023.Super Natural
数日後。
既に顔見知りになっていたノエルと件の男性は、食後に誘った喫茶店で話をしている。
もちろんミーファも同席しているが、彼女は口を挟まずに二人の会話を黙って聞いている。
「何となくお分かりかも知れませんが、私達はCongohという国の関係者です。
ニホンの入国管理局に協力して、異星人居住に関しての管理業務をしています」
「あの、もしかして自分は拘束されるんでしょうか?」
学生らしき少女?と幼女に逮捕されるなどと考えられないのがこの惑星の常識なのであるが、彼はまだその辺りの事情を理解していないのであろう。
「えっと、そんなつもりは全く無いです。
まず米帝からの手配書の顔写真と、貴方は全く似ていませんし」
「……」
「貴方が月面の施設から脱走したというのも、正直疑わしく思っています。
我々は惑星外からの来訪者を保護する立場から、貴方のお力になれればと」
ここでノエルが注文していた全員分の飲み物と、シロノワールが運ばれて来た。
シロノワールは限定商品らしく、コーヒーシロップがソフトクリームの上にトッピングされている。
「同行していただきたい場所があるのですが、まずこのシロノワールを食べましょうか?
こういった甘味はお好きですか?」
ブレンドコーヒーをそのまま口にしたノエルは、雑味が無いその味に顔を綻ばしている。濃いだけのコーヒーは苦手だが、ナゴヤ発祥のコーヒーは彼の嗜好に合っているのだろう。
「もちろん大好きです。
特にクリーム系を使っている洋菓子が好みですね」
「ミーファ、どうかな?」
「うん。記憶にあるシロノワールとちょっと違うけど、これも美味しいね」
「この惑星の人達は、食事を栄養補給だけでは無くて娯楽として楽しむのに長けていますね。
文明の発達している惑星では、合成食が主流になっていくのが常なのに」
トッピングされていたクリームがソフトクリームとは気が付かなかったのか、デニッシュ生地と一緒に頬張った彼は一瞬だけ驚いた表情を浮かべている。食べすすめるとソフトクリームの冷たさと温められたデニッシュ生地の温度差が心地よいのか、緊張?で硬かった彼の表情が綻んでくる。
「この惑星でも、人造肉から始まってその流れは確かにありますね。
ただ私達の生まれ育った国は、幼少時から食事の大切さを強く教育されていますから」
☆
雫谷学園校長室。
いつもの軽い挨拶から始まった校長の態度は、米帝からの指名手配犯らしき彼に対しても普段と全く変わらない。穏やかな口調で話しかけるその様子は、まるで長年の友人を歓待している様である。
「ああ丁度昼時だから、カフェテリアで飯でも食いながら話しましょうか?
今日のメニューは定番メニューの海南鶏飯だから、食べやすいと思いますよ」
カウンターには保温バット入った鶏肉が豪快に山盛りになっているが、これらは保温ジャーに入っているチキンライスと一緒に好きなだけ盛り付ける事が出来る。
ゲストの為に超大盛りに盛り付けたノエルは、彼にトレーを手渡して足りるかどうか尋ねている。
須田食堂で『いつもの定食』を綺麗に完食していたので、盛りが多すぎるという事は無いのであろうが。
ジーの隣に腰掛けた彼は、スプーンを器用に使って味がほんのりと付いたライスを口に運んでいる。
「お味はどうですか?」
「ご飯は薄味ですけど、出汁がしっかりと出ていて美味しいですね。
この惑星の鶏肉は、滋味が溢れていて命をいただいてるという有難みを感じます」
「カフェテリアではいくらお替りしても問題無いですから、胃袋の許すかぎり食べて下さいね」
「ニホンの学校は、何処もこんなに恵まれた環境なんですか?」
「ここは特殊な学校法人ですから、特別ですね。
それにカフェテリアは直ぐにニホンの環境に馴染めない生徒のための、生命線ですからね」
「なるほど」
ニホンの生活環境に適合するために、数週間苦労した彼は深く納得した表情をしているのであった。
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食事を終えた一同は、湯呑を手にしながら本題の会話に入っている。
