019.Even Then
ホワイトハウス公邸。
リビングにあるラブチェアに収まって、シンは大統領と至近距離で会話をしている。
態々密着しているのは、『成分』を補充したいという彼女の謎のリクエストである。ちなみに手土産として持参した朝生菓子も、経木に包まれたままサイドテーブルに置きっぱなしである。
「今回は迎撃のシミュレーションは、上手くいったのよね?」
「ええ。僕の個人能力に依存している部分ですけど、SIDの協力もあって問題無く迎撃可能でした」
「貴重な機会が、無駄に成らなくて良かったわ。
あとはシン君が、この惑星に居るタイミングで事が起こって欲しいわね」
「外惑星に出張してると、最低でも帰還するのに2週間は必要ですからね」
「ところでシン君のメテオ・クラッシャーは、拡張ユニットに依存してるって聞いてるけど。
他の装着者は、同じ能力を使えないのかな?」
「どこかにマニュアルでもあれば、助かるんですけどね。それにユウさんあたりだと、そんな能力は自分は要らないって言いそうですし。エイミーの判断としては、装着者と一体化しているアンキレー・ユニットに望まない機能が実装される事はあり得ないでしょうと」
「この間インターンシップで来ていた、弟分のあの子はどうなの?」
黒服機関についての詳細は、当然大統領に逐次報告されているのであろう。
「彼は僕に似ている経歴ですけど、エイミーは何とも言ってませんね。
もしそういう可能性があるなら、彼女は真っ先に指摘すると思うんですけど」
「私が二期目を終えた後は、政府には協力する気は無いんでしょう?」
「はい。でもN●SA長官が協力してくれるならば、やるべき事はちゃんとしますから」
「それを聞いて安心したわ。これで安心して退任できるかも」
「まだまだ人生は長いんですから、そんな遺言みたいな台詞は言わないで下さいよ。
自分が知らんぷりを出来ないのは、大統領が良くわかってる筈ですよ」
ここでシンは漸くラブチェアから立ち上がって、カプセル式のドリンク・メーカーでドリップを始める。このドリンクメーカーの緑茶カプセルはとても良く出来ていて、急須で入れたのと遜色ない味が出せるのである。
「そうね。シン君と人生を楽しむために、長生きしなきゃ!」
塩大福を頬張りながら、彼女は満面の笑みを浮かべていたのであった。
☆
雫谷学園カフェテリア。
一緒に登校したミーファとリッキーと一緒に、ノエルは昼食を摂っている。
今日のランチメニューはナシゴレン風ピラフの盛り合わせで、味を気に入ったのかリッキーは自分からお代わりを要求している。
「インターンシップって、私達の年齢でも受け入れて貰えるんだ」
好き嫌いは無いがリコはかなりの少食なので、ジャーから自分で盛り付けたピラフの分量もかなり控えめである。
「実務経験があるプロメテウス関係者は、特別なんじゃない?」
ミーファは対照的にてんこ盛りしたピラフを、大きなスプーンでハムハムと口に運んでいる。
普段食べれない『サンバル』や『トラシ』を使った味付けを、リッキーと同じで気に入ったのだろう。
「ああ、それじゃ私は無理かな」
「いや、ウイングマークを持ってるなら、大丈夫じゃないかな。
でも黒服機関よりも米帝空軍とかに行った方が、パイロットしては楽しそうだけどね」
欧州や中東で様々な国の軍隊とコネクションを持っている、ノエルらしい一言である。
「それは無理。私自分が軍属だっていう、自覚が無いもの。
それにしても、リッキーは随分と人懐っこい子に育ったわね」
いつの間にかリコのひざの上に収まっているリッキーは、満腹で膨らんだお腹を見せてリラックスしている。リコとは初対面で無いにしても、この学園に居る間は全く緊張した様子が無いリッキーである。
「ほらTokyoオフィスに頻繁に連れて行って、ピートに教育して貰ってるからね。
それに周りの人間が、例外無く優しく接してくれるからね」
「ミャウ!」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
食後のコーヒーを飲みながら雑談をしていたノエルに、校内放送でSIDからのアナウンスが入る。
『ノエル、緊急事態です。
すぐに校長室へ行って下さい』
「あらら。
ミーファ、すぐに戻らなかったらリッキーを宜しく」
「了解」
ノックもそこそこに入室した校長室では、部屋の主は不在だが入国管理局のキャスパーの姿が大画面に写っている。どうやら会議システムを使う為に、ここへノエルを呼び出したらしい。
「ノエル君、学園まで追っかけて悪いわね。
詳細を説明する必要があるから、顔を合わせて説明した方が良いかと思って」
「囚人の脱走ですか?
そんな凄い施設が、月の裏側に存在したなんて」
ノエルの一言に合わせて、月に存在するらしい施設が映し出される。
頑丈そうなエアロックが連結された建物は、窓が全く無い独特の形状をしている。
言うならば、数世代進んだバイオスフィアの様な建築物なのであろう。
「月に作ったのは超テクノロジーを使った建物だから、プロヴィデンスの干渉を避けるためなのよ」
「なるほど」
「囚人って言っても、この惑星の環境から隔離する必要があるだけで凶悪犯とかは居ないんだけどね。
どうやら黒服機関のセキュリティホールを突いて、こっちに降りてきたみたいなのよ」
「えっ、もしかしてニホンに来てるんですか?」
「その可能性が高いのよ。どうやら私達入国管理局も、税関で出し抜かれたみたいなの」
「すごい高レヴェルな知能犯なんですね。
でもどうやって居場所を特定するんですか?」
「それはSIDにやって貰ってる。
ニホンにある全ての監視カメラを対象にしているから、かなりの時間が掛かるけどね」
「でも繁華街を歩いて、偶然見つかるなんて事はあり得ないんじゃないですか?」
「普通の人ならね。
君はシン君とは、逆のベクトルを持ってるから」
「……はぁ。自分ではそんなに良い星の下に生まれた気はしませんけど」
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