022.Can't Stand It Any Longer
須田食堂。
「……あらら、今度はこちらのホームグラウンドで会うなんてね」
「ノエルって、引き寄せの魔術でも使ってるんじゃないの?」
「それは兎も角、なんかこの間の焼き鳥屋の時よりも、違和感がさらに無くなってるよね」
話題の人物は、大盛りのカツ丼をモリモリと頬張っている。
箸使いも上手で、カツとじの汁が染みた白米を実に美味しそうに口に運んでいる。
服装も見るからに不思議なコーディネートから地味なボタンダウンシャツとジーンズに変わっていて、見た目の違和感が全く感じられなくなっている。
「おばちゃん、今日はいつもの定食に『カツとじ』を入れてくれる?」
美味しそうにカツ丼を食べている様子に刺激されたのか、ノエルが珍しく『いつもの定食』に追加をリクエストする。
「はいよ!他のオカズはいつも通りで大丈夫?」
「うん。私はお新香盛り合わせを追加で宜しく!」
二人が注文した『いつもの定食』が運ばれてくると、例の人物が二人のトレーを何故か凝視している。
どうやらこのとんでもないボリュームメニューが、彼の琴線に触れた様である。
おばちゃんを呼び止めた例の人物は、同じものを注文できるかどうか聞いているようだ。
「『いつもの定食』を注文したいってあの人が言ってるんだけど、あんた達の知り合いかい?」
「ええ。知り合いみたいなものですから、出来れば出して上げて下さい」
「ノエルちゃんがそう言うなら、まぁ良いかな」
店のおばちゃんはノエルの性別を未だに誤解しているらしく、ちゃん付の呼び方は変わっていないのである。
ちなみに食べ残しを嫌悪しているこの店の従業員達は、Congoh関係者以外からの『いつもの定食』のオーダーを受けた事が無い。フードファイターにはこの店は知られていないし、写真映えするからというお客のリクエストには絶対に応じないのである。
ノエル達が定食をいつものように綺麗に平らげたタイミングで、注目の人物が会計の為に席を立つ。
偶然目線が合った彼は、さり気なく二人に会釈をする。
多分おばちゃんに声を掛けられた内容を、聞いていたのだろう。
……
帰路。
「あのお兄さん、適応能力が凄いかも」
「いつの間にか空気をさり気なく読めるようになってるのが、ビックリするよね。
おばちゃんにも気に入られた様だし」
寄り道したコンビニで調達したアイスバーを食べながら、ミーファも賛同する。
「でもどうやって生活資金を調達してるのか、興味津々だよね」
ミーファが指摘するまでも無く飛び抜けてIQが高い脱走犯が、腕っぷしを活用して稼いでいるとは考え難いだろう。
「そりゃ公営ギャンブルかパチンコじゃない?
僕はパチンコ屋さんに見掛けの問題で入れなかったから勝馬投票券で稼いだけど、パチンコも悪い選択じゃないよね」
「今のパチンコって、ギャンブル性が低いからあんまり稼げないんじゃないの?」
「景品交換所までリサーチしてるなら、その辺りも解決済みなんじゃない?
とにかく頭の良さは並外れてるから、MENSAのメンバーがパチンコに真剣に取り組んだみたいな状況だと思うよ」
『SID、あのお兄さん公営ギャンブルに出入りしてる?』
「月に数回ですけど、かなりの金額を稼いでますね」
「ノエルと同じ能力を持ってるとか?」
『分岐予測というよりも、サラブレッドの観察にかなりの時間を掛けてるみたいですね』
「ああ。たぶん他人の脳と同調する何かの能力を持ってるんだろうね。
短時間で此処の生活に適合できてるのは、その能力のお陰かもしれないし」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
ノエルのマンション。
ソファでリラックスした二人の会話は続いている。
「拠点を確保出来て生活資金を継続的に得られるんだったら、次のステップは何になるのかな?」
「身分証明書を偽造でもしない限り、何も起きないんじゃない?」
「???」
「だってあの人と会うのは飲食店ばかりでしょ。
囚人の境遇で鬱積していた食事に関するストレスが解消されたら、学求肌のあの人ならこの惑星についてもっと知りたいと思うんじゃない?」
『彼は近くの公立図書館に、頻繁に通ってますね』
「やっぱり。
米帝からは協力要請が来てるけど、ここであの人を確保するのはなんか違うって気がするんだよね」
「まずは校長先生辺りに相談するのはどう?」
「そうだね。明日にでも面会許可を取ってみようか」
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翌日の校長室。
「ああ、最近君たちが注目している人物の事だね」
年長のメトセラとして一目置かれている校長は、ノエルとミーファの行動を業務外にも関わらず把握していたようである。
「収監された理由もはっきりしていませんし、何より黒服機関も本気で身柄を確保するつもりは無いみたいです」
校長室でソファを勧められたノエルは、缶のまま目の前に置かれた飲料に困惑していた。変わった飲料好きなのは理解していたが、小型冷蔵庫一杯にストックされていた『PibbExtra』はラベルを見ただけで危険なのが分かる。ミーファに至っては缶を手に取る事もせずに、ラベルを見ないように顔を背けている。
「君達に偽の情報が入った時点で、本気では無いのが丸わかりだよね」
「???」
「本当に危険ならば、キャスパーが実動部隊の二人に真っ先に指示を出すんじゃない?」
「ええ、僕もそう思います。
別に放って置いても良いとは思うんですが、なぜか行く先々の飲食店で遭遇しちゃうんですよね」
「ああなるほど。
男性にしては珍しく、ノエル君とは縁があるのかも知れないな」
「???」
「もし本人が望むなら、私が会って面接しても良いよ。
講師の枠はまだ空いてるから、こちらで身分保証も出来るだろうしね」
「本人に会わないで、そんな事を言ってしまって大丈夫なんでしょうか?」
「SIDから聞いた話だと、学究肌の知能犯らしいじゃない?
そういう人材は、とっても貴重なんだよね」
「それじゃ穏便に確保できましたら、同行して貰えるように説得して見ます。
お時間をいただいて、有難うございました」
ソファから立ち上がった二人は、そのまま退出しようとする。
「二人とも、飲み物を粗末にしちゃ駄目だよ!」
立ち上がった二人に校長先生は声を掛けて、プルタブを開けていない缶飲料を二人にしっかりと手渡したのであった。
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