001.Light Up The Sky
ニホン某所の森林地帯。
入国管理局別動隊は、今日も地上に出現したと推定されるDDの捜索に赴いていた。
ニホン各地に設置されたオゾン観測器とスパコンの分析によって、大まかな出現場所は予想できるのであるが、実際に発見できるかどうかは現地に赴いた要員の能力次第である。尤も出現する物体は破片や部品レヴェルが殆どであり、稼働可能なオーパーツが出現した事は過去に数例だけしか無いのであるが。
「ノエル、方角はどう?」
ケイは幹の太い広葉樹のてっぺんにぶら下がっている?人影に、声を掛ける。
ノエルの特殊技能を知らない相手は、枝払いされて手がかりが無い木にどうやって登ったのか首を傾げる光景であろう。
「……たぶんこの辺りで間違い無いと思います。
ピアさん、右前方2メートルに何か光るモノがあります」
「……あった!これで間違いないでしょ!」
ピアから受け取った物体を、ケイが腰に付けた万能計測器のプローブに押し付けている。
「うん。
オゾン濃度が異常に高いから、間違いないかな」
このタイミングでノエルがまるで蜘蛛のように、静かに地面に折りてくる。
ノエルは鋼糸というものを自由自在に操っているのだが、その特殊金属で出来た糸は蜘蛛のそれと同じように肉眼では捕捉出来ない太さなのである。
「ねぇ、ノエルが捜索に加わってから、効率が凄くアップしてるよね?」
ノエルは特殊技能を別にしても陸防の一般隊員と比べても実戦経験が豊富であり、もはやルーと一緒でレギュラーメンバーと同じ扱いになっているのである。
「そうだな。
エイミーによると分岐予測のアノーマリーを持っているメトセラは、直感が鋭いんだそうだ」
「直感ですか?
自分では良く分かりませんけど」
「まるでシンと真逆の、ラッキーを引き寄せる能力みたいだよね」
「ピア、それをシン君の前では言わないようにな」
「えっ、大丈夫じゃない?
本人も確率の偏りは、自覚してるみたいだし」
「僕はシンさんこそが、ラッキーガイだと思いますけどね。
何度死にそうな目に合っても、必ず生還するって聞いていますよ」
☆
入国管理局別働隊と一緒に帰宅したノエルは、エイミーに勧められるままに夕餉の席を囲んでいた。
シンは不在だがエイミーが中心になって作られる夕飯メニューは、料理のジャンルを問わず美味である。ちなみに普段は中華料理がメインの食卓は、刺し身や数多くの洋食メニューの大皿が並んでいる。
「エイミーがメニュー担当だと、美味しい刺身が食べれるから嬉しいね」
今日は授業を優先して作戦に参加しなかったルーだが、自分に近い境遇であるケイやパピとも良好な関係を築いている。
「ルーは、ニホン人と同じで生魚とか魚介類にも抵抗が無いんだな」
ニホン育ちのケイは、つぶ貝の刺し身を美味しそうに頬張っているルーを感心して見ている。
「エイミーが調理した刺し身は、来歴がわかっているし安心して食べられるからね」
「私も魚卵は大好きだよ!」
「マイラは卵全般が好きだもんね」
「ユウさんの知り合いの魚屋さんが、産地直送の魚介類を届けてくれますから。
スーパーだけで購入していたら、こういう刺し身を出すのは難しいですよね」
「……あの不躾なのですが、余った料理を持ち帰ってはいけませんか?」
ここで恐縮した表情で、ノエルがエイミーにお願いをしている。
「刺し身以外は持ち帰りOKですけど、出来たてよりはかなり味が落ちてしまいますけど」
「いえ、ミーファに食べさせたいんです。
彼女は何度誘っても、寮には行きたくないって言い張るので」
「何で?確かにナナさんは此処では評判が良くないけど、彼女は全くの別人格でしょ?」
パピが米粉で揚げた好物のから揚げを頬張りながら、的確なツッコミを入れてくる。
一瞬の間をおいて、ノエルがパピの目をしっかりと見ながら返答する。
「……こんな事を言って良いのか分かりませんけど、怖いんでしょうね」
「怖いって?」
ケイは赤身のマグロに本ワサビを少量載せながら、首を傾げている。
ナナと殆ど面識が無い彼女は、保護欲を掻き立てられていたミーファに無関心を装う事が出来ないのであろう。
「ナナさんみたいに、コミューンの中で浮いた存在になるのを恐れているんだと思います」
「何かキッカケがあると、良いんでしょうけど。
ああ、そういえばフウさんが何か話があるって言ってましたね」
エイミーは巨大なタッパに、ノエルからのリクエストを受けて大皿から料理を取り分けている。
彼女はノエルが料理を無駄にしないのを理解しているので、取り分けて持ち帰るのは抵抗ないのであろう。
「ええっ、何か叱られる事をしちゃったかな?」
年上の司令官が苦手?なノエルは、箸を止めて困惑の表情を浮かべている。
「そういう事じゃなくて、最近の働きを評価した上で相談があるみたいですよ。
料理は出来たてですけど、2日以内に全部食べきって下さいね」
☆
翌日。
ノエルは学園に登校せずに、一人でTOKYOオフィスを訪れていた。
ちなみに昨日タッパに入れて持ち帰った料理は、一晩のうちにミーファが綺麗に平らげている。
「学園生活はどうかな?」
手づからドリップしたエスプレッソを、フウはノエルの前にコトリと置く。
もちろんポットに入ったブラウンシュガーも、ソーサーの横に添えられている。
普段は彼に対して飲み物をサーブする事は無いので、来客として歓迎しているという彼女なりのサインなのであろう。
「自分は問題ありませんが、ミーファは相変わらず引き篭もってますね」
ノエルはいびつな形の角砂糖を複数個カップに沈めると、軽くステアする。
イタリアにも長期滞在した経験がある彼は、エスプレッソの美味しい飲み方を一般常識として理解しているのである。
「そりゃ、『PhD』の知識まで持ってる天才だから、ハイスクールに通う意味は全く無いと思うが。
だが身体年齢があの程度だから、公的な教育機関に所属していないと様々な厄介事が起きるからね」
フウは自分のカップにも角砂糖を投入するとスプーンで撹拌しながら、ノエルの表情を窺っている。
ノエルは兵站を担っていただけあって、実年齢の割に感情を顔に出さずに交渉するのに慣れているのである。
「家に居ると、プレッツェルばかり食べているので。
さすがに栄養バランスは大丈夫なのか、心配なんですよね」
「うわっ、そういう偏食までナナと同じなのか。
それは矯正する必要があるかも」
「それで、何かお話があると聞きましたけど?」
「キャスパーの所から、君に正式に任官依頼が来ていてね。
まぁかなりの資産を持っている君としては、あまり日銭を稼ぐ必要性を感じていないかも知れないが」
「……必要性は兎も角やり甲斐というのも大事なので、ミーファも一緒なら考えさせていただきますけど」
「そう言うと思って、キャスパーとは交渉済みなんだ。
ギャラは交渉の余地があるが、それほど悪くない待遇になると思うよ」
ノエルは落ち着いた表情ながらも、彼女の将来を熟考しているようだ。
ミーファの受け継いだ強固な人格のお陰で彼女のアイデンティティが揺らぐ事は無いであろうが、無為な日々を過ごしていると悪い影響を受けてしまう事も考えられる。同じような境遇であるソラとは、微妙に立場が違うのは確実なのである。
「分かりました。もうちょっと詳しく話を聞かせて下さい」
顔を上げたノエルはいつもの落ち着いた表情で、どら焼きを頬張っているフウと視線を合わせたのであった。
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