023.I'm With You
アラスカベースで地上に見える施設は大型のハンガーのみであり、自動運転による除雪作業が行われなければ滑走路の存在自体も認識するのが難しい。
周辺は何も無い雪原であり、地下に広がる広大な敷地をかろうじて認識できるのは、点在している換気システムの小さなダクトのみである。
シン達を乗せた定期便のC-130は、サラの鮮やかな操縦で予定到着時刻ちょうどにランディングした。
機体は滑走路に待機していた自動運転のトーバー・トラクターに牽引され、あっという間にハンガーに収納される。
ハンガーの扉が自動で閉じられると、機体はシン達を乗せたまま床面ごと地下に向かって降下し始める。
空母の大型エレベーターを体感した事が無いシンは、輸送機の窓からの光景が上下方向に変わっていくのを驚いた表情で見ている。シンが幼少時に滞在していた頃は、この昇降機はまだ稼働していなかったのである。
「DDは、この運搬車に乗せもらえるかしら?」
降下が止まって後部ゲートから機外に出たシンは、出迎え?の女性に米帝語で話し掛けられる。
明るい色のブロンドヘアーをポニーテイルに束ねたその女性は、見事なプロポーションと柔らかい表情が印象的な美人さんである。
エイミーがシンから離れて別の出迎えの女性と歩いていくのは、事前に約束していた健康診断を受診するためであろう。
「あ、はい。
あとこれは先日確保した別のサンプルです」
離れていくエイミーに目配せしながら、久しぶりに使う米帝語に頭を切り替える。
この拠点は米帝の領土に存在しているので、使われている言語はもちろん米帝語である。
「そう、ありがとう。
貴方とっても良い匂いが……ううん、何でもないわ」
後部ゲートの最後尾に小さなパレットで固定されているDDを、シンは重力制御を使って運搬車の荷台に静かに移動する。
運搬車はTokyoオフィスや雫谷学園でも使っているCongoh共通のもので、シンにとっては見慣れたものである。
「そうか、貴方が噂のグラヴィタス使いなのね。
私はフェルマと言います、よろしくね」
重力制御を見て、女性はすぐにシンのことを認識したようだ。
挨拶の一言の後に、大きな瞳がシンをロックオンしたようにバチッとウインクされる。
「シンです。こちらこそよろしく」
シンが屋根の無いゴルフカートのような運搬車の座席に腰かけると、シリウスが膝上に飛び乗ってくる。
幼い頃の微かな記憶によれば、女性の運転するカートでシンが現在移動しているのは研究室が連なっているラボと呼ばれる施設の中である。
「そこの部屋に入れて貰える?」
「はい……これってみんなDDなんですか?」
部屋の中は、大小のパレットに載せられた様々な物体で溢れている。
「うん。こんなに完全な状態なのは珍しいけど」
「動作可能なコンディションで、ここに運ばれた物はあるんですか?」
「いや、それは初めてだと思うわ。
飛ばされてくるのは、ガラクタとか残骸が殆どだから。
あとは米帝とかロシアが、こっそりと回収して秘匿してる分はあると思うけど」
「秘匿ですか?」
「違う宇宙から来た物質やテクノロジーは、どれだけ価値があるか解らないからね。
これもTokyoオフィスに置いておくと横槍が入るのは確実だから、研究の優先順位は兎も角ここで保管するのが一番良いんじゃない?」
「なるほど」
「そこの床に降ろして、動態探知機を作動させてくれる?」
シンは右手を軽くパレットに添えて、DDをフロアに静かに移動する。
日常で頻繁に行使することで、最近は細かい制御も滑らかに行えるようになってきたとシンは感じている。
「へぇ~、見事な力の制御ね。確か現役のグラヴィタスの使いは貴方だけだから、ちょっと計測させて欲しいな。
帰路便が出るまでは、此処にいるんでしょ?」
シンに個人的な興味があるのか、熱い眼差しでシンを見ながら彼女が提案する。
「はい、大丈夫です」
ちょっと目線の強さが気になるが彼女の印象は悪くなかったので、シンは警戒心も無く素直に返答を返したのであった。
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「この短期間に身長がずいぶんと伸びたわね?」
以前Tokyoオフィスに身体検査で訪ねてきた女性は、診察台に腰かけたエイミーを見て感嘆の声を上げる。
「ええ、服のサイズも2サイズほど大きくなりました」
