011.Point Break
「座標は此処で合ってる?」
近隣のジャンプ可能な都市から短距離ジャンプを繰り返して到着したこの場所は、関東地方の外れにある廃村である。舗装道路すら無いこの場所は、DDの頻繁な出現が起きる特異点でもある。
「うん、大丈夫。
それにしても、リッキーを抱えてジャンプ出来るなんてビックリだね!」
ノエルの自宅マンションで留守番をしているミーファは、コミュニケーター越しに現地の映像をモニターしている。喧騒のある都市部と違ってノエルが来ているこの場所は異様に静かで、通話用のヘッドセットも不要なのである。
「ジャンプ直前に、いきなり飛び付いて来たから。
ユウさんの話によると、阻害される要因がある場合はジャンプ自体がキャンセルされる筈なんだけどね」
「ミャウ!」
ノエルの肩口にしがみついたままのリッキーは、前方を見て声を上げる。
どうやら派手な緑色のインコの群れに、彼女は反応しているようである。
「インコの群れって……あれがシンさんの報告書にあった擬態なのかな?」
『ええ。擬態は長くは持ちませんし、無視しても大丈夫ですよ』
今度はコミュニケーター越しの映像をモニターしているSIDから、コメントが入る。
「あの群体に、観測機が反応したのかな?」
『いいえ。多分あれは別口でしょう』
「ミヤッ!」
リッキーが数メートル先の地面を見て反応している。
雑草が生い茂っている地面に、何やら光る人工物があるようだ。
「スマホ?
こんな廃村に落ちてるなんて、不自然だよね?」
採取用の防護手袋をしたノエルは、指2本でスマホらしき物体を摘み上げる。
「ミヤッ!」
何か異変を感じたのか、リッキーがノエルの肩口から右前足を繰り出した。
一瞬眩くフラッシュしたスマホ?らしき物体が、リッキーの猫パンチで地面に跳ね落ちる。
「うわっ、手袋のケブラー繊維がザックリ切れてるよ。
今の光はもしかしてレーザー?」
『シン、手袋を外して外傷が無いか確認して下さい。
あと落としたソレには暫く触らないように!』
「了解」
手袋を外したノエルは、掌の部分を入念にチェックしているが特に外傷は無さそうである。
もしスマホをしっかりと握っていたら、手首が切り落とされていたかも知れない。
『外傷が無いのを確認出来たなら、すぐにTokyoオフィスに帰還して下さい。
ナナさんを呼んでおきます』
ノエルの肩口から降りたリッキーは、胡散臭そうな様子でスマホの残骸を前足で突付いている。
「このスマホみたいな物体は、放置出来ないでしょ?
動作するDDだったら、久しぶりの発見だよね?」
「そのまま採取袋に入れてジャンプするのは、危険です。
何か収納する箱みたいな物が無いと」
「廃村なら、どこかに鍋でもあるんじゃない?
ああ、丁度よい鍋があったよ!」
崩れ落ちた廃屋の傍に転がっていたアルマイトの両手鍋は、蓋のお陰で雨水に侵食されていない。
素早くつまみ上げたスマホのような物体を採取袋に落とし込み、それを汚れたアルマイトの鍋にカタンと放り込む。鍋蓋を被せたノエルは、蓋の周囲を指でグイグイと押しつけている。
ヴィルトスによって密封された鍋の取っ手を持ったノエルは、リッキーに声を掛ける。
「帰るよ!」
リッキーは慣れた様子でノエルの背中を駆け上り、まるで此処が自分の定位置のように肩口に前足を掛けている。
「ミーファ、Tokyoオフィスに立ち寄るからちょっと帰りが遅くなるよ」
「了解」
☆
Tokyoオフィスのリビング。
先日も利用した危険物処理用の部屋が、大型モニターに映されている。
無人の室内には、爆発物処理用のロボットアームが設置されている。
ノエルと一緒に帰還したリッキーは、リビング所狭しとピートと一緒に駆け回っている。
モニターに表示されているシリアスな映像を横目で見ながら、ユウはじゃれ合っている2匹の方が気になっている様である。
「あのレーザーなら、内部から突き破って出てくる可能性もありそうですよね?」
発見者であるノエルは、ロボットアームを操作しているアンに呟く。
「いや、アルミ製の鍋はレーザーには難加工素材だから無理なんじゃない?」
内燃エンジンのエキスパートであるアンは、機械加工や材料に関してもかなり詳しい。
アンは2つあるアームで鍋の取手を掴み、シェイクするような動作をさせている。
集音マイクは、かすかな水音?のような液体が動く音を拾っている。
大型モニターを凝視していた一同は、はっきりと聞こえた水音にそれぞれ落胆や安堵の表情を浮かべている。
「透視画像は?」
リモート操作のコンソールを見ているアンに、フウが確認する。
「保存袋のファスナー以外は何も写って無いです。
やっぱり中身は、液化してる可能性が高いですね」
「はあ……わざわざ此処で開封する必要も無いか。
ノエル、アラスカベースへジャンプで行けるか?」
切削用のアタッチメントを準備していたアンに、フウがストップを掛けている。
近々の危険が無ければ、現状のまま輸送する方が二度手間にならないと彼女は判断したのだろう。
「はい。マーカーは勿論ありませんけど近隣に土地勘がありますから、目視のジャンプを数回繰り返せば可能だと想います」
ノエルはアラスカベースの位置情報を既に知っているので、到達するのは容易であると判断したのである。
「ギャラは奮発するから、これを現状のままでアラスカのラボへ搬送して貰えるか?」
「フウさん、自分なら直に行けますけど?」
ピートとリッキーを注視していたユウが、ようやく此処で会話に参加している。
「いや、今後の事があるから、ノエルにはアラスカベースの場所を覚えてもらいたいんだ。
収集したDDは全て、アラスカベースに保管しているからな」
「なるほど。それなら移送はノエル君に任せますね」
「それに、アラスカベースの司令官は、お前の母君の旧友だからな。
お前の顔を見たいと、何度も催促されてるんだ」
「はぁ、こんな顔で良ければ」
「ははは。お前はシンと違うタイプだから、すごく人気があるんだぞ。
それを自覚してないと、もしかしたら罠に掛かるかも知れないから注意するんだな」
「???」
「ははは。確かに罠に掛かるというのは、言い得て妙ですね」
この時はユウの一言の意味を理解できずに、ノエルは首を傾げるばかりなのであった。
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