030.Thank You For Everything
テストフライト終了後。
米帝空軍やNASAに在籍経験があるフライトディレクターは、テストを終えて着替えたシンをハンガーで出迎えていた。テストを見届けた大統領達は、スケジュールの都合で既に此処には居ない。
「少尉、まさかこんなにスムーズにフライトが進行するとは思わなかったよ。
明日にも100kmまでの到達飛行が出来そうなんだけど、どうかな?」
「拘束時間が短くなるのは歓迎ですけど、機体の準備は間に合うんですか?」
「今日は高度を上げてないから、通常整備だけで対応できるからね。
それで、何か指摘できる問題点はあるかな?」
「垂直尾翼の形状に懸念があったんですけど、滑空の操縦性も良いので楽でしたね。
アビオニクスの誘導装置も、とっても見やすいですし」
「その辺は、長年のシャトルの経験が生かされているからね」
「今日はちょっとだけ例のエンジンを可動させましたけど、基本的な動作は問題ありませんでしたよ」
「まぁSS2には搭載されて無い特殊装備は、おいおいテストする事になるんだけどね」
「でもこの動力があるのに、空中発射する必要性があるんですか?」
シンがバステトの母星で操縦した機体は、宇宙機とは全く異なる自家用車のようなコンセプトだ。
だが地元のエンジニアによれば、余裕で超高高度まで上昇する性能を持っていると聞いていたのである。
「残念ながら現在のバッテリー・テクノロジーでは、重力離脱用の主動力としては使えないんだ。
重量とのトレードオフで、そんなに大量のバッテリーを積めないからね。
ただし衛星軌道上だと姿勢制御が容易になるのが大きなメリットだし、大気圏内でも非常事態にはしっかりと役に立つと思うよ」
「ははぁ、それが主用途なんですね。
宇宙軍の主要業務が衛星やデブリ処理なら、機首に積んでいるレーザー砲が自由自在に使えますし」
「そう。民間宇宙旅行の機体としても、安全面で大きなメリットがあるからね。
それでギブアンドテイクで、協力しているって訳なんだ」
「そういえば、レイさんも昔こういう空中発射のXナンバーを操縦してたって言ってましたね」
「もしかして君は、准将と知り合いなのかい?
容姿も似ているから、お孫さんとか?」
「ははは。
まぁ親戚ではありますけど、直系では無いですね。
明日は何時スタートになりますか?」
「天候の関係で、早朝かな。
まぁ雨天でも空中発射は制約を受けないけど、気分の問題かな」
☆
学園寮のリビング。
「あれっ、シン戻って来てたんだ。
確か今日はニューメキシコだったよね?」
珍しく早い時間に帰宅したパピが、リビングに居るシンに声を掛ける。
「うん。土地勘が無い場所のホテルに、泊まるのも面倒だからね。
それにパピほど、メキシコ料理が好きじゃないし」
リビングのテーブルに腰掛けたシンは、まだ薄っすらと湯気が立ち上っているお握りを頬張っている。
ほろりとほぐれる白米は握りたてのようで、実に美味しそうである。
「ええっシン、メキシコ料理って超美味しいじゃん?
ねえっ、ケイ?」
「ううん……私はそれほど得意じゃないかな」
「……それで、なんでこんな中途半端な時間にお握りを食べてるの?」
「持参していったお握りを、大統領に取られちゃってね。
あの人エイミーが握ってくれたお握りが、特に好きみたいなんだよね」
「それなら、近場のファーストフードにでも寄り道すれば良かったんじゃない?」
「ははは。
その通りなんだけど、折角ならエイミーが作ってくれたものを食べたいからさ」
「大統領は、私が作った料理を特別だと思い込んでいるみたいで。
まぁ色々とアドバイスしているので、その影響もあるのかと思いますけど」
ここでリビングにエプロン姿で現れたエイミーが、一同の会話に参加する。
「たぶん食べた後に良い事があったから、『縁起物』みたいに思ってるんじゃないかな。
ニホン人としては、納得できる考え方だけどね」
ここでケイは『縁起物』等と難しい言葉を口にするが、此処のメンバーはニホン語に堪能なのでしっかりと理解しているようである。
「ああ。つまりエイミーの作る料理が、大統領には『ラッキーフード』になってるんだね」
「人を『招き猫』みたいに言わないで欲しいです!」
メンバーのディープな会話は、こうして暫く続いたのであった。
☆
「シン、厨房に立たずにゆっくりしてれば良いのに」
「ははは、性分かな。
護衛艦に分遣した時も、隊員食堂の厨房にお邪魔してたしね」
「その片栗粉みたいなのは、何ですか?」
「これはタピオカ粉で、通販で売ってるのに気がついたんで仕入れてみたんだ。
これで排骨の衣を作ると、ザクザクして美味しいって記憶があるんだ」
「ああ、排骨飯ですね。
カツ丼に似てますけど、あのタレが独自なんですよね」
「そうだエイミー、排骨飯って何度か一緒に食べたよね?」
「ええ。寮では作った事はありませんけど」
「カツ丼は割り下の味次第だけど、排骨飯もタレの味が重要なんだ。
いきなりで悪いけど、八角を入れないタレを作ってくれないかな?」
「ええっ?シンを差し置いて私がですか?」
「八角を入れた普通のタレなら簡単に作れるんだけど、癖が強すぎて寮生の口には合わないかも知れないでしょ?
魯肉飯もカレー粉を使って成功したから、ちょっとカツ丼寄りの味付けが良いかも知れないじゃない?」
「そうですね。手近な調味料で、甘辛い味付けを作ってみましょうか」
この日エイミーが即席で考えた排骨飯の味付けは大好評で、排骨飯がいきなり寮の定番料理になったのも頷ける話なのであった。
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