「一気に成長したみたい。愛の力は偉大だわ」
「……」
「体調は?」
「すごく良いです。何よりここは食事が美味しくて、かなり太ったかも知れません」
「太ったというよりも、成長するのに大量にエネルギーが使われているんでしょうね。
ところで、どの位この惑星に居るつもり?」
「わかりません。シンと私が納得するまでですから、かなり長くなりそうですけど」
「あの男の子、すごく可愛いくて羨ましいわ。
ここでも噂になってるわよ」
「……」
エイミーは頬を染めながら、無言でただ頷いたのであった。
☆
「特に到着報告は要らなかったのに」
シンはフェルマに案内されて、モニターが壁面に多数並んだ指令室?のような場所に来ていた。
シリウスはTokyoオフィスで見たことが無い室内の風景に驚いたのか、モニターの画面をじっと凝視している。
外部からの攻撃や侵入については過去に一度も起きたことが無いので、これらの監視は主に基地の内部の事故に備えているのだろう。
「いえ、一応一週間滞在するので、フウさんからきちんと責任者に挨拶するように言われていますから」
ユウに事前に探してもらった紙筒に入った日本酒を手渡すと、司令官の女性は本当に嬉しそうな表情を浮かべる。
「おおっ!こういう生産数が少ないニホン酒は、定期配送便でリクエストしても入ってこなくてね。
有難く頂戴しておくよ。
それにしても何年ぶりかなぁ。見事な男前に育ったね」
しゃがみ込んでシリウスの背中を撫でながら、シンを見上げるような姿勢で彼女は言う。
「自分の事をご存じなんですか?」
「もちろん!昔オムツを替えてあげた事もあるよ」
「えっ?」
「まぁ言うまでもないけど、メトセラっていうのは殆どが親戚みたいなものだから。
亡くなった母君は遠い親戚に当たるし、特に親しくしていたからね」
「……」
「フウからは、君に雑用を押し付けないで骨休みさせて欲しいと言われてるから。
あの可愛い子と一緒に温泉にでも浸かって、一週間のんびりしててよ」
「ありがとうございます。ですが……ちょっとお願いしたいことがあるんです」
「?」
「この時期基地から離れて遠出できないのは理解していますが、近場で自由に使える場所とか無いでしょうか?せっかく人里離れた場所に来たんで、自然破壊にならない程度に普段出来ないトレーニングをしてみたいんです」
「そういう事なら、短時間で君には良いトレーニングになる仕事があるよ。
こっちも経費節約できるから、一石二鳥だし」
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基地司令と簡単な打ち合わせを行った後、シンは研究者の居住エリアに来ていた。
今回訪れるべき知り合い?はたった一人なので、忘れないうちに会ってしまう事にしたのである。
ちなみにシリウスは途中で合流したエイミーに預けて、先にフードコートで待って貰っている。
「あなたがシン君!はじめまして、トーコの母親のレーコです。
いつも娘のお世話をしてくれてありがとう!」
「トーコ、いや娘さんは業務で忙しくて……同行させられなくて申し訳ないです」
「いいえ、彼女の様子はいつもSID経由で聞いてるから。
それに顔を合わせると口喧嘩になるから、距離を置いた方がうまくいくのよ」
「……」
「それに私は自分が酷い母親だという自覚もあるから、あなたのようなちゃんとしたボーイフレンドが居てくれると凄く安心なの」
「これ、つまらない物ですが」
「ああ、嬉しいわ!
お菓子を含めて食品ならほとんどお取り寄せできるんだけど、朝生菓子は流石に手に入らないのよ」
「トーコから、豆大福が好物だと聞いていましたので」
「ああそうだ!忘れないうちに渡しておかないと。
これトーコの指導教官のレイさんから、貴方にって」
「レイさんから?……ギターケースって?」
「レイさん専用の保管倉庫から受け取って、貴方に渡すように依頼されてね。
ご本人は暫く出張が無いから、今はTokyoオフィスに居るみたいよ」
「有難うございます。こちらから連絡してみます」
「ねぇ、時間はあるんでしょ?トーコの普段の様子を聞かせてくれる?」
トーコの姉と言っても違和感が無いフレンドリーな態度に、思わず話し込んでしまうシンなのであった。
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