』があるからね。

 食べ慣れると癖になるんだけど、いきなり注文すると匂いが辛いかも知れないからさ」

 好物のロブスターが入ったマカロニチーズを頬張っているレイは、会話の内容とは違ってとても穏やかな口調である。


「シンさんも言っていた『地雷』というのは、そういう事だったんですね」


「まぁユウ君みたいに、初めてでも美味しいって平らげちゃう人も居るんだけどね。

 ナナさんの食育は、僕も経験したけどかなり極端だから」


「そういえば寮でバロットを美味しそうに食べているマイラを見た時は、ビックリしました」


「へえっ、バロットを知ってるという事は東南アジアにも行った経験があるんだね。

 あのメニューはユウ君とマイラ以外は、無理なんじゃないかな?」


「バロット?それって美味しいんですか?

 私も食べてみたいなぁ!」

 柔らかな仔牛のローストを続けざまに頬張りながら、ジョディが発言する。

 普段は食べれない高級な肉メニューを堪能すべく、彼女は一生懸命である。


「……まぁフィリピンでは普通に食べられてるからね。

 生卵が抵抗感無いなら、食べられる……かも」


「マイラはエイミーと同じで、特殊な出自ですから。

 食べ物に関する先入観が無いっていうのは、大きいですよね」


「まぁソフトシェル・クラブみたいな歯応えと思えば、抵抗感は薄れるかな」


「……」

 なんとなく料理の正体を察したのか、ジョディはステーキを切る手を止めて突然停止してしまったのであった。



                 ☆



 シンとユウが合流した夜半のリビングでは、ジョディを囲んだいつもの親睦会が始まっている。

 レイは急ぎの業務があるらしく、自室に籠もっているので此処には来ていない。


 合流した二人は、それぞれにつまみが入った巨大なタッパを持参している。

 それぞれの拠点の調理担当である二人は、余った料理や作りおきの惣菜を飲み会に持参するのが習慣になっているのである。


「数日暮らしてみて、私もここの空気に染まって来たみたいで。

 なんかつまらない事で悩んでいたのが、馬鹿みたいですよね」

 彼女は餃子が大好物なので、ユウが持参した冷めたジャンボ餃子を美味しそうに頬張っている。

 さっきまで高級ステーキ店で飽食していたので、彼女がかなり頑丈な胃袋を持っているのは確実であろう。


「ああ、やっと決心が着いたんだ!

 それじゃ早速大統領(アンジー)とフウさんに連絡をしておくよ」


「宜しくお願いします。

 できればノエル君を補佐できる部門に、所属できるのが私の希望です」


「特に肩書は無くても、相性が良さそうだからそうなるんじゃないかな。

 住まいはノエル君のマンションには空き部屋が沢山あるから、そこが良いかな」


「今、同居してる人は居ないのですか?」


「う〜ん、気難しい妹分が居るから、折り合いが問題かな」


「私の知っている限りでは、本家のナナさんと違って彼女はそれほど気難しく無いと思うよ。

 それにナナさんも、ノエル君に対してはいつでも優しいし」


「そうそう。僕とユウさんに対する扱いとは、大きく違うからね。

 その点は機会があったら、文句を言わせてもらいたいよね」


「あの……Congohの方々って、皆さん距離感がまるで親戚同士みたいなんですよね。

 なんかとっても羨ましく感じちゃいますね」


「ああ、ジョディさんも直ぐに慣れますよ。

 口喧嘩してる相手でも、背中を預けられるのが私達の特徴ですから」


 ロックグラスを掲げたユウに、シンとジョディは笑みを浮かべながら同じ動作で応えたのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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