このカフェテリアで出されている日本茶は急須を使わずにやかんで煮出して直接湯呑へ注ぐもので、まるで大衆食堂で出されている様な上品とは言えないスタイルである。これはどうやら須田食堂の昔からのやり方を手本にしているようで、これがしっかりと定着してしまった様である。
「此処からは込み入った話になりますので、もし希望されるならオーラベッシュ語にしましょうか?」
同席しているノエルはシンのようにオーラベッシュ語で会話する事は出来ないが、特異な経歴を持っているミーファはどうなのであろうか。
「いえ。このままニホン語でお願いします」
「それでは……あなたは、政治犯では無くて惑星難民なんですよね?」
「ええ。私の母星は消滅したので、送還先が無い境遇になります」
「なんで月に収監されてしまったのでしょう?」
「仲良くなった看守の人達の話では、税関でどうやら惑星間指名手配されている人物と間違われたみたいで」
「???」
「そのまま留め置かれて、ほったらかしにされたみたいです」
「うわっ、酷い話!」
ここで全く会話に参加して居なかったミーファが、素直な感想を漏らす。
「看守の人達も同情してくれて何度も陳情してくれたんですが、黒服機関の上層部は全く無反応だったみたいで」
「たぶん貴方のIQが高すぎるのが問題になったんでしょうね。
この惑星に移住するにしても、監視下に置く必要があるのでコスト的な問題がネックになったのかも」
「もっと酷い話!」
「食事が出ないとかの虐待は無かったんですが、とにかく合成食に飽き飽きしてしまって我慢の限界だったんですよ」
「私は合成食というのは味見程度しか経験がありませんが、長期間同じような食事を食べ続けるのは辛いでしょうね」
「仲良くなった看守さん達は、良く食事の差し入れをしてくれたんですけど。
なおさら地上に降りて、色んなモノを食べてみたくなって」
「なるほど」
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「私は特にやりたい事の希望はありませんし、此処で現地の方々と同じように静かに暮らしていくのが希望です。
もちろん私が生業に出来るのは知的労働だけですが、要望があるならばどんな業務でも精一杯やらせていただきます」
「……わかりました。この学園の教師枠で採用しますので、好きなだけこの惑星に滞在して下さい。
国籍はプロメテウスの方で用意しますので、身分証明書は数日のうちにお手元に届くようにします」
「……」
ほぼ即答で告げられた校長先生の言葉について、彼は展開が早すぎて理解が追いついていない様である。
「SID、今のやり取りをキャスパーに送っておいて。
あとプロメテウスの国籍取得と、IDカードの発行を宜しく」
『了解しました。キャスパーさんはリアルタイムでこのやり取りを見ていたので、了解との事です』
「あの……なんか話の進展が早くないですか?
こういうのは会議とか審査とかがあって、それなりに時間が掛かると思うんですが?」
「そりゃノエル君が直々に連れてきた人物が、問題ある訳ありませんからね。
それに貴方が此処に来てからの行動は全てトレースされていて、貴方は何の違法行為もしていないのを確認済みです」
「……私はヒューマノイドとして、自分の育った場所の規範や常識にしたがって行動していただけなんですけどね。もしかして幸運だったのかも知れません」
「ええ。一番の幸運は貴方がノエル君に気がついて貰えた事でしょうね」
「……校長先生、それじゃ僕が法を超越した偉い人みたいじゃないですか?
誤解を招くような説明は止めて下さいよ」
「いや君の母上の家系は、CORPOSANTと呼ばれていたからね。
君は好き嫌いに関わらず、そういう星の下に生まれているんだよ」
「はあっ??」
会話をしていた彼のまるで王族を仰ぎ見るような表情に、誤解を解くにはどうしたら良いのかノエルは頭を抱えてしまったのであった。
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