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031.Everything Must Go

 寮の大浴場。


 天然温泉(単純泉)をポンプで汲み上げて使用しているこの大浴場は、言うまでも無く何時でも混浴である。ちなみに管理人はシン以外の唯一の男性であるが、温泉が苦手らしくこの施設を利用する事は皆無である。

 女系であるメトセラのコミューンで育ったシンにとって混浴は当たり前の状況であり、当然寮生にとってもシンに遠慮するなどという配慮はあり得ないのである。


「シン、湯加減はどうですか?」

いつものエプロン姿のエイミーが、扉をそっと開けて顔を出す。


「あれっ、良く此処に居るのが分かったね?」

 湯船にしっかりと浸かっているシンは、入り口のエイミーに向けて声を響かせている。


「そりゃ、シリウスが居ないからすぐに此処だと分かりましたよ」


「バウッ!」

 足湯の浅い浴槽でリラックスしているシリウスが、自分の名前を呼ばれてしっかりと反応する。


「はいはい。邪魔せずに私は退散しますよ。

 シン、明日の朝食はどうしますか?」


「ああ。睡眠時間確保でトレーニングはしないから、朝食は要らないかな」


「はい、了解しました。

 あんまり湯船に長居すると、うちのメンバーが集ってくるので気をつけて」


 エイミーは笑顔でシンに注意を促すが、それは彼女の管轄では無い。

 もちろん現在の寮規にも、異性間交友や飲酒については当たり前のように何も書かれていないのであるが。


「ははは、了解」



 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎



「あれっ、シン一人だけなの?」

 脱衣所で服を来たままのエイミーとすれ違ったルーは、タオルで前を隠す事も無く堂々と大浴場に入って来ている。

 スプリンターのような筋肉を纏ったルーの身体は、成長期という事もあって日々サイズアップしている。体脂肪率はアスリートほど低くは無いので張りのある乳房は歩く度に小さく揺れていて、引き締まった腹筋と絶妙のバランスを見せている。

 慣れた様子で掛け湯をしている彼女は、シンと混浴をする気満々の様だ。


「ほらトーコ、もじもじしてないでこっちへおいでよ」


 ルーが入り口に声を掛けるが、タオルを巻いて固まっているトーコの背後からマイラがするするっと浴場に入ってくる。


「あれっ、マイラも来てたんだ」

 手早く掛け湯をすませたマイラは、湯船に入るといつの間にかシンの膝の上に収まっている。


「へっへ〜、シンの膝の上一番乗り!」


 トーコは大浴場の隅でこそこそと掛け湯をしているが、会話の内容はしっかりと聞こえているようである。


「あれっマイラ、暫く見ない間にずいぶんと育ったね」


「うん!ほら胸もだいぶ大きくなったんだよ。姉ちゃんみたいにナイスバディになるから、楽しみに待っててね!」

 胸を抱えてシンに見せている彼女は、シンに対して恥ずかしさは微塵も感じていないようである。


「ああ、フェルマ(お姉さん)は、スリムな見かけよりもスタイルが良いからね」


「……ねぇシン、何で彼女の服の中まで知ってるのかな?」

 ルーが相手の弱みを見つけたような悪い笑顔で、シンを詰問する。

 湯船の中で肩が触れそうな距離にいるのは、彼女のシンに対する普段の距離感なのであろう。


「ほら二人で中華連邦の調査に行った後、除染で一緒にシャワーを浴びた事があるからね」


「ほほぅ、なるほどね」


「あっ、シン大きくなってきたよ!

 すごいすごい、こんなに大きくてかた……」


 マイラの意表を付いた一言が、浴場の中に響き渡る。


「ぶふっ!」


「シン、トーコが掛け湯をしたまま鼻血を吹いて倒れちゃったよ!

 マイラの一言の刺激が強すぎたのかな」


「バウッ!」

 浴場で蹲っている彼女の側で、シリウスが心配そうに彼女をじっと見ている。


「マイラ、脱衣所から乾いたバスタオルを2枚持ってきてくれる?」

 全裸のまま湯船から駆け寄ったシンは、タオルを水道で冷やし仰向けにしたトーコの顔にそっと押し付ける。彼女が鼻血を吹いて倒れるのは何時もの事なので、処置も慣れているのであろう。


ラジャ(了解)!」


 学園寮の大浴場は、いつもながら賑やかなのであった。



                 ☆



 翌日のリビング。


「あれっ、トーコはまだ部屋から出てこないの?

 大丈夫かな」


 珍しく遅い時間に起きたシンが、ようやくリビングに現れる。

 トーコの分の朝食は、食卓カバーが掛けられて手付かずのままである。


「シンが裸のまま抱きかかえたりするから、更に鼻血を出してたからね。

 具合が悪いんじゃなくて、恥ずかしくてシンの前に出てこれないんじゃない?」


 ルーは食後のラテを口にしながら、リビングの大画面に流れている●NNを眺めていた。

 今日は午前中の授業が無いらしく、ソファに座ってリラックス状態である。


「そうは言っても、ケイさんとかも不在だったし上背があるのは僕だけだからね。

 あれっ、弁当の包が2つあるけど?」


「また大統領(アンジー)に取られちゃうといけませんから、大きい方は直接手渡しして下さいね」


「ありがとう。

 大統領(アンジー)はエイミーが態々用意してくれたと聞いたら、凄く喜ぶと思うよ」


「ねぇ、大統領って頻繁に視察できる位に、暇なのかな?」


「DCからは距離があるけど、遊説先から立ち寄ってるんだろうね」


「どのネットワークでも、全くニュースになってないけど。

 軍の機密フライトなんでしょ?」


「うん。

 宇宙軍とN●SAが関与してるから、報道は絶対にされないんじゃないかな」



                 ☆



 数時間後、ニューメキシコ某所。


「君は大気圏外飛行の経験は無い筈なのに、随分と落ち着いているね?」


 与圧服に着替えたシンは、MCC(管制室)でエクゼクティブとの最終ミーティングに立ち会っている。

 特に打ち合わせする事項は無いのであるが、非常事態については事前に機体をパージする了承を得ておく必要があるのだろう。


「サー。公式には経験ありませんけど、慣れてますから」


「???」


「まぁその辺りは、機密事項なので詳しくは説明できないわね。

 シン君、エイミーにお礼を言っておいて頂戴ね」


 ミーティング前に手渡された包を、大統領(アンジー)は大事そうに抱えている。

 今日の予定外の視察をするために、前日残務処理で無理をした彼女はかなり眠そうである。


「了解です。

 それじゃ行ってきます」


 ハンガーへ向けて歩いていくシンは、気負いが感じられない何時ものリラックスした表情を浮かべていたのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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