008.Let The Cat Out
翌日のTokyoオフィス。
ノエルによって運び込まれた『物体』は、危険物処理用の部屋に安置されていた。
完全に密閉可能で小型戦術核にも対応可能なこの部屋は、DDの一時保管場所として何度か利用されている。
「中に生命体が居る?
流石にエイミーの見立てであっても、考え難い意見だな」
リビングで表示されている監視カメラの画像を前に、フウはエイミーに対して普段とは違う厳しい表情を向けている。だがフウの強いプレッシャーにも、彼女は全く動じる気配が無い。
「私は主観を交えずに、感じたままを伝えているので。
それにこの『物体』がDDだとは、どうしても思えませんので」
「それじゃまるで、二人が訪問する場所を狙ってたみたいだよね」
過去に似たような体験をしているユウは、客観的な事実を指摘している。
アンキレー・ユニットを手に入れたのも、ユウの行動が把握されていなければ起こりえない偶然が重なった結果なのである。
「DD出現の兆候無しに現れたのならば、その可能性もあるな。
ノエルは第一発見者として、どう思う?」
ノエルは当事者なので此処に来ているが、ミーファはいつものように気が進まないという理由で欠席である。
「DDというのは、別の宇宙から来た物質なんですよね?
あのカプセルのデザインは、どうみても我々と同じヒューマノイドが作ったように感じますけど」
シンの持ち帰った外惑星の動画を他のTokyoオフィスのメンバーと同様に熱心に閲覧していたノエルは、今では異文明について無知とは言えないだろう。進化の最終形態であるヒューマノイドが似たような文明を構築するのは、決して偶然では無いと本能で理解しているのである。
「もし生命維持の機能が内蔵されてるカプセルだとして、どうやって開けるんだろう?
そもそも開けちゃって、大丈夫なんでしょうかね?」
ユウの呟きは一同の疑問を代表するものであるが、SIDは律儀に返答を返す。
「昨夜高倍率でフル・スキャンしましたけど、繋ぎ目が見つからなかったんですよ。
この辺りはユウさんが発見したアンキレーユニットとは、事情が違いますね」
「それで、透視画像は撮れたのか?」
フウがSIDに、追加で状況説明を求める。
「いえ。外殻の金属が未知の合金で、透視は不可能です。
ただ外殻の素材だけでも、信じられない価値があるかと思われます」
「それよりも、ユウの言うように開けてしまって大丈夫なのかが心配だな。
生物兵器だったりしたら、此処のメンバー全員で対応したとしても無事に済むかどうか」
その瞬間、テーブルの上に置かれていたカプセル?に動きがあった。
まるで蝶番があるかのように、蓋?の部分が少しだけ開いている。
内部から薄い煙のようなモノが立ち上り、まるで昔話の玉手箱のような光景がモニターに映し出されている。
『物体』に照準?していたマリーがフウの表情を見るが、彼女は首を横に振っている。
「蓋?から垂れてるのは、液体?
やっぱりシリコン生命体なのかな?」
「シリコンはあんなに粘度が無いんじゃない?」
一同が勝手な感想を言っている間に、ここで前触れ無く2重扉を通過した人影が監視カメラの映像に現れる。いつもの白衣姿に手術用の手袋のみを装着したナナは、マスクすらしていない。
リビングの一同は突然現れた彼女に気を取られているが、フウだけは画面に端に表示されるいくつものセンサーの数値を凝視している。
「大丈夫。これは生命維持カプセルで、危険は無いよ」
カメラに向かって発言したナナは、躊躇せずに開きかけたカプセルの蓋に手を掛けている。
こぼれそうなゼリー状の物質をナナが取り去ると、内部から胎児のようなサイズの『物体』が現れる。
慣れた様子で処置を行っている彼女の前で、その『物体』からピーピーという甲高い声が上がる。
「……少なくても、シリコン生命体では無いな」
「胎児の声?」
「うわっ、まるで生まれてたての『子猫』みたいだね!
もしかして目の錯覚?」
数分後、柔らかい医療用タオルに包まれた胎児を抱えて、ナナがリビングに現れる。
普段ならば人の集まっているリビングを避けている筈のピートが、真っ直ぐにナナの方へ向かってくる。
ソファに腰掛けたナナの横に来たピートは、鼻をすんすんさせながら興味深げにタオルの中を凝視している。
「どう見ても、生まれたての『子猫』だよね」
「ああ、これはセルカークで鹵獲したクーメルと近い品種かも」
「フウ、しばらくこの子は私が預かるよ。
2回目だから、慣れてるしね」
「2回目っていう事は、もしかして再生されたピートもこうして現れたのか?」
「そう。カプセルって言われて、すぐにピンと来たんだよね」
☆
数ヶ月後、ノエルのマンション。
事前の約束も無く現れたナナは、両手に大きな荷物を抱えている
「この子を届けに来たんだ。
これが苦労して発行して貰った、雑種のイエネコであるという証明書ね」
「証明書って、どういう事ですか?」
「このまま育つと、サーバルキャットとか小型のチーターみたいなサイズになりそうだからね。
通報されると保健所に強制的に保護されちゃうから、外に連れ出す時にはこの証明書を忘れずに持参してね」
キャリーバックから出てきた『猫』?は、真っ直ぐに初対面の筈のミーファのもとにやってくる。
ソファを一瞬でよじ登ると、ミーファの膝に頭を預けて腹を見せている。
「うわっ、この短い期間で随分と育ちましたね。
ええっと、このままナナさんが育てるんだと思ってたんですけど」
「いや、この子はどうみても君達二人に託されていると思うよ」
「はぁ……」
「……」
初対面にも関わらず無防備に甘えてくる『猫』の相手をしながら、ミーファは無言である。
「この子はシン君とシリウスの関係みたいに、マッチングされた相手が居るから」
大きなアクビをしてリラックスしている『猫』の様子を見ながら、ナナは説明を続けている。
「ミーファはどうなの?」
戦場で迷い猫や犬を積極的に保護していたノエルは、ペットの飼育には慣れている。
もちろんナナが言っているマッチングの相手は、ミーファ本人の事を指しているのであろうが。
膝下に来た『猫』を、ミーファはやさしく撫で回している。
『猫』があまがみして甘える姿は、まるで母猫に対するもののようである。
「ははは、今更尋ねる必要は無いみたいだよ」
ナナの一言に、無言で頷くノエルなのであった。
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