006.Crash
アイの主導で食べ歩きを済ませた三人は、近隣のホテルにチェックインしていた。
「せっかく3軒も連れて行ってくれたんですが、どれも今ひとつでしたね」
備え付けのバスローブを着ていると、ノエルはスリムな体躯と合わせて性別の判別が難しい。
ショートボブは行きつけの美容院でお任せにしている髪型だが、たとえ短髪にしたとしてもその印象は変わらないであろう。
「やっぱり君もそう思う?
それにしてもミーファは、良く食べてたよね」
フリーサイズのバスローブは、アイのメリハリのある身体には少々窮屈そうに見える。
綺麗に盛り上がった胸元や、しっかりと細いウエストラインが強調されてしまうのである。
全ての店でお替りを繰り返しデザートまでしっかりと平らげていたミーファは、食べ過ぎの兆候もみせずにケロリとしている。ホテルに用意して貰った子供用のバスローブは、残念ながらサイズが合っておらずダブダブである。
「二人とも辛口すぎるんじゃない?
私はどの店も、文句無く美味しかったけど」
既に歯磨きも済ませてベットに横になっているミーファは、寝落ち寸前の状態である。
中身と違って成長していない身体が、休息を要求しているのであろう。
「泊まらなくても、最終便で帰れたんじゃないかと思うんですが」
ファミリータイプのツインルームには、大きめのダブルベットが2つ備えられている。
「それじゃ効率が悪すぎるよ。
特に急ぎの用が無ければ、本州に入ったら青森辺りからレンタカーが良いかな。
ユウみたいに全国の駐屯地に土地勘があるのは、特別だからね」
「なるほど。
かなりのロングドライブになりますけど、大丈夫ですか?」
「ノエル君は、実は運転が得意なんでしょ?
まぁNシステムがあるから、運転しない方が良いとは思うけど」
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ミーファが熟睡してしまったので、アイはルームサービスで缶ビールをオーダーしている。
ニホンのドライ系のビールが嫌いな彼女は、当たり外れが無いドイツ銘柄のビールを選んでいる。
「へえっ、ビールはいける口なんだね」
「飲み慣れてるので、他のアルコールよりは好きですね」
「ライセンス生産だから、本国で飲むより雑味が少ない気がするね」
「そうですね。ニホンのコンビニで生産国を見て、かなり驚きましたけど」
「……あの子の事、宜しくお願いね。
多分、私達司令官クラスが預かるよりも、君と一緒にのびのび育った方が良いと思えるし」
「学園寮すら、毛嫌いしてますしね」
「もう一人の自分、いやナナの場合は分身が二人も居るんだよね」
「あの人は良く自分の遺伝子を、提供する気になりましたね」
「ユウの黒猫の蘇生と、引き換えだったからね。
彼女の場合は、迷いも躊躇もしてなかっただろうし」
「メトセラの中でも、エキセントリックな性格で有名だって聞いてますけど。
何故か僕には、いつでも優しいんですよね」
「子供と動物には、とっても優しいのよ」
「僕は子供枠なんですか?」
「私達の実年齢から見ると、まだ生まれたばかりと変わらないわ」
「えっと、それじゃ……」
「母君から、レディに年齢は尋ねるなって教わったでしょ?」
☆
アオモリで乗り捨て可能なレンタカーを調達した3人は、現在高速道路を移動中である。
米帝や欧州でロングドライブに慣れているアイは、リラックスした様子で運転している。
「景色を覚えるのは、得意なんですよ」
パーキングエリア毎にショートジャンプを繰り返しているノエルは、着々と拠点作成している。
「分隊の指揮をしていた、経験は伊達じゃないわね」
特に中東における戦場は景色の変化が乏しいので、稜線の違いなどの細部から場所を見分ける能力が必須なのである。
ノエルはアイと助手席で会話をしながらも、何故かバックミラーをちらちらと見ている。
「まさかこんな場所で尾行されるなんて。
ドライバーはアジア系の顔立ちですから、ご無沙汰だった中華連合の残党ですかね?」
「私を尾行してたにしても、ミーファと貴方が標的に変わったのは間違い無いわね」
雫谷学園の生徒が拉致誘拐の対象になるのはいつもの事であるが、学園に出入りしているノエルも密かに尾行されていたのかも知れない。一味の中に監視カメラをリレーして位置情報を得るような高度なハッカーは居ないだろうが、人混みに紛れて人海戦術を採っていたのかも知れない。
「今後も付きまとわれると面倒なんで、全員首を落としちゃいましょうか?」
「あなた……そんなに優しい顔をして、凄い台詞を言うのね。
そういえば、シンも数年前は良く同じ事を言ってたわ」
「ブレードは峰打ちが出来ないから、首が落ちちゃっても仕方が無いよね」
ここで口を挟んできたミーファは、ブレード用のインゴットをいじりながらやる気満々である。
「SID、この辺りの監視カメラは?」
アイが胸ポケットのコミュニケーターに話しかけると、瞬時に返答が帰ってくる。
『あと10秒で、空白地帯に入ります。
20Kmほどは、何をやっても記録に残りません』
素早くドアウインドを下ろしたノエルは、窓から小さく右腕を伸ばす。
手持ちのケラウノスを使わないのは、タイヤを走行中の助手席から狙い撃ちするのが難しいからであろう。
ほんの少しだけ右手首を振る動作を見せた瞬間、尾行していたワゴン車の前輪一つが車体から弾けるように脱落する。
ブレーキ操作も出来ずに路面でスピンし始めたワゴン車は、幸運にも後続車との追突を免れて停車する。
「しつこく後続車も来てるね。用意周到だな」
バックミラーで状況を見ていたノエルは、スピンをかろうじて回避出来た2台目のワゴン車が距離を詰めて来るのを目視している。
ここでノエルが再度ドアから手を伸ばしかけたが、地上高が殆ど無いエアロパーツが装着されているのに気が付き顔を顰める。ボディパーツを力技で剥ぎ取るのは可能だが、手間取ると監視カメラに捉えられてしまう可能性がある。
「ノエル、飛び道具を貸して!」
躊躇しているノエルの様子を見て、ミーファが即座に反応する。
フロントシート越しにケラウノスを手渡されたミーファは、リアシートに膝立ちになりマズルを後続車に向ける。小さな掌の両手で握ったグリップは微動だにせずに、リアガラス越しに一回だけトリガーを引く。発射音はもちろんリアガラスを貫通した音も走行音に紛れて聞こえないが、ワゴン車は徐々に速度を落として視界から離れていく。フロングリルからシリンダーヘッドを狙い撃ちしたのだろうか、貫通力が異常に高いケラノウスならでは力技である。
ミーファはリアガラスの綺麗な円形の貫通穴を右手の指でなぞっているが、ノエルが気がついた時には穴は少しの凹凸を残し塞がっていた。
「サンキュー、助かったよ!」
受け取ったケラウノスをインサイドホルスターに収めながら、ノエルはウインクを返す。
「どういたしまして。
私はそのために此処に居るんだから」
「貴方達、思ったよりも良いコンビね」
「Duh!」
アイの一言に胸を反らせて応えるミーファを、ノエルはただ微笑みを浮かべて見ていたのであった。
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