026.It Ain't Pretty
Tokyoオフィス。
フウのスケジュールを確認後にTokyoオフィスに赴いたノエルは、リビングで取り留めの無い雑談をしている。フウは校長から先日の面談について聞いているのだろうが、その点には触れずに二人は気安い会話を続けている。
「えっ、感染者を見分ける手段がオートミールですか?
でも結構ありふれた食品ですよね」
フウがドリップしてくれたカプチーノを飲みながら、ノエルは以前よりリラックスしているように見える。フウに対して構える態度が無くなったのは、やはり先日の校長との面談で弟子入り?するという選択肢を示されたからであろうか。
「米帝ではね。
ニホンだと、大量に摂取してる人はかなり少ないと思うけどな」
フウは自分のカプチーノには、いつものように大量のブラウンシュガーを入れている。
遅い朝食なのだろうか、テーブルの上には焼き立ての冷凍ブリオッシュがカゴに積み上げられている。
「そういえば、クエーカーの箱は見かけても他の製品は見たことがありませんね」
ノエルの馴染みの高級スーパーは輸入品の取り揃えが豊富なので、こういう感想になるのであろう。
「例のラットの食事で、オートミールとかポテトがとても好きだというのが判明してね。
特にオートミールは主食として、大量消費してるらしいんだ」
「えっと、それはどういう意味があるんでしょう?
主原料は確か『オーツ麦』ですよね?」
朝食は済ませてきたノエルだが、フウにつられてブリオッシュに手を伸ばしている。
カーメリ謹製の焼き立てのブリオッシュは、サクサクとした生地が実に香ばしい。
「『オーツ麦』は、ケイ素が潤沢に含まれている食品だと言うこと」
「ああ、なるほど。
シリコン生命体がケイ素を必要とするのは、納得できそうな理由ですね」
「それで黒服機関の彼女なんだが。
食べ物の好みとかで、思い当たる点はなかったかな?」
「短期間でしたし、彼女のプライベートまで踏み入る機会はありませんでしたから。
一緒に食事したのも数回で、フレンチフライは好物みたいでしたけど嫌いな米帝人ってあんまり居ませんよね?」
「そうだな。
オートミールも米帝だと、朝食とかで毎日食べる人も多いしな」
「彼女の私室には、セキュリティ・カメラは付いてないんですか?」
個人宅に設置されているセキュリティ・カメラは、侵入者や事故に対応するAI内蔵の監視カメラで非常時の通報が主用途なのである。
「NYの古いアパートメントには、付いていない場合が殆どじゃないか。
それにCongohの職員みたいに、自宅にインターフェイスを付けてるメンバーは居ないと思うぞ」
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「寄生?したシリコン生命体は、光る以外に何かノイズとか出さないんですかね?」
リラックスした雰囲気の中で、二人の間では仕事の話はしっかりと進行している。
Congohでは特にメンター制度が存在する訳では無いが、フウが十年以上の間シンの面倒を見ていたように現実的な徒弟関係はコミュニティの中で重要視されているのである。
「ラットはサイズが小さいから、その辺りの研究は進んでいないのかも知れないな。
たとえば今ナナに預けてるオウム?なら、サイズが大きいしもう少し習性とかがわかるかも知れないが」
「初期の感染方法については分かっていても、そこから伝染する可能性はどうなんでしょう?」
「ラットに寄生?しているシリコン生命体は、どうやら自己複製の機能は持っていないと研究者は考えているようだな」
「危険度がかなり下がったという事ですかね?」
「ただし地表にばらまかれたシードが、どの位の寿命を持っているか不明だからな。
浄水場とかに混入すると、洒落にならないだろう?」
「でも脳のCTスキャンでも撮影しないと、感染しているかどうか判別出来ないですよね?」
「それか、校長に診てもらえば即座に分かるんだがな」
「あっ!その手がありましたね。
彼女を研修目的でニホンに招待すれば、少なくとも感染に関しては明確になりますよね」
「実は既に話が進行中で、向こうの返事待ちなんだ。
お前は短期インターンでお世話になったから、彼女が来日したらお世話係を担当してもらう事になりそうだな」
☆
数日後、ナリタ空港の国際線到着ロビー。
「ノエル君、お出迎えありがとう!」
「自分がインターンの時にはお世話になりましたから、ニホン滞在の間は自分がお世話を担当させていただきます」
ノエルは彼女から小さなスーツケースを受け取って、タクシー乗り場へ歩いていく。
「軍隊在籍時にはニホンのいろんな基地を訪問したけど、外には全く出なかったから土地勘が全くなくって。ナリタを利用するのも初めてだし、年下だけど頼らせて貰うね」
「それでご希望の宿泊先ですけど、本当に学園寮で良いんですか?
Congohが提携している高級ホテルにも、ゲストですから無料で宿泊できるのに」
「私は贅沢に慣れて堕落したく無いからね。
分不相応の場所だと、逆に窮屈なんだよ」
「まぁ寮の責任者から、好きなだけ居ても構わないと言われてますから。それにジョディさんが滞在中は、僕も寮に一緒に滞在しますから」
「それは心強いわ。
ただニホン食に慣れてないから、その点だけが心配なのよね」
「ああ、寮でもTokyoオフィスでも、その点は全く心配要らないですよ。
メンバーには料理の達人が多いですから、高級ホテルに滞在するよりも好みの食事を用意して貰えるのは保証できます。ところで、ニホンスタイルの温泉は入った事はありますか?」
「ニホンスタイルって、何なの?」
「入浴の仕方は僕が指導できませんけど、寮生は米帝のお客さんの扱いに慣れてますから心配は不要ですよ。天然温泉が利用できる大浴場は、すごく評判が良いんですよ」
「えっ、学生が使ってる寮なんだよね?
そんな設備があるなんて、凄いんだね」
「食事もそれ以上に評判が高いんで、期待して貰っても大丈夫ですよ」
「はぁ、遊びに来たんじゃないんだけどね」
「四六時中気を張っていても、得られる成果は少ないと思いますよ。
『ローマではローマ人のするようにせよ』って、習いませんでしたか?」
「……はぁ。
トーキョーって、私の想像以上に都会なのね」
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