027.East To West
パリ市内の裏通り。
「久しぶりのシンとのお出掛け、るんるんだよ!」
手をつないだ二人は、周りから見ると微笑ましい仲良し兄妹にしか見えない。
シンは実年齢よりも老けて見えるのは確かだが、さすがにマイラが実子だというの無理があるだろう。
『るんるん』と自分で言いながらも、マイラは裏通りの剣呑な雰囲気にしっかりと気がついていた。
普段居住しているトーキョーは治安が良い都市だが、イケブクロであってもそれほど安全とは言えない場所が存在するのである。
「そうだっけ?
でもパリにも、来たことが無かったんだ」
シンは警戒しているようには見えないが、広い視野を使って絶えず周囲に目配りをしている。
厄介事の予感に敏感なのは、確率の偏りが大きいシンの身についてしまった習性なのかも知れない。
「私は他のメンバーみたいに、人生経験がないし。
ニホン以外は、ハワイベースに行った位だよ」
「でもフランス語は、もうマスターしているよね?」
「うん。でも日本語ほどは難しくなかったよ」
「せっかく来たんだから、ルーブルとかオルセーに行かなくて良いのかな?」
シンはノーナやエイミーのお供で美術館巡りを繰り返していたので、欧州の美術館には相当詳しくなっているのである。
「美術品を見るのは好きだけど、それよりもまず街の雰囲気を楽しみたいかな」
「雰囲気かぁ……せめて犬の糞がなんとかならないかなぁ
罰金がある割には、未だに自分で始末しない人が多いんだよね」
ここで小走りに二人に近づいてきたサングラス姿の男性が、マイラの横でコントの様にばたりと倒れる。
打ちどころが悪かったのかすぐには起き上がれないようだが、その手から取り落としたナイフが近くの排水口へ転がっている。
「犬フンって、滑るんだね」
マイラは、倒れた男性を無視してお約束のセリフをポツリと呟く。
「そうそう。マイラも足元に気をつけてね」
「トーキョーだと、飼い主さんがみんな小さなバックを持って散歩してるじゃない?
この間まで、犬ってシリウスみたいに自分でトイレを使うのが普通だと思ってたんだ」
「シリウスは普通の犬じゃないからね。
『K−9』は人と一緒に活動するように作られているから、基本的に自分の世話は自分で出来るんだよ」
今度はシンに近づいて来た薄汚れたジーンズ姿の男性が、またも犬フンで足を滑らせたのか?大きくひっくり返っている。転んだ拍子に自分自身にダメージを受けてしまったのか口から泡を吹いているが、二人はまるで何も見なかったように静かに通り過ぎて行く。
「……此処の裏通りは、ホントに治安が悪いんだね。
あっシン、ノエルが言ってた店はここみたい!」
白木の看板に黒い切り出し文字が印象的なその店は、パリの店舗らしい間口が狭くこじんまりしているような外見である。時間帯が良かったのか、店内の奥の席も殆どが空いている。
流暢なフランス語でバーガーを複数種類注文するシンに、店員さんは何故か困った表情をしている。
喋り方や服装から観光客には見えないシンが、まるでボリュームを無視したような注文をしているので違和感があるのだろう。
「お兄さん、そんなに注文して食べ切れるのかい?
ざっと5人前以上のボリュームがあるよ?」
「僕は少食だけど、妹は凄く食べるから大丈夫。
牛肉のバーガーは、全部ミディアムで焼いて下さい」
店員さんはシンの一言をジョークだと思って、首をすくめて調理を始めている。
ちなみにバーガーのパティは冷凍では無く、全て常温保存されたフレッシュ・ミートの様だ。
手際良く配膳された2枚のトレーは、ラッピングされたハンバーガーとフレンチフライでびっしりと溢れている。トレーを持ってきた店員さんは、シンにコレをどうするんだい?みたいな表情を浮かべている。
「へえっ、フレッシュな牛肉だけあって、肉汁が溢れてくるね」
「シン、このチーズすごく溶けてる!」
「ああ、ラクレットみたいだね。バンズも、うちの近所のブーランジェリーに負けない位美味しいなぁ」
「このチキンも、凄く美味しい!
この店なら、もっと大勢で来て味わいたいよね」
ノエルはゆっくりと見えるが、確実にラッピングされたバーガーを平らげていく。
パウチパックに入ったフレッシュジュースが珍しいが、ストローやプラスティックの蓋を使っていないのでエコ意識が高いと言えなくも無い。
「まぁ一度に運べるのは一人だけだから、食べれたメンバーはラッキーかな」
「お土産でもって帰ったら、マリーねえ喜ぶよね!」
「そうだね。大量に持って帰ろうか」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
「やっぱり持ち帰り用の袋が必要かい?」
「いや、作って貰った分は妹が全部美味しく頂いたよ。
追加で持ち帰り分が多めに欲しいんだけど、注文して良いかな?」
「げげっ、ニホンにはフードファイターって人達が居るらしいけど、もしかして妹さんがそうなのかい?」
シンがニホンから来たという何気ない一言を、レジの店員さんは覚えていたようである。
「ううん、私は普通のリセの学生だよ。
すごく美味しかったから、留守番してる人達にも食べさせたいんだ!」
レジカウンター前の会話が聞こえたのか、マイラも流暢なフランス語で会話に参加している。
シンが保有している亜空間収納は収納した時点で時間が凍結されるので、出来立ての料理をテイクアウトするには最適の機能なのである。
「お姉さんには、買って帰らなくて良かったの?
まだトーキョーに居るんでしょ?」
お店を出ると大量の紙袋を手品のように一瞬で収納し、手ぶらになったシンはマイラに尋ねる。
「姉ちゃんは私よりグルメだから、自分で食べに来てるかも。
あっシン、ケバブ屋さんがあるよ!」
「マイラはルーみたいに、一杯食べれるようになったんだね。
背も高くなってるし、姉さんに追いつくのも時間の問題かな」
「うん!姉ちゃんみたいにナイスバディになるから、期待して待っててね!」
「ははは。ケバブはニホンのとはちょっと違うから、味見だけしてみる?」
「うん。サムライソースっていうのを、食べてみたいな!」
「ああ、そうだね。
これもマリーに買って帰らないと、あとで文句言われそうだね」
二人のパリでの食べ歩き(と買い出し)は、こうして延々と続いていくのであった。
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