020.I Am New
アキハバラ某所。
土地勘が全く無いノエルは、受け継いだ記憶を持っているミーファと一緒に電気街を巡っていた。
彼女が持っているのはかなり古い記憶になるので、役に立つのかどうかかなり微妙なのであるが。
「私の記憶にあるアキハバラとは、大きく変わってるみたい」
「僕は昔のアキバは知らないけど、そんなに違うのかな?」
「この辺りで私の記憶にあるのは、あそこの立ち食い蕎麦屋さんくらいかな。
だいぶ寂れちゃったけど、まだ営業中なのは驚きだね」
「この博多ラーメン屋さんも、かなり古そうだよね」
「うん。飲食店がかなり増えてるよね。
駅前の立派な複合ビルも、飲食街が複数フロアあったし」
「こんなに広い街で、ターゲットに偶然遭遇するなんて無理じゃないかな」
「あんまり仕事の事は考えないで、ブラブラして空腹になったらどこかに入れば良いんじゃない?
探してる相手は凶悪犯じゃなくて、知能犯なんでしょ」
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「ニホンの●ニーズに入ったのって、初めてだよ」
数件の行列店をスルーして、二人が入店したのはニホンでメジャーであるファミリーレストランである。
「あれっ、マリーとは良く食事に行ってたって聞いたけど?」
ボックス席に案内された二人は、メニューに手を伸ばす。カラー印刷されているメニューは、美しい料理見本が整然と並んでいる。
「姐さんは、ニホンのファミレスとか回転寿司は無理でしょ。
大量注文で厨房がパニックになり兼ねないし」
「それにしても、米帝の●ニーズとはメニューから何から全く違うよね」
「うん。メニューの数が寂しいかな。
それにどれもボリューム感が無くて、ミニチュア・サイズになってるみたい」
「でもメニューの写真は、米帝と違ってとっても美しいんだよね」
「僕個人としては、ベーコンのゴリ押しメニューが無いのが嬉しいかな」
「何でもベーコンを入れちゃうのは、ある種宗教とかに近いかも」
「ははは」
ボリュームがあるステーキのコンビネーションメニューと、無難なサンドイッチ類をまず注文した二人はドリンクバーへ向かう。
「うわっ、炭酸のメニューが少なっ!
ドクターペッパーすら、ポストマシンに入ってないよ」
「そりゃ、自販機に入ってるのも稀だからね」
「このコーヒーのドリップマシンって、コンビニにあるのと同じじゃない?」
「資本関係があるからじゃない?
レギュラーコーヒーとしては、結構美味しいと思うよ」
待たされる事も無く提供されたメニューは、メニュー写真との差も無く綺麗に調理されている。
ただしボリュームが寂しいのも、メニュー通りであったのだが。
「とっても美味しいんだけど、全然食べた気がしないなぁ」
「もう一周位なら、それほど注目を浴びないから大丈夫じゃない?」
「ニホンの人って、皆少食だって思ってしまうかも」
須田食堂やカフェテリアでボリュームのあるメニューに慣れている二人は、少々常識から外れたデカ盛りに慣れてしまっているのである。
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「美味しかったけど、全然足りないかな」
「それじゃこのまま、六本木の●ルフギャングにでも行ってみようか?」
米帝に長期滞在した経験があるノエルは、高級ステーキ店についても何度か利用した経験があるようだ。
「ボリュームはあるけどコスパが悪すぎでしょ?
それに予約無しで入るのは、無理じゃないかな」
「それじゃそこにある流行の立ち食いステーキ店は?」
チェーン展開しているこの店は、学園の地階にあるフードコートや寮の近くにも出店している。
「立ち食いでテーブルがあんなに高いのは、この身体だと辛いかも」
「ああ、なるほど。
でも流石に踏み台くらいは、用意してあるんじゃない?」
「どうかな。試しに入ってみようか?」
「まだステーキを食べる気満々なのは、凄いね。
あれっ、奥にテーブル席があるじゃない?」
外国人の子連れ客と認識されたノエルとミーファは、特に指定する事も無くテーブル席に案内される。
この店はサイドメニューを先に注文してカウンターで肉の種類や重量を指定するのだが、ミーファのステーキのオーダーに店員さんが困惑の表情を浮かべている。彼女はニホン語が堪能なので、会話が成立しないという事は無いのであるが。
「だからぁ、熟成国産牛リブロース500グラム、ミディアム・レアで!」
「お兄さん、大丈夫ですよ。
妹は見掛けと違ってフードファイター並に食べますから」
「……はい、そう仰るなら」
ここでノエルが会計の為に差し出したブラック・カードが威力を発揮したのか、店員さんが急に大人しくなる。
「ちなみに僕も同じのを下さい。
焼き具合はウエルダンで」
「……はい、承りました」
店内は混雑していなかったので、数分後には大きな鉄板に乗ったステーキがサーブされる。
「I Like It Like That!」
ミーファが嬉しそうに声を上げる。
二人とも付け合せのコーンは断ったので、鉄板の上はシンプルそのものである。
ミーファは塩と胡椒のみを振りかけて、食べ始める。
ノエルは少量のソースを味見をしてから、鉄板で熱くなったソースをステーキにしっかりと馴染ませている。
「ああ、この肉の味なら米帝の場末のステーキ屋さんよりも上等だよね。
でもそんなに安くないのが玉に瑕かな」
「和牛だから、そんなに安くできないでしょ。
私もこの味とボリュームなら、十分満足だよ!」
「う〜ん、最初からこの店に入るべきだったかも」
ミーファが小さい手で豪快にナイフとフォークを動かしている様子に、店員さん達は驚きと感銘を受けているようだ。彼女の口元は幼児の食事のように汚れる事も無く、リブ・ロースの塊はどんどんと小さくなっていく。
「……ノエル?」
鉄板の上に何も無くなった時点で、彼女はノエルに視線でお代わりしたいと言っているようだ。
「もちろん良いけど、食べ過ぎで歩けなくなるんじゃない?」
「大丈夫、まだまだ余裕だよ」
ステーキの注文カウンターへスキップして歩いていくミーファを、ノエルは笑顔で見送っていたのであった。
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