013.Something Happening
数日後のTokyoオフィス。
アラスカの研究者から各支部へ最新情報が届けられたので、DDの収集に関与しているメンバーがフウの呼びかけに応じて集まっていた。
リビングの大テーブルに朝生菓子や和菓子が所狭しと並んでいるのは、ギャラに関係無いミーティングに集まった面々に対するささやかなご褒美なのだろう。
「それで、ラットは現在どういう状態なんですか?」
ノエルはTokyoオフィスに常備している高級緑茶が好みなので、ユウに煎れて貰った湯呑を手に嬉しそうな表情である。グリーンティーという風味の飲料やお菓子が氾濫している現在ではあるが、本当に美味しい緑茶というのはなかなか希少な存在なのである。
「これから映像を見せるけど、知能が高い『スーパーラット』になったみたいだな」
当事者と言えなくも無いノエルの質問に、フウが勿体ぶらずに結果を一言で伝える。
彼女は自分でドリップしたエスプレッソに、何時ものようにブラウンシュガーをしっかりと入れている。お茶請けは言うまでも無く、大好物のどら焼きや羊羹である。
「このラットに『Ben』って名前が付いてるのは、何か特別な意味があるんですか?」
「ああ、古い映画好きな研究者の趣味じゃないかな。
まぁとりあえず、映画みたいなパンデミックの気配は無いと思うぞ」
「危機感は無いにしても、お金の匂いはプンプンしますね」
「まぁ量子コンピュータの開発者から見たら、技術情報は喉から手が出るほど欲しいだろうな。
Congohは半導体Fabとも付き合いがあるから、最終的に情報はそっちに流れると思うが」
Congohという会社は、基本的にDDとして入手した素材や物品について秘匿したり独占する事は無い。たとえパワーバランスを崩してしまう恐れがあっても、民生技術として応用出来る見込みがあるならば適切な対価で譲り渡すというのがポリシーなのである。
「かなりニッチな技術情報ですけど、そういうのはCongohの得意な分野ですものね」
リビングに集合した大勢のメンバーの中から、数多くの企業でインターンの経験があるアンが発言する。
ちなみに彼女は最近発売された新しい和菓子を、万遍無く食べ続けている。自ら経営しているジェラートショップに取り入れられるアイデアを、絶えず探し続けるのが習い性になっているのであろう。
「それに基礎技術をいち早く特許化出来れば、将来的に膨大な特許収入が見込めるからな」
「真っ当な基礎技術を持っていれば、パテント・トロール対策にもなりますし」
さりげなく発言したノエルに、フウが意外そうな表情を浮かべている。
「ノエルはシンと違って、実務面でも有能なマネージャーになれそうだな。
それじゃ、早速アラスカから届いた映像を見てみようか」
「タブレットを操作出来てる!
スーパーラットって言い過ぎかと思ったけど、言い得て妙かも」
ケイは過去にハムスターを飼った経験があるので、ラットの知的な動きに強い印象を受けているようだ。
「研究者の見解では、ネットサーフィンを飽きずに続けているみたいだな」
「うわっ、餌のリクエストもタブレットの画面から!
そのうちピッザの宅配も頼みそうだよね!!」
パピは大皿に盛り付けられた、干瓢巻きを延々と食べ続けている。
いつもならマリーの手前手を付けないのであるが、彼女が不在なので遠慮する必要が無いからであろう。
「これはチンパンジーの能力開発用端末を、小型化して使ってるみたいだな」
「ヒューマノイドの頭脳が影響を受けたら、どうなるんだろう?」
口の横にご飯粒を付けたパピの小さな呟きは、一同の共通した疑問である。
「アインシュタインみたいになるのかもね」
「ヒトラーみたいにならないなら、数倍はマシだと思うけど」
「知能が飛躍的に向上するのは予想できるけど、問題はそれ以外の部分だよね。
某研究者みたいなマッド・サイエンティストが大量に生まれたら、『Doomsday Clock』が一気に進みそうだよね」
アンの呟きは実在の人物を指しているのであるが、当人はこの場所には居ない。
もっともリビングの会話は、しっかりとモニターしていると思われるが。
「影響を受けてるかどうか、判別する方法はあるのかな?」
パピの発言はラットに限らず、小動物を含めた哺乳類が影響を受けたケースを示しているのであろう。
「それは簡単に判別できるらしいぞ」
「簡単??」
「前葉のあたりが、光るんだそうだ」
「何それ?漫才のネタみたいだよね」
此処のメンバーはネイティブ並みにニホン語に習熟しているので、お笑い番組で普通に笑えるのである。
「日中はともかく、暗い部屋だと目視できるってこの研究者は言ってるな。
ラットの場合は前葉が小さいので光るのはごく少ない範囲だが、脳が大きな哺乳類ならしっかりと判別出来るかも知れないな」
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テーブルに用意された和菓子がほぼ食べつくされたので、アンが店舗で余ったジェラートのバルクを広げている。食べ慣れている和菓子に殆ど手を付けていなかったケイは、大きめのガラスボウルにノッチョーラを大量に盛り付けている。
どうやらニホン国内では、味覚の違いでイタリアほどこの定番フレーバーは人気が無いようである。
「そもそもスマホに擬態してるって言うのは、やっぱり手に取って貰う為かな?
でも半日も擬態状態を維持出来ないなら、感染者?は殆ど居ないんじゃない?」
パピの発言は現実的であり、集まったメンバーも同様に感じているのであろう。
「可能性が高いのは、黒服機関の連中だろうな」
「でも帽子やヘアバンドで頭部を隠していれば、判別が難しそうですね」
「いや、簡単じゃないかな」
「???」
「急に優秀になったら、あの機関の中じゃ凄く目立つと思うぞ」
「「「「なるほど!」」」」
「事態が判明する前に疑心暗鬼になって、同士討ちとか起きたりして」
パピのシニカルな返答は、米帝の組織の脆弱な部分を自らの経験から理解しているからであろう。
「この情報もとりあえず『黒服機関』に開示するから、そういう事態は起きないと……言い切れないのが怖いな」
フウの一言に、大きく頷いた一同なのであった。
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