032.Rescue
前後の繋がりがあって、今回の話は短めです。
翌朝の学園寮。
荷造りをしておくように言われたジョディは、大きなバックパックを手にリビングに来ていた。
大皿に積み上げられたお握りは一見質素な朝食に見えるが、ユウが用意したので中身の具材がとても贅沢なのである。
「アイマスク……目隠しですか?」
急かされるようにお握りを頬張っていたジョディは、いきなり渡されたアイマスクに困惑の表情である。
「ごめんね。信用して無い訳じゃないけど、大統領から必要以上に機密事項を開示しないように言われてるからさ」
マスクと引き換えにバックパックを受け取ったシンは、自ら背負って両手を自由にする。
ジャンプで他人と一緒に移動するには、両手を空けて横抱きにする必要があるからだ。
「了解です。
シンさんって、大統領と本当に親しいんですね。
あっシンさん、追加でお握り貰っていって良いですか?」
豪華な具材の味が気に入ったのか、ジョディはちゃっかりと上着の左右のポケットにお握りを収めている。
「米帝の政府機関名簿に僕の名前はちゃんと載ってるから、大統領が上司なのは間違いないんだけどね」
「それよりも、個人的な若いツバメだからじゃない?」
リビングで一緒にお握りを頬張っているミーファが茶々を入れるが、シンは(本当の事なので?)何も言い返さずに苦笑している。
「それじゃ行くよ」
ジョディがマスクを装着したのを確認したシンが、彼女を手慣れた様子で横抱きにする。
彼女は強い浮遊感を感じたが、数秒後にはそれが無くなり足元に重力が感じられるようになった。
「もうマスクを外して良いよ」
シンは預かっていたバックパックを下ろすと、彼女に手渡す。
「???」
「それじゃ、まずハワイベースのメンバーに紹介しようか」
アスファルト舗装された滑走路の目前には、重量鉄骨のビルディングが建っている。
空は抜けるように青く、微かに潮風の香りが感じられる。
「えっ、ええっ!学園寮に居た筈なのにどういう事ですか?」
「ここはプロメテウス義勇軍の、ハワイベースだよ。
小さく波音が聞こえるでしょ?」
「もしかしてこれは瞬間移動ですよね!どんな魔法なんですか!?」
彼女は黒服機関に所属しているので実在するサイキックに関しては一通りの知識を持っているが、瞬間移動に関してはそれが実在するとは思っていなかったのであろう。
「おいおい分かると思うけど、黒魔術とか妖術の類は使ってないから安心して良いよ」
「……」
「大統領はもしジョディさんが移籍する事になっても、円滑に事が運ぶように根回ししてくれてるみたい。だから安心してリゾート気分で楽しんでね」
疑問だらけで首を傾げている彼女に、シンは無邪気な笑顔を見せていたのであった。
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シンが早めの夕食準備の為に厨房へ入っていくのを見ながら、ノエルはシンのアイコンタクトに応えてハワイベースの施設を案内することにした。
敷地内にあるビーチは一般人は入れないので、まるで無人島のような現実離れした風景である。
おまけに24時間体制で清掃ロボが稼働しているので、砂浜にはごみ一つ落ちていない。
「うわっ、本当にプライベートビーチなんですね」
ジョディは水着に着替えていないが、ノエルは常設されているビーチチェアとパラソルを綺麗な砂浜に拡げている。
「ここはCongohの関係者が利用するだけで、外部から人が入ってくる事は一切ありませんから」
ノエルはリビングから持参して来たクーラーバックを開けて、北米産の冷たい缶ビールをジョディに手渡す。
「ありがとう。
ビーチチェアに腰掛けて風景を眺めるだけでも、リラックスできるわ」
冷たいビールで喉を潤しながら彼女は波打ち際を眺めているが、そこに疾走してくる小さな影が目に入る。
「あれっ、シリウス?」
「バウッ!」
「うわぁ、可愛いっ!
ずいぶん小さいハスキーだけど、ハワイベースで飼ってるの?」
「ええ、クリーカイという品種みたいですよ。
もしかしてジョディさんって、犬好きなんですか?」
「うん!大好き!
NYのアパートじゃ飼えないから、ずっと我慢してたの!」
「この子はシンさんの相棒で、シリウスと言うんですよ。
時々ハワイベースに連れてきて、普段の運動不足を解消してるみたいです」
「シリウスって言うんだ。
はじめまして私はジョディ、よろしくね」
いつの間にか砂浜に腰掛けて、ジョディはシリウスと顔の高さを同じにして話し掛けている。
顔や耳元を手慣れた様子でマッサージする彼女に、シリウスは満更でも無い様子である。
「シリウスはシンさん以外の男性に触られるのが嫌いですけど、女性との相性は良いんですよ。
未だに僕が触ろうとすると、ソッポを向いちゃいますし」
「ははは。普段はモテモテのノエル君も、女性に嫌われる事があるんだ!」
黒服機関のインターンでは女性職員達から過剰に可愛がられていたので、この一言が出たのであろう。
「ごっつい男性からちょっかい掛けられるよりは、まだマシですけどね」
「へえっ、そっちの趣味は無いんだ。何か安心したわ」
「ジョディさん、それは明確なセクハラですよ」
「ははは。ごめんなさい」
「バウッ、バウッ!」
「あらら、シリウスにも叱られちゃったわ」
砂浜でビールを煽りながら、二人と一匹の他愛ない会話は延々と続いていくのであった。
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