016.Made New
黒服機関のとある部署。
先週からインターシップで来ているハイスクール生の男の子は、信じられないくらい優秀である。
可憐な女の子のような容姿だが、多国語を自由自在に操り頭の回転もとても速い。インターンの規定に含まれているので標準的な軍事訓練にも参加しているが、マーシャルアーツでも射撃でも後方支援部隊のメンバーでは誰も敵う者が居ない。
米帝の特殊部隊出身者が多い実働部隊のメンバーは……何故か彼を前にすると自らのプライドの為か及び腰になってしまう。たおやかな見かけと違って彼の発している雰囲気が、百戦錬磨の傭兵と同じものであると本能的に感じているのかも知れない。プロメテウス関係者のインターンシップは昔から無条件で引き受けているらしいが、もし試験があったとしても彼ならば簡単に突破してしまうだろう。
本人の希望で、今日は技術部門の私の下で雑用をして貰っている。
数名のMIT出身者も在籍しているが、超技術を扱える訳では無いので実態はとても地味な部署である。
惑星外から来た観光客が持っている超技術の通信機や記録装置の一時預かりや、逆にこの惑星の電子機器の貸出などの地味な業務が殆どなのである。彼は面白みが無い事務作業も苦にならないようで、テキパキと仕事を進め私としてもとても助かっている。
「Congohでは、どんな仕事をしてるの?」
「ハイスクールの授業の空き時間で、DDの収集をしています。
あと義勇軍に依頼があった場合には、模擬戦にも参加していますね」
「銃器やナイフの扱いを見てると、すごく手慣れてるよね?」
「母が亡くなるまでは主に欧州や中東で、兵站や後方支援をやってましたから」
私の知り合いの米帝の帰還兵は若くても精神的に病んでいる者が多いのだが、ボブカットが似合う彼には『失調感』を全く感じる事が出来ない。控え目の態度から感じるのは、老練なヴェテラン兵士のような達観した雰囲気である。
「実働部隊に人が足りない時には、私達にも出動要請が入る事があるけどどうしようか?
ニホンと違ってガンコントロールが緩いから、かなり危ない場所もあるけど」
通常インターンの職員が参加する必要が無い現場仕事であるが、楽々こなせるような気がするのは私の思い違いなのだろうか。
「大丈夫です。後ろに隠れてますから」
「うっ、どう考えても君の方が戦闘力が高いと思うけど?」
「僕の事は、出来ればノエルと呼んで下さい。
それで、自分は何とお呼びすれば良いですか?」
「それならジョディって呼んでくれる?君をファーストネームで呼ぶのに、私がコードネームで返されるのは嫌だから」
「はい。ジョディさん、宜しくお願いします」
☆
出動命令が出るかも知れないというのは冗談半分だったのだが、こういうタイミングで現実になるのは実に珍しい。
「えっ、ストーカーですか?」
「うん。これが意外と多いんだ。
ちょっとだけ違うヒューマノイドっていうのは、この惑星ではとても魅力的に見えるみたいで」
「ああ、それは納得出来ますね。
僕の身近に居る人達も、綺麗な人が多いですから」
「まぁ外惑星のヒューマノイドじゃなければ、わざわざ干渉する事も無いんだけどね」
「それで超技術を使った凄い車で、現場に向かうんですよね?」
「ううん、そういう車が存在するのは映画の中だけだし、現実で使うのは地下鉄かな」
「ええっ、地味!
ワクワクして損したみたいですね」
「まぁ自前の地下鉄だから、地味だけどとっても実用的なんだよ」
オフィスの側にある中央エレベーターに乗り込むと、私は最下層のボタンを押す。
本部の最下層部にあるホームから停車中している小型の鉄道車両に乗り込むと、実にスムースに動き出す。
もちろんハイパーループでも無く昔ながらの線路を使う鉄道車両ではあるが、専用の路線であり信号機すら存在しない。ちなみにノエル君と私が着用しているのは水道局員のユニフォームで、どんな建物や公共機関であっても潜入可能となる優れた変装である。
「ニューラライザーを使えば簡単に解決出来るんだけど、ストーカーの場合は記憶以外の媒体消去も必要なんだよね」
「ああ、写真とかで記憶が蘇るケースがあるらしいですからね」
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車両は使われていない地下鉄の路線を自動運転で走り、数分で目的地の無人駅に到着する。
NY地下鉄の予備路線を使ったこの移動システムは、渋滞に影響を受けずに高速移動が可能なので非常に便利である。
ストーカー本人の事前調査は済んでいたので、秘密の出入り口からまず二人はターゲットの居住しているアパートメントへと向かう。本人の記憶をニューラライザーで処理する前に、写真などのアナログデータを先に処理する為である。
玄関の共用ドアをスパイ映画では良く登場する?シリンダー錠解除機を使って入室すると、他の住人とは合わずに目的の部屋へ到着する。再度施錠を解除して入室すると、ジョディがゴキブリ駆除薬と似た黒い円筒形の物体を部屋の隅に置く。
「置くだけで数分後にはアナログデータは変質して、デジタルデータも消去されるからね」
「……それってプロヴィデンスに干渉される、惑星外の超技術のような気がしますけど?」
「ニューラライザーと一緒で、グレーゾーンに属する技術かな。
部屋の内部を処理したから、後は本人の記憶だけだね」
「そんな簡単に事が運ぶんですか?」
「あとは数分後に帰宅してくる彼に、穏便に話をすればお終いだよ。
この制服を来てる限りは、いきなり殴りかかられるような事は無いから大丈夫だよ」
数分後自室に戻ってきたストーカー犯は、開いたままのドアに怪訝な表情だったが私達の水道局ユニフォームを見て納得してくれた様だ。
ニューラライザーを起動して簡単に『処理作業』を終えたので、茫然自失になっている彼を放置したまま私達はアパートメントを後にしたのであった。
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