014.Ain't Drinkin' Beer No More
「サンプル採取なら、陸防の専門部隊に依頼した方が良くありませんか?」
先日訪れたばかりの廃村を、ノエルはキャスパーからの強い要請によって再び訪れていた。
生活騒音が皆無のこの場所は先週散見されたインコ?の群れも見当たらず、生き物の気配も全く感じられない。
野良犬、野良猫の類が居れば観察対象になるというSIDの助言は尤もだが、人間が全く居ないこの過酷な環境で生き延びられるとは考え難いだろう。
『今回は予備調査ですから、何か新たな発見があればそうなるでしょうね』
「確かに古い貯水池辺りは調べる価値がありそうだけど、土壌調査っていうのはどうなのかな」
「でもノエルさんの所属部隊が、劣化ウラン弾の汚染調査を請け負った記録が残ってますよ」
「良くそんな『裏の仕事』を知ってるね?
あれは母さんが請け負った仕事だけど、被爆の危険性があったから一回だけだよ」
貯水池は水の流入が無いのに透明度が高く不思議な状態だが、魚影を含めた動くものの気配は感じられない。
ノエルは念の為に肘まである採取用の手袋をして、サンプルを採取している。
『確かに陸防の専門部隊に依頼すれば作業自体は捗るでしょうけど、ノエル君の幸運体質が約に立つ場合も多いですからね』
「……幸運体質って、何それ?」
『ほらほら、早速何か起きてるみたいですよ』
池のほとりに立っているノエルの足元へ向けて、カラフルな色合いの鳥がバサバサと羽ばたいて着地する。インコという名前が付いている中ではかなり大型の、タテガミが特徴のオカメインコの様である。
「へえっ、群れじゃないインコは珍しいよね」
「ゴハン、ゴハン」
まるでノエルに催促するように鳴くこのインコは、かなり人馴れしているように見える。
「へえっ、すごく流暢に喋るんだ。
飼い主が、逃しちゃったのかな」
周囲の人が住んでいる村落は数10キロも先なので、ペットが逃げ出したにしては距離がありすぎるだろう。ノエルを恐れる様子も無いこのインコは、ゴハンを連呼しながらノエルの足元にまとわりつき離れようとしない。
「確か携帯食のナッツがあったかな」
バックパックの中からピスタチオの袋を取り出すと、ノエルはその場にしゃがみ込む。
インコは全く警戒する様子も無く、ノエルの手袋の上に広げられたナッツを凄い勢いで齧り始める。
「この子、完全に餌付けされてるよね」
時折首を傾げる仕草をしながらナッツを齧り続けるインコの様子を見て、ノエルは自分が此処に来ている目的を忘れてしまったようだ。
『ノエル、本当に動物が好きなんですね。
ところで何か気が付きませんか?』
「何って……えっ?いきなり?」
インコの淡色の額には、まるで動作ランプのように光が灯っている。
ラットの場合はぼんやりと光ると聞いていたが、肉眼で見てもかなりの輝度である。
満腹になったのか、ノエルの採集用手袋の上でインコは大きなアクビをしている。
人の掌の中でリラックスしているのは、幼鳥から刷り込みされて育てられた個体なのであろう。
「研究材料にするのは忍びないけど、こう人に懐いているのを放ったらかしに出来ないよね」
『本来ならアラスカに直送すべきなのでしょうけど、一旦Tokyoオフィスに回収しましょうか』
「了解」
☆
黒服機関は、米帝の秘匿政府機関である。
主要メンバーは社会保証番号すら抹消された非実在の存在ではあるが、この惑星ではプロヴィデンスのお陰でSF映画のような危機など起こるべくも無い。
実の所はニホンの入国管理局と全く同様に、通関手続きと滞在時の面倒を見るのが主業務の地味な機関なのである。
そんな黒服機関内にも、フィールドワークが主体の珍しい部署が存在する。
それがDDの収集を主業務にする、GarbageDisposalと呼ばれる部署である。
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特殊部隊のような真っ黒の野戦服を着用して、彼女はオハイオ州郊外の山林を彷徨っていた。
米帝人にしては小柄だが、まるでテニス選手のように引き締まった体躯には軍服が良く似合っている。
腰にはホルスターに入ったグロックと予備弾倉がぶら下がっているが、銃器を扱い慣れているのか違和感は全く感じられない。
彼女の任務は、広大な捜索範囲からDDを収集するいうならばゴミ拾いである。
高度な軍事用GPSと測定器を所持しているにも関わらず、彼女の所属部署が成果を上げられないのはセンサーの探知性能の低さと人員の不足が原因である。
ニホンとは違って広大な領土に設置された独自センサーの数は、情けないほどに少ない。
地上気象観測システムに相乗りする計画が初期段階で頓挫したのは、国防総省の担当者との強い軋轢があった為だと言われている。
それを補うためにスーパーコンピュータを使った位置予測が使われているが、アルゴリズムの欠陥なのか予測が的中した実績が殆ど無いのである。
「今日も収穫が無さそうかな」
彼女は生真面目で黙々と自分の仕事を全うするタイプであるが、こう成果が上がらないと愚痴の一言も出て来てしまう。成果が上がらないので予算が付かず、人員や設備の拡充が出来無い悪循環から抜け出すのは口で言うほど簡単では無い。
「あれっ、こんなに人気が無い場所に珍しい落とし物だね」
本部へ帰還するために車に向けて歩いていた彼女は、足元にスマホらしき物体を発見する。
黒い本体やガラス部分にもロゴマークが無く、メーカー名の記載も見当たらない珍しい機種である。
薄汚れて壊れた様子ならば彼女も拾い上げたりしなかったであろうが、表面には傷が見当たらない新品のような状態である。本体横のボタンをクリックしても液晶には何の反応も無いのは、明らかにバッテリー切れの状態なのだろう。
「本当のゴミを収集しても仕方がないけど、電源が入れば持ち主が分かるかもね」
彼女はいつもの習慣で拾ったスマホを収集袋に入れて、バックパックに仕舞い込んだのであった。
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