031.Reason
Tokyoオフィスのリビング。
ヨコタ基地から無事脱出?した二人は、フウと面談していた。
「自分は状況を、全く理解できていないのですが?」
信頼していたノエルに従ってフードコートの屋上から脱出したジョディは、警報も出ていない基地内からの緊急離脱が納得出来ていない様である。
「事前に説明しなかったのは、こちらの過ちだったかも知れないな。
その点は謝罪させて貰うよ」
「……」
「ジョディ、君はシリコン生命体に寄生されている」
「シリコン生命体、ですか?
それはどういう事なんでしょうか?」
「自覚症状が無いのはこちらも理解していて、経過観察をしている状態だったんだが。
君の頭骨の中には、ケイ素が主成分である生命体が存在している」
「はあっ?
大騒ぎになったアメーバーみたいに、水道水から感染したとでも言うのですか?
私は水道水を全く飲みませんし、鼻うがいの習慣も無いですよ」
「ジョディさん、あなたはDDの収集を担当していましたよね?」
ここで同じ収集業務を担当しているノエルが、会話に参加する。
「……ええ」
「収集した何かが、液化していて驚いた経験はありますか?」
「液化……あっ、ありました!」
「それが感染源として、あなたの体内に取り込まれたと思われます」
「取り込まれた……それで私はどうなるのでしょうか?
もし自我を失うような事になったら、処分対象ですよね」
流石に黒服機関の現役エージェントだけあって、現状の理解が早く適切である。
「それを阻止するために、此処まで来て貰ったんだよ。
それに君の中で成長しているシリコン生命体は、我々の研究者の見解では自律行動をする意思を持っていないようなんだ」
「???
思わずエイリアンの映画を想像しちゃいましたけど、そういう種類の寄生では無いのでしょうか?」
「頭蓋骨の中で成長しているので寄生と呼んでいるが、感染したラットの経過観察でも凶暴化したり問題ある行動は観察されていない。むしろ宿主の知能の向上が著しく、健康上の影響も見つけられていないんだ」
「……そのラットと同じく、実験動物として私を確保したいという事ですか?」
「我々が義勇軍が倫理観が高い組織なのは、理解してくれていると思う。
懸念しているのは、黒服機関がそうでは無いという事実なんだ」
「……」
「黒服機関には条約やプロヴィデンスの存在があっても、妙な事を考える科学者連中が居るからね」
「……」
「フードコートでの騒ぎは、その点を懸念してのものです。
もっとも機関からは貴方の引き渡し依頼は来ていないようなので、事態をどこまで把握しているかは不明ですが」
「……」
「多分入退出の熱探知装置に引っかかったと思われるんですが、まだ機関内では実情を把握していないと思われます」
「……」
「寄生しているシリコン生命体を、外科的な手段以外で除去するのも可能だとうちの専門家は言っている」
直接彼女を触診した校長の意見は、過去の実績から言っても間違いないのであろう。
「本当ですか?」
「ただしその場合は、『あなたの現在の突出した能力の一部』が損なわれてしまうと考えられる」
「私の現在の能力は、寄生しているその何かに依存しているという事ですか?」
「そうだ。
特定のタイミングで、以前の自分より判断力や発想力が増幅されていると感じた事はないかい?」
「???」
「自分で判別できないという事ならば、思考や行動に影響を受けていないという証左なんだろうな」
「……」
「処置を行うかどうかは、ジョディさんご自身の判断にお任せします。
我々には処置を行った場合のメリットは全くありませんが、あくまでも人道的な見地からの提案であるのをお忘れなく」
ノエルは案内役として、冷静な口調でジョディに説明を続ける。
「処置しなかった場合は、私の身体はどうなりますか?」
「ラットの経過観察から推察すると、何も起きない可能性の方が高いと思われます。
あなたの能力の強化は更に進むかも知れませんが、自我を失ったり性格が変容する事は考え辛いですね」
「ただし現状のまま黒服機関に戻った場合、自分の身に将来何が起こるかは想像できるだろう?
処置をしないならうちに転籍するのが良いとは思うが、そのあたりは君の愛国心との天秤になるだろうな」
「……」
☆
学園寮の夕食。
今日もシンが厨房に居るので、メインになるのは中華料理である。
ジョディは昨日から一変して、大皿を前にしながらも食欲が無い様子である。
「そんなに深刻に考えなくても、大丈夫って僕は言いましたよね?」
「ねぇノエル君、得体の知れないシリコン生命体に寄生されている私を怖くないの?」
「いいえ、全然。
言うならば僕達の一部も似たような存在ですからね」
「どういうこと?それは貴方の超能力に関する事なの?」
「あれは超能力じゃなくて、古代の遺失技術らしいんですよ。
僕はご先祖様が残してくれた、能力を拡張してくれるユニットを装着しているだけなんです」
「でも出処はしっかりと分かってるんでしょ?」
「いいえ。遺失技術のユニットが何処からどうやって現れたのか、誰にも説明できないらしいんです。
一説によると、我々のご先祖はこのユニットを使ってこの惑星に来たと言われているんです」
「……」
「ですから、どんな副作用や悪影響があるのか何も分かっていないんです。
一旦装着してしまうと、取り外す事も出来ないし。
せめてマニュアルがあれば助かるんですが、要は貴方の現状と同じという事ですね」
「……」
「それでご相談なんですが。
ニホン国内で悶々としているより、気分転換にハワイにでも行きませんか?」
「ええっと、Tokyoブランチには確かプライベートジェットがあるのよね?
でもナリタ経由で行くと、人目に付きやすいわよね」
「シンさん、明日は何か予定が入ってます?ジョディさんをハワイベースまで送って欲しいんですけど」
大テーブルには、調理を一段落したシンが自分用の料理を取り分けている。
「うん、大丈夫。
ノエル君は、自前で行けるよね」
「はい。幸いにして、オワフ島には土地勘がありますから」
会話の内容を理解できていないジョディは、不安そうな表情で首を傾げるばかりなのであった。
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