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024.Don't Let Me Down

「じゃぁ、場所も覚えたしジャンプして帰ります」

 モスボール状態の機体が並んだハンガーデッキのような空間で、見たことのない様々な機体を触ったり眺めたりとたっぷりと機体を堪能したユウは、現場の責任者に挨拶する。


「フフフ、ちょっとお願いがあるんだけど」

 機体のレストア全般を担当しているベルと呼ばれる女性が、ユウに不気味な笑い声を上げながら話し掛けてくる。

 アンと良く似た雰囲気の彼女は見かけからは想像できない筋金入りの航空機ジークで、機体を再生するためなら入手困難な部品も最新の工作機械や素材を使って何でも作ってしまう熟練した職人でもある。


「レストアが終わったWarthdogがあるんだけど、ハワイまで試験飛行ついでにフェリーしてくれない?」


「Warthdogって、A-10ですよね?

 自分は合同演習で実物を見たことはありますが、操縦した経験は無いですよ?」


「あのドラゴン・レディをいきなりドライブ出来る腕前があるんだから、楽勝でしょ」


「えっ?ここからハワイベースまで4、000Km以上ありますよ?増槽つけても直行は無理でしょう?」


「大丈夫。君の馴染みのヒッカム基地から、空中給油機をチャーターしたから。

 空中給油の経験はあるでしょ?」


「ええ、何度か」


「ばらしてハワイまで送ると、またマイヤー君の手間が増えるからさ。

 それにフェリーすると、滞空時間が一気に稼げるよ。

 A-10は練習機が不要なくらい操縦が楽だし、最終型だからオートパイロットも精度が高いのが付いてるし」


「でもA-10なんて、ハワイまで引っ張っていってどうするつもりなんですかね。

 地上攻撃のミッションは、観光地のオワフ島ではありそうに無いですよね?」


「Tokyoに一人有望新人が行ったでしょ?彼女パイロット志望だって聞いたけど」


「えっ、ルーを乗せるつもり……なるほど」


 歩兵として抜群の能力を持っている彼女なら、地上攻撃に特化したあの機体が似合っているし使いこなせるような気がしてくる。

 もっとも現状で彼女はプロペラ機すら操縦した事が無いし、双発のジェットに乗れるまでにはかなりの時間が必要であろうが。


「射撃の腕前はこっちも把握してるし、パイロット適性もありそうだからピッタリの機体だと思わない?」


「わかりました。フェリーしますから、ハワイとトーキョーに連絡させて下さい」


「両方とも連絡済みだよん!

 フライトプランはこれね。給油機のコンタクト情報は特に重要だから、きちんと確認しておいてね」



                 ☆



「すごい広さですよね」

 夕食時に訪れたフードコートを一望して、エイミーが感嘆の声を上げる。

 座席数や扱っているメニューの多さは、郊外型ショッピングセンターの其れに匹敵する規模があるだろう。


「うん、ここって娯楽が少ないから食事はバラエティが無いとね。

 人によっては唯一の楽しみだから」

 食堂でエイミーと合流したシンは、昔ここに住んでいた頃を思い出していた。

 食事が唯一の楽しみだったというのは、紛うこと無くシンの本心であろう。


 バイキング形式のフロアには、当然のことながらレジカウンターが無い。

 Congoh関係者以外が居ないので当然の事だが、食事は24時間いつでも食べ放題である。

 

 エイミーはプレートに保温ジャーに入っていたピラフを大量に盛り付けると、食べたことが無いブラジル風の豆料理や米帝風にこんがり焦げ目がついたステーキをどんどん皿に載せていく。

 シンはマカロニ・チーズと温野菜を少量盛り付けた後に、サンドイッチの包みを手に取った。

 一旦席に腰かけると、再びサラダバーのコーナーで骨なしの蒸し鶏とカッテージチーズ、カボチャやブロッコリーを紙皿に盛り付けてシリウスに与える。

 いずれも少量ずつシンが味見して、味付けが濃すぎないのを確認済みだ。


 「でも気のせいか……ずいぶんとお客さんが疎らな気がするんですけど」

 エイミーはすごい食欲で紙皿を空にしていくシリウスを横目で見ながら、シンに呟く。


「うん。研究室で食事を採る人が多いから、利用者はテイクアウトの方が多いんだよ」


「それじゃぁ、出前でもやってるんですか?」


「それに近いかな」

 空になった紙皿を前におかわりを要求するシリウスの頭を撫でながら、シンは意味深な表情で答えたのであった。



                 ☆



 食後に予約していた宿泊用の居室に到着すると、シリウスはTokyoオフィスと同じレイアウトのベットの横で寝息を立て始めた。

 長時間の移動の後に、満腹になったので眠くなったのだろう。


「部屋の作りや設備も、まったく寮やTokyoオフィスと同じですね。

 シリウスも居るし、ここがアラスカだというのも忘れてしまいそうです」


「壁紙やトイレの設備まで同じだけど……違いはこれかな」


「??」


「圧搾空気を利用して筒状のコンテナを運ぶエアシューターっていう機器。

 ここが米帝の地下シェルターだったころの名残だね」


「本来は書類とか薬品を運ぶための物なんだけど、Congohのエンジニアが改良してかなりの重量物を運べるように改良されててね。

 さっき言ってた食堂のテイクアウトも、実はこれを使ってるんだ」


「生活のインフラはほとんどこれだけで輸送できるから、このシューターに入らないものだけが手渡しになるんだ」



                 ☆


 翌朝。

 遅い日の出の後、シンは防寒服を着用して滑走路がある場所に一人で来ていた。

 前日に着陸に利用した後の積雪で、滑走路は薄い窪みがあるにしてもその路面は全く見ることが出来ない状態だ。


「常時使うのは滑走路の端の部分の2、000メートルだけか。

 という事はこの照明灯の辺りまでだよね」

 基地司令から手渡された指示書をポケットから取り出して確認しながら、シンはファスナーをずらして襟元に手を延ばしチョーカーのロックを外す。

 リミッターを解除した状態でアノマリアを行使するのは先日のDD鹵獲以来だが、日頃の鍛錬の成果で制御に関しての不安は全く無くなっている。


「それじゃぁ、早速やってみますか!」



                 ☆



 宿泊している部屋では、普段落ち着いて見る事ができない絵本をエイミーはベットに寝転がって見ている。

 Tokyoオフィスでは活動的なシリウスも、身体を休めるようにエイミーの足元でウトウトしている。


 除雪作業から帰ってきたシンは、シャワーを浴びて体を暖めた後、トーコの母親から受け取ったギターケースの中身を確認することにする。

 経年変化で表面のレザーが部分的にひからびているが、金具はメッキが退色しているだけで錆が見えないので保管状態は良さそうだ。

 シンは躊躇なく、古びたケースのロックをパチンパチンと外していく。

 ラッカー塗装特有のセルロースの匂いとともに、明暗の強いサンバースト塗装のL-00が姿を現す。

 新品購入時に付いているタグがまだペグについたままなので、これはデッドストックという奴なのだろう。


(ああ、これはマツさんのところにあったのと同じモデルだな。

 でもこっちはぜんぜん痛んでなくて、新品みたいなコンディションだよね)


「SID、今Tokyoオフィスのレイさんと話しができるかな?」


「ちょっとお待ち下さい……OK、お話し下さい」


「レイさん、ご無沙汰してます。シンです」


「ひさしぶり!シン君、荷物は受け取ったかな?」


「はい。今ケースを開けた所ですが、こんな貴重品をどうすれば良いんでしょうか?」


「帰路便が出るまで暇でしょ?一週間触って気に入ったら、そのまま持ち帰って来てくれるかな。

 もうそろそろ、あのカーボン・ギターから卒業する時期だからね」


「こんな高いヴィンテージギター、僕では対価を払えないと思うんですが?」


「そいつはマツさんの所にあるほどのヴィンテージではなくて、戦後に作られた奴だからそんなに高価なものでは無いんだ。

 昔空軍でデスクワークをやってた頃に、地元のポーンショップで買い叩いた奴でタダみたいな値段で手に入れたものだから」


「了解です。じゃぁ所有権は兎も角暫く楽しませて貰いますね。

 なんか良い音がするオーラがビンビンと出てるのがわかります」


「うん、よろしく」


 ネックポケットには、こちらも『年代物の新品弦』が入っている。

 パッケージが油分を含んでいたのか、弦は全く錆が無くフレッシュな状態に見える。

 かなり太めのレギュラーゲージだが、流石に張ってある弦は交換しないと使えないコンディションなので仕方がない。


 苦労して弦交換を済ませたシンは、手早くチューニングを済ませると弾き始める。

 最初は寝ぼけた感じで音量が出ないが、数分引き続けると楽器が目を覚ましたようにすさまじい振動がボディから伝わってくる。

 出音はどんどんスムースになり、絵本を見ていたエイミーも目線を上げてその音色に魅せられたように聞き入っている。


「Tokyoオフィスでシンが弾いていたギターの音と、ぜんぜん違いますね。

 私は楽器の事は分かりませんけど、何というか艶があるような音色ですね」


「うん。長生きしているヴィンテージギターはやっぱり凄いね」


 シンが奏でるギターの音を聞きなれているシリウスは、かなりの音量なのにぜんぜん目を覚まさない。

 リラックスした状態で身体を弛緩させて熟睡しているが、耳がときどきピクッと反応しているのが面白い光景である。


 所有権がどうなるか分からないが、もし今後も使えるならばマツさんに整備してもらおうと考えているシンなのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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