028.Safe Haven
テキサス州某所。
「最近はケイさんに可愛がられてるんだって?」
ジャンプで到着した郊外の道を、シンはルーを伴って歩いていた。
時間が空いたタイミングで此処を訪れたのは、ルーの強い希望によるものである。
「さぁどうだろう?
良く模擬戦のアルバイトや、DDの捜索参加を頼まれるけど」
「ほら、ベックがトーキョーに帰って来ないから、ルーを頼りにしてるんでしょ?」
「というより、シンがフラフラしてるから私にお鉢が回ってくるんじゃない?」
「あっ、その発言は心外だな。
ちゃんと義勇軍からの業務命令で動いていて、何度も死にそうになってるのに」
「シンが危機一髪になるなんて、どんな状況でも想像も出来ないけどね」
「……それで今日の行き先は、此処で良かったの?
うちのメンバーは欧州に行きたいメンバーが、多いのに」
「欧州は殆どの国に行った事があるから、実は米帝の方が興味があるんだよね」
「ほら、最初の目的地に到着したよ」
既に常連と言って良いシンは、両開きのドアを躊躇無く押して入っていく。
観光客が全く来ないこのダイナーは、常連客のみの落ち着いた雰囲気に包まれている。
「あら、シン君ひさしぶりね。
そちらは新しい彼女さん?」
「彼女……ええ、そうです。
新しくは無いですけど」
「シン、古女房みたいな言い方は失礼じゃないか?
すいません。食事メニューの上から下まで全部下さい」
ボックス席に腰掛けたルーは、禄にメニューに目を通さずに注文を入れる。
「シン君のお連れさんって、みんな同じ注文するのね」
「彼女も大食いなんで、パーティーメニューやデザート以外は全部出して貰って大丈夫ですよ」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
小一時間後。
いつものようにホールケーキを大量にテイクアウトしたシンは、人目や監視カメラが無い市街地に向けて歩いていく。手ぶらなのはもちろん、亜空間収納を有効に使っているからであろう。
「シンも、普段よりは沢山食べたじゃない?」
「うん。やっぱりアイさんの作ったレシピは、別格だからね。
本格的な北米料理っていうのも、ニホンでは食べる機会が無いし」
「あんなにファミレスが一杯あるのに?」
「●ニーズも、ニホンだけはメニューが違うじゃない?
まぁ米帝の店舗みたいに、何でもベーコンが入ってるのは勘弁して欲しいけどね」
「あれっ、メキシコ料理のファストフードがあるじゃない?
久しぶりにボウルメニューが食べたいかも」
ロードサイドにある地味な店構えの店舗は、さきほど訪れたアイの店のようには洗練されていない。
誰もが知っているチェーン店であり、メニューにはオーソドックスなメキシコ料理のみが並んでいる。
「えっ、ルーってメキシコ料理が好きなんだ。
まだ待ち合わせの時間には余裕があるけど、ニホンでもタコベルとか行ってたっけ?」
「あそこは何か都会ぽくて、好きじゃないんだよね。
ボリュームの割に、コスパが悪いし」
「そういえば此処とそっくりの店が、トーキョーにも出来たの知ってる?」
「ああ知ってるけど、ボウルが無いんでしょ?
それに味がいまいちだって、パピさんが言ってたよ」
「そういえば、彼女はメキシコ料理が大好きだったよね。
まだ(胃袋に)入るかなぁ……」
カウンターでシンは、シンプルなブリトーを注文している。
当然のようにボウルを選んだルーは、パクチー無しの白飯ビーフと、香辛料が少なめのトッピングを山のように盛り付けて貰っている。
「つい昔の癖で、テラ盛りになっちゃうんだよね」
「ルーって、味付けの香辛料に強かったよね?」
ライスにもパクチーやライムを入れず、味付けはレッドチリサルサのみでかなりシンプルな注文である。もっともライスを含めたワカモレやチーズは、店員さんが驚くほどの山盛りになっているのであるが。
「複数の調味料は、トーキョーで生活するようになってから避けるようになったんだ。
前よりは白米の味がわかるようになったし、レッチリソースだけで十分だよ」
「アイさんの店のブリトーは、テキサス風だからかなり味が違うよね」
「どっちも好きだけど、やっぱり本場のメキシコ風が好きだな」
ボウルをレタス一切れも残さず完食したルーを、シンはブリトーを殆ど口にせずに眺めていた。
「シン、それ食べないなら頂戴!」
返答を待たずに食べさしに手を伸ばすルーを、シンはいつもの笑みを浮かべて頷いていたのであった。
☆
場所は変わって、ホワイトハウスの公邸。
「無理矢理面会を入れてしまって、すいません」
「そりゃ、シン君達が会いたいって言ってくれるなら、戦争でも起きない限り優先するわよ。
ルーちゃんにも、何度も助けて貰ってるからね」
「はぁ、恐縮です」
「それに近々、シン君に依頼したい案件もあるから」
「近々という事は、軍事作戦じゃないんですよね?」
「軍事作戦なのだけど、この間の海防と似たような内容かな。
極秘の予備調査なんだけど、シン君以外に適任者は居ないから」
「???」
「宇宙軍絡みで、テストパイロットをお願いしたいプロジェクトなのよ」
「侵略は起こり得ませんから、インターセプト用途の機体じゃ有りませんよね?」
「もしその用途が必要なら、月面基地の建設が急務になるけどそうじゃないわ。
大気圏から衛星軌道まで、いつでも往復できる機体をテスト中なのよね」
「それって、シャトルの経験で既に技術は確立されてますよね?」
「既存の技術じゃなくて、民間の宇宙旅行プロジェクトに便乗した計画なのよ」
「ははぁ、コストの関係でランチャー用の機体を利用した空中発射なんですね」
「さすがにパイロットだけあって察しが早いわね。
シャトルみたいな計画は今のN●SAの緊縮予算ではあり得ないから、ローコストでいつでも使えるという点がキモなのよ」
「そういう使途ならば、フウさんの了解も得られると思います。
でも真っ先に僕に話が来たのは、緊急事態が起きた時に有利だからですか?」
「それもあるのだけれど、別の意味で貴方に指名が入ったのよね」
「はぁ???」
「その辺りの顛末はフウに伝えておくから、後で聞いてくれるかな」
「了解です。
スケジュールが確定したら、知らせて下さいね」
「そうだ!シン君のところは、キャビアを食べるのかしら?」
「うちだと、マイラが魚卵好きなんで大喜びすると思いますけど」
「じゃぁお土産に持って帰ってくれる?
私が食べようとすると、周囲が煩いのよね」
「えっ、プリン体とか塩分を気にしてるようには見えませんけど?」
「私もメトセラの血を引いてるから、そういう食事に関する心配は不必要なのだけれど。
今の主治医は、その辺りの事情を知らないみたいだからね」
「うわぁ、ご愁傷様です」
「まぁホワイトハウスを離れたら、シン君の所でグルメ三昧させて貰うつもりだけど」
「ええ。二期目を無事に終えたら、ご要望通りにさせていただきますよ。
でも『回想録』を執筆するのが、何より先なんじゃないですか?」
「嫌よ、私は絶対に書かないって決めてるんだから!
退任した後の人生の方が長いのに、隠居するつもりは全くないわよ」
まだ20代後半にしか見えない大統領は、毅然とした表情で宣言したのであった。
お読みいただきありがとうございます。