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032.Serendipity

 引き続きMCC(管制室)


「朝食はラテだけだったから、失礼して食べさせて貰うわね」


 担当エンジニアが席から離れられないMCC(管制室)では、軽食やコーヒーを飲食している光景は頻繁に見掛けられる。よって大統領(アンジー)が普段見せない緩んだ表情でお握りを頬張っていても、それほど不自然では無いのである。

 尤も機密作戦という事もあってプレス関係者は不在なので、食事中の様子をマスコミに抜かれる心配も無いのであるが。


 メイン・スクリーンには母機のテイクオフがライブカメラで映されているが、このフェイズ(段階)は通常の旅客機のそれと何ら変わりないのでMCCには緊迫感は感じられない。

 問題は言うまでも無く、空中発射した後なのである。


「それはライスボールだろ?大統領(アンジー)は、東洋風のジャンクフードが好きなのかい?」


「へえっ、あなた本当の料理人が作ったお握り(ライスポール)を、食べた事が無いでしょう?」


「ええっ?、お握り(ライスポール)は炊いたライスを丸めるだけの簡単な料理(ジャンクフード)でしょ?」


「あなた、たまにはニホンやオワフのコンビニに立ち寄って、庶民の味を研究する必要があるわね」

 大きなバスケットからラップに包まれたお握りを一つ取り出すと、大統領(アンジー)は大富豪に手渡す。


 躊躇しながらもお握りにかぶり付いた彼は、一瞬の沈黙の後に予想外の反応を見せる。


「このライスほんのりと甘みがするんだな……中に入ってるサーモン?もすごい美味しい!

 塩加減も抜群!これってもしかして、有名なシェフが作ったのかい?」


「作ったのは寿司職人の修行もしてる知り合いの女の子だから、確かに腕前は保証付きでしょうね。

 でもこのお握りが美味しいのは、それだけじゃないのよ」


 スクリーンには切り離された機体の、ハイブリッドエンジンの点火シーンが流れている。

 母機から撮影された鮮明な映像は、まるで映画のような臨場感である。


「???」


「食べてくれる相手を想って作られた料理は、漠然と作られたそれと比べると味が全然違うのよ。

 ましてやこの料理は、シン君の妹が私のために作ってくれた物だからね。

 このお握りは私にとって、本当のラッキーアイテムなのよ」


 映像は変わって、地上の超望遠カメラからのものに切り替わっている。

 ハイブリッドエンジンから噴出している後流があっても、豆粒のようなサイズの機体を視認出来るのはあと数秒であろう。


「ラッキーアイテムのご利益が、しっかりとあったみたいだね」

 いつの間にか大画面の映像は、現在位置を指し示すシンプルな位置情報画面に変わっている。


「そうも言えないのよね。彼は確率の偏りが高い特殊なタイプだから」


「でも心配しているようには、見えないけど?」


「彼は普通なら、二桁の回数死んでいるわよ。

 彼は現実世界に存在する、本物の『DIEHARD(しぶとい奴)』だから」



                 ☆



 数時間後のハンガー。


「着陸誘導装置が故障してるのに、良く無事に戻って来れたね」


 フライトディレクターが、機外に出てきたシンを満面の笑顔で出迎えている。

 気密ヘルメットを取ったシンは、汗も殆どかかずに涼しい表情をしている。


「大気圏に突入した後なら、僕の専任アシスタントの手が借りられますからね」


「うちの主任パイロットも、さすが米帝政府から派遣されただけあると驚いていたよ」


「トラブル対処は慣れてますし、いざとなったら機体をパージ(放棄)して脱出するように言われてましたから」


「脱出って、どうやって?

 ファイタージェットと違って、ベイルアウトする為の装置はまだ完成していないのに?」


「それは極秘(Classfied)です。

 それじゃお疲れ様でした!」



                 ☆



 ミッション終了後に時間の余裕があったシンは、久しぶりにテキサスのジョーの自宅を訪れていた。


「シン君、いらっしゃい」


「グレニスさん、ご無沙汰してます。

 あぁエイシャも、随分と大きくなりましたね」


 数カ月ぶりに合ったにも関わらず、エイシャはいつの間にかシンの足にしがみついている。


「シ、シン!」


「あらまぁ、ダディ(父親)の名前は呼ばないのにシン君の名前は覚えているのね」


「ははは。これ頼まれてた調理器具です。

 お渡しするのが遅くなって、申し訳ありません」


 大きな紙袋をグレニスに手渡すと、足にしがみついているエイシャをシンは抱えあげる。

 胸にリラックスした姿勢で抱きかかえられている彼女は、シンの目をじっと見つめながら嬉しそうな表情で手をシンの顔に伸ばしている。


「なんかシン君も、忙しいみたいね。

 態々持参してくれて、とっても助かるわ」


「ちょっと近所に用があったので。

 ジョーさんは、ツアー中なんですって?」


 安心して抱かれているエイシャは、シンの胸元をギュッと掴むとアクビを繰り返す。


「本当は御目付役として同行したいのだけど、私も自分の仕事が忙しくて」


「ああ、最初からスーパーバイザーに専念する事にしたんですね」


「うん。アイさんがスポンサーとして援助してくれるし、信用できる人を雇って経営に専念した方が良いってアドバイスを貰ったのよ」


「何か新しいレシピは出来ましたか?」


「ああ、その事なんだけど。

 アイさんがシン君から、タイワン料理のレシピを教わってみなさいってアドバイスを貰ったのだけれど」


「もちろん喜んで披露しますけど、豚肉はありますか?」


「うん。カツの研究用で、いつも常備してるわ。

 何よりジョーが、トンカツが大好物だし」


「排骨飯はカツカレーとかぶりそうだから、そうなるとやっぱり魯肉飯(ルーローハン)かな。

 餡を作り置きできるから、飲食店のメニュー向きでしょうし」


「カレー用の香辛料は、各種用意してあるわよ」


「それじゃうちの寮で評判の味付けで、作ってみましょうか」


 シンは自分の胸の中で静かに寝息を立てているアイシャをベビーベットに移すと、使い慣れたキッチンへ向かったのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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