026.Build My Life
寮の夕食。
「すごいなぁ、バインミーまであるんですね」
シンの一言で食卓を囲む事になったノエルは、テーブルに並んだ皿の数々を驚いた表情で眺めている。
「余ったフランスパンをユウさんから貰ったからね。
寮のメンバーは、このベトナム風のなますを入れたサンドイッチが大好きなんだよ」
「ちらし寿司の仕込みで余った魚介とか、手作りベーコンの切れ端とかも有効に使えますからね」
配膳をしているエイミーも、ノエルにさりげなく声を掛ける。
「今やTokyoオフィスよりも、学園寮の方が人数が多いから。
とにかく食材を無駄にするような事が起こると、フウさんに叱られちゃうからね」
「マリー姐さんが居るから帳尻が合うんですね」
「そうそう。ただマリーが予想外に外食してたりすると、浮いた食材が出てきちゃうんだよね。
ただ彼女の場合は食べるのも仕事の一つだから、気の向かない食事を強制するのは出来ないんだよ」
ハワイでの作戦でコンビを組む事が多いシンは、彼女の能力だけでは無く食の嗜好も的確に把握しているのである。
「???」
反対にノエルはマリーのアノマリアについて何も知らないので、ここでバインミーを齧りながら首を傾げている。
「確かに作りすぎの日もあるけど、出来たてばかりだから冷蔵保存しておいて飲み会のつまみにしたり、弁当箱に詰めてカーメリに持っていくとすごく喜ばれるんだよね」
「でも毎日これじゃ、調理も大変でしょう?」
「いや、最近はエイミーが切り盛りしてるから、僕はお手伝い程度じゃないかな。
それにマイラも、メキメキ腕を上げてるしね」
「ユウさんやアイさんにも、すこしづつニホン料理を習ってるんだ!」
配膳用のワゴンを押しながら、マイラもノエルに声を掛ける。
上背が伸びてきた彼女は、徐々に幼女から少女らしい体型になっているように見える。
「マイラは本当に、何でも出来るんだね」
「でもエイミーには、何をやっても全然敵わないんだ」
ノエルのさりげない褒め言葉に反応した一言は、彼女の生来の完璧主義を反映しているようだ。
「私が此処に来たのは、マイラよりもかなり前ですからね。
ここ最近マイラは背丈も急激に伸びてるし、私とあまり変わらなくなってますよね」
「このチャーハンも、なんだか懐かしい味がしますね」
「ああ、これはシンが味付けした分でちょっとベトナム風なんだよね」
同じチャーハンを大盛りに盛り付けながら、ルーがノエルに声を掛ける。
彼女もフランス滞在が長かったらしく、食べ物の好みもノエルに近いのであろう。
「うちの子達は、みんな魚醤の味に抵抗が無いからね。
懐かしいって事は、もしかしてルーと同じ店で食べてたんじゃない?」
「そうかも知れません。
初対面の時にも、なんかルーさんは見覚えあるような気がしましたし」
「そりゃマリーとルーはまるで姉妹みたいに似ていますから、そういう感想は当たり前でしょう。
周りの人にはノエルを含めて、三姉妹に見られたんじゃない?」
最近は食事量が増えたトーコは、やはりバイミーをモリモリと齧っている。
「トーコさん、繰り返しますが僕は男です」
「ああ、知ってるのに間違えちゃう。
君が可愛すぎるのが、問題なのよね」
☆
『何でも出来る?……いや、とんでもない!
何でも一生懸命やってみる、ただそれだけなんだ!』
私は内なる叫びを上げるが、それを寮のメンバーの前で口に出す事は絶対に無い。
寒さに弱い私は、実は早起きするのは苦手だ。
部屋毎に温度設定がある学園寮の空調は、早朝に設定温度高めで起動する。
真っ暗な部屋の中で、私はまどろみながらストレッチを繰り返しゆっくりと覚醒する。
毎朝のトレッドミルとマシンによる筋トレは、既に日課になっている。
エイミーは私よりランに時間を掛けるが、筋トレは私の方が丹念に行っている。
適度な負荷は成長を促すので、最近は成長が著しくエイミーと身長も変わらなくなってきた。
洗米機を使って炊飯ジャーにセットするという力仕事も、最近では全く苦にならなくなってきた。
身長が伸びて筋力が増して来た成果ではあるが、作業に熟練して来たのも大きい。
私の好物であるだし巻き卵を焼いているエイミーに、味噌汁の味をチェックして貰う。
味見皿をふくんだエイミーはしっかりと頷き、厨房の中では阿吽の呼吸で作業が進んで行く。
エイミーの事は尊敬はしているが、私は彼女とはベタベタと仲良くする事は無い。だって彼女は私にとって、目指すべき尤も身近なライバル?なのだから。
殆どのメンバーは朝が弱いので、シンが居ない間の朝食はいつもエイミーと二人きりである。
CNNのライブニュースが流れる食卓は、いつも通り会話が殆ど無い静寂が流れている。
シリウスは配膳される朝食をじっと待っていたが、実は彼女の朝食メニューは私達とほぼ同じものである。
大皿に盛られた朝食を私が配膳するが、『待て』などという躾は必要無い。
彼女はヒューマノイドと同じ味覚と消化機能を持っている上に知能が高いので、気に入らないメニューが続くと直接私達にクレームが入るのである。
「シリウス、今日の朝食はどうだった?」
「バウッバウッ」
「そう。ベーコンはもうちょっと強めに焼いた方が好みなのね」
「バウッ」
最初は単なる吠え声にしか聞こえなかったのに、数カ月後には意味がわかるようになったのは実に不思議である。高速伝達という特殊な言語らしいが、エイミーはシリウスとの初対面から理解できていた様である。
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この惑星には、私と姉の同胞は居ない。
いやこの宇宙全体でも、生き残ったチタウリは数百名と言った所だろう。
そういった意味ではシリウスと私達は同じ境遇と言えるのだが、彼女とシンの絆は深く強固なので実に羨ましい!
でも同じヒューマノイドとしての友人は、数えきれない位沢山居る。
この寮のメンバーは家族と同様に私をかまってくれるし、特に司令官クラスの姉さん達はまるで私を自分の娘のように気にかけてくれている。特にユウさんの母君であるアイさんは、シンが不在の時にも定期的に私の様子を見に来てくれる。
「張り切り過ぎちゃ駄目よ。いつでも楽しむ事を忘れないで」
膝の上で抱きしめられながら、語りかけてくれる彼女はいつでも優しい。
キャスパーやエイミーですら頭が上がらない彼女は、私にとっては母性そのものである。
