033.Holding Nothing Back
ハワイベースの夕食時。
シンとユウが二人して厨房に入っているのは、ゲスト対応とは言え普段から考えられない贅沢な布陣である。ハワイベースは在籍メンバーが少ないにしても、料理上手が誰も居ないというプロメテウスの中でも稀有な拠点なのである。
握り寿司はジョディが居るので用意されていないが、ユウは近隣の市場をフル活用して手の混んだちらし寿司を用意している。シンはいつも寮で出しているお馴染みメニューに加えて、普段はあまり作らない排骨の揚げ物などの屋台風メニューも多数用意している。
「うわぁ、今日は久々に豪華な夕食だ!」
かなり背が伸びて大人びて来たエリーだが、普段の食事に対する鬱憤があるのか子供っぽい歓声を上げている。
「ははは。エリーにひどい事を言われてますよ」
彼女とは年齢が近いノエルが、遠慮の無い感想をジョンに浴びせている。
「まぁ未だに料理は上達してないから、言い返せないかな。
特にお客さんに出せるレベルの料理は、絶対に無理だしね」
「そうだよ!最近はユウさんに習ってるから、私の方がレパートリーが多いし」
「エリーは学園寮に入寮希望中だもんね」
「うん!父さんがOKしてくれないけど、Tokyoへ引っ越すのも時間の問題だよね」
「……」
ジョンはこの話題に触れてほしくないのであろう、娘と目を合わさずに無言を貫いている。
「まぁハワイベースに移動希望の料理人は沢山居るから、エリーが居なくても何とかなるでしょ。
アラスカベースの料理長も、いい加減温かい場所に移動したいって言ってたしね」
「バウッ!バウッ!」
シリウスは普段食べていないちらし寿司が気に入ったようで、ユウに対してお替りを催促している。
「シリウスは、本当にグルメに育っちゃったよね」
ユウは客観的な意見を述べているつもりだが、自分のピートに対する甘やかし具合は棚に上げているようだ。
「別に僕が贅沢させた訳じゃなくて、本人の希望通りにしてただけですからね」
「ダダ甘なのは、否定しないんだ」
「ははは」
流石に姉貴分であるユウには、シンであっても言い返せないようである。
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「このちらし寿司というメニューは、本当に素敵です!生魚は得意じゃないんですけど、見かけ以上に味が素晴らしいです!」
煮穴子や漬けマグロが入ったちらし寿司はジョディにとっては目新しいメニューであり、加熱調理したネタも多いので抵抗感が少ないのであろう。
「もしかして、握り寿司は苦手?」
「う〜ん、ほとんど食べず嫌いかも知れませんね。
NYだと高級な寿司店は、接待でも無ければ高くて手が出せないんですよ」
「私の師匠みたいな店があれば良いんだけど、NYじゃ家賃が高すぎて難しいかな」
「トーキョーでも、この機会に本格的な寿司屋さんに行ってみたいですね」
「ほらノエル君、スケジュールにしっかり入れておいてね。
店は私が紹介してあげるから」
「了解!」
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夕食後。
Tokyoとの時差を利用して、シンとユウはリビングに居残ってジョディとの飲み会?に参加している。
ハワイベースはユウ好みのバーボンを常時在庫しているが、まだ仕事が残っているらしくこの場ではビールで我慢しているようである。
「個人的にはノエル君を支えてくれるメンバーとして、ジョディさんには移籍して貰えると嬉しいかな」
リビングの一同が飲んでいるBREWDOGのビールは最近定期配送便に加わったようで、初めて口にしたシンはその濃厚な味に驚いた表情をしている。
「でも皆さん、もともとプロメテウス国籍をお持ちなんですよね?」
ジョディはかなりアルコールに強いようで、度数が高いビールを口にしても全く表情が変わっていない。
「いや、そうでも無いよ。
プロメテウスは多重国籍を認めているし、取得は難しくないからね。
ジョンさんはレイさんとの関係で、此処に来たんですよね?」
「そう。
自分が新兵になる前から世話になっていたから、かなり長い付き合いになるかな」
「レイさんって、あのTokyoオフィスでお見かけした方ですよね。
皆さん若々しくて、年齢が良く分からないですよね」
「恩恵に預かってる私が言うのは何だけど、Congohのアンチエージングの技術は凄いからね」
ジョンの実年齢はすでにリタイアが当然の年齢であるが、まだ働き盛りの若々しさを十分保っている。
「シンさんは、大統領と特に懇意にしてるんですね」
「まぁ貸しが沢山あるから、多少の無理は聞いて貰えるかな。
地位は兎も角として、本当に尊敬できる人だからね」
「まぁ彼女からしたら、年下の大事な彼氏に振られたく無いだろうからね」
「ユウさんまで、そんなゴシップ紙みたいな事を言わないで下さいよ」
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「ねぇシン君、今日はシリウスと一緒に寝ても良いかしら?」
シリウスはすっかりジョディに懐いたようで、ソファの上で彼女の太腿に顔を載せてリラックスしている。
「シリウスは貴方の事をだいぶ気に入ったようですね。
初対面の人に、これだけ懐いているのは珍しいです」
「この子は凄く賢いでしょ?
もしかして天才犬なのかしら」
「ええ。特殊な言語を使っているので、慣れるとコミュニケーション出来るようになりますよ」
「今でもなんとなく、言ってる事はわかるのよね」
「もしかして、それはアシスト機能なのかも知れませんね。
僕でも正確に聞き取れるようになるのは、数カ月掛かりましたから」
「ふぅん、そういう補助機能があるなら、満更悪くはないかも」
「まぁ誰に対しても色眼鏡で見ないのも、うちのメンバーの特徴ですからね」
「バウッ!」
「はいはい。それじゃシリウス一緒に休みましょうね。
それじゃお先に休ませて貰いますね!」
飲みかけのビールを持って自室に戻る彼女は、前日とは全く違うとてもリラックスした表情をしていたのであった。
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