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025.Anywhere You Go

「ハワイベース、こちらはブラックキャット。着陸をリクエストします」

 朝焼けが綺麗なオワフの市街地を見渡しながら、ユウが通常帯域の航空無線でリクエストする。


「ブラックキャット、機影をレーダーで確認。

 着陸を許可する。長距離のフェリーごくろうさま」


 ハワイベースの平坦な偽装滑走路に、着陸用の照明が点灯する。

 プロメテウス標準の戦術ネットワークには着陸許可を得た時点で接続されているので、あとは手許のLCDに指示が表示される筈だ。


 オワフ島の周辺空域は、ヒッカム空軍基地との兼ね合いがあってコース設定が難しい。

 有視界で最短コースを飛行していると、敵味方識別装置(IFF)を入れ忘れた場合いきなり地対空ミサイルが飛んでくる可能性もあるのだ。


「ブラックキャット、滑走路確認しました。通常着陸します」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


「いきなりのロング・フライト大変だったね。

 何か機体に問題はあったかな?」

 

 タキシングした機体から降りてきたユウに向かって、トーバー・トラクターを運転している整備主任のジョンが声を掛ける。


「いえ、全く問題無かったですね。

 巡行速度が遅いのはともかく操縦性は素直の一言で、実に安定してましたよ」

 借り物の義勇軍標準のフライトヘルメットを脱ぎながら、ユウは即答する。

 長時間のフライトや空中給油の緊張感のおかげで疲れはあるが、久々に一仕事終えた達成感をユウは強く感じていた。


「ベルがレストアした機体だから、全く心配はしてなかったけどね。

 滞空時間もしっかりと稼げただろうから、一日くらい此処でクールダウンしてから戻りなよ」


「ええ、せっかくなんでそうさせて貰います。

 あ、今大浴場のジャグジーって使えます?」


「うん、エリーが入ってるから大丈夫じゃない」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


「エリー、一緒に入って良いかな?」


「あっ、ユウねえちゃん!おつかれさま!

 最近姿を見ても、すぐに居なくなっちゃうから……今日はゆっくり出来るんでしょ?」


「うん、ちょっと休憩させてもらうよ……フゥ……」

 既にシャワーを浴びていたユウは、ジャグジーで思い切り伸びをする。

 狭いコックピットで強張っていた身体が、泡のお陰で解れてくるような気がする。


「ねぇ、ユウねえちゃん。

 お疲れの中悪いんだけど、お刺身作ってくれないかな」


「あれっ、エリーって刺身が好物だっけ?」


「ううん、カーメリから来てるお客さんが食べたいんだって」


「へえっ、もしかしてまたゾーイさんが来てるの?」


「ううん、その部下の人みたい」



                 ☆



「悪いね。今休暇中の彼女が、美味しい刺身を食べたいってご要望でね。

 私が作ると出来損ないのポキみたいになってしまうから」

 キッチンに入ったユウを見ながら、料理が苦手であるジョンが申し訳無さそうに言う。


「いえ。

 どの魚も新鮮なので、作り甲斐がありますよ」


 今や使いなれたキッチンで、ユウは小さめのメバチマグロを捌いて刺身を作っている。

 休暇中のゲストに対するおもてなしなので、普段は作らない大根の細いツマや飾り包丁を入れたキュウリも一緒に皿に盛り付ける。

 出来上がったのは、高級な料亭でも出てきそうな本格的な刺身の盛り合わせである。


「お待たせしました。

 ゾーイさんはお元気ですか?」

 刺身が並んだ大皿と一緒に、本わさびと鮫肌おろし、醤油が入った小瓶をテーブルに置きながらユウは話しかける。


「もしかして、貴方がユウさん?」

 ビールの大きなジョッキを傾けていた女性が、驚いたような表情で尋ねてくる。


「はい?何故自分の名前をご存じなんですか?」


「うわぁ、私はラッキーだわ。貴方の作った刺し身が食べれるなんて!

 ゾーイがいつも、本物のニホン料理をごちそうになったって自慢してたもの」


「そんなに大層なものでは、無いですけどね」


 ユウは生のわさびを鮫肌おろしで擦りおろし、醤油では無く刺身に少量つけるように食べ方を案内する。

 慣れない食べ方で刺身を口に運んだ彼女は、すぐに感嘆の声を上げる。


「わあっ、作る人が違うと刺身ってこんなに美味しいんだ!」

 マグロの赤身を満足そうな表情で頬張っている女性は、カーメリ基地の副指令だそうだ。

 ゾーイの影響でニホン食が好きになった彼女は、ユウに偶然会えるのを密かに期待していたらしい。


「ねぇ、我侭言って悪いけど折角会えたから『二ホン式のカツカレー』ってやつを作ってくれないかな?」


「えっ、刺身の後にカツカレーですか……ちょっと待って下さい」


 キッチンに戻って確認したユウは、副司令の前にすぐに戻ってきた。

「以前作って冷凍したカレーソースと豚肉のブロックがありますから、カツカレーなら出来ますよ」


「是非お願い!ミラノじゃちゃんとしたニホン式のカレーって食べれないから。

 拠点中で評判になってるユウのカツカレーを、ぜひ食べてみたいんだ!」


(どこから出た話で評判になってるんだろう?

 Tokyoオフィスとここ以外に、ご馳走したメンバーは居ない筈なんだけど)


 冷凍したカレーソースは霜も張っていないし、保管状況は良好だ。

 ハワイベースの夕食はまだなので、リクエストされたカツカレーを夕食のメニューにする事にしてユウは調理に入る。


 ご飯は炊きたてのものが炊飯ジャーに入っているので、小さめの寸胴に冷凍状態のルーを放り込んでまず弱火に掛ける。

 カレーに火が通る前に冷蔵庫から真空パックされた豚ロースのブロックを取り出すと、厚めにスライスしていく。

 驚いた事に、オワフに定期配送されているのはTokyoオフィスと同じ銘柄豚の様だ。


 手早く衣を付けてトンカツを揚げると、解凍されたルーの味を微調整してからカレー皿にご飯を盛り付けていく。

 揚げたてのトンカツに手早く切り目をいれてから、皿にのせてカレーソースを掛ける。

 もちろん福神漬けやラッキョウが入った薬味を添えるのを忘れたりしない。


 ハワイベースのメンバー用に食卓に並べる前に、まずカーメリからのお客さんに先に配膳する。

 刺身の後のカツカレーはあまり良い取り合わせとは言えないが、逆の順番で食べるよりは問題は少ないだろう。


「どうぞ。

 これはそんなに珍しいメニューじゃなくて、ニホンの一般的な家庭料理なんですけどね」


 彼女はカツが載ったカレーを大きく掬うと、口を大きく開けて一気に頬張る。

 硬めのフライの衣と豚肉の旨みが、カレーソースと共に口の中に広がって彼女は至福の表情を浮かべている。


「ん~!美味しいっ!

 ニホン式のトンカツの衣が、このソースと一緒になると絶妙な味になるんだね。

 ねぇユウ、カーメリに転籍してニホン料理の店をやらない?」


「はぁ?ゾーイさんみたいな事を言わないで下さいよ」


「だって欧州にあるニホン料理店で、こんな美味しいカレーを食べた事がないもの。

 移籍が無理なら、この美味しいニホン式のカレーソースだけでも普段から食べれるようになると嬉しいのに!」


「ん~、私個人で作れる量は限界があるし、レシピを公開しても再現するための食材の入手が難しいんですよね。

 Tokyoに戻ったら、ちょっとフウさんと相談して考えてみます」


 美味しいと喜んで貰えるのはとても嬉しいが、評判が意図しない場所にまで広がっているのが不思議な気分のユウなのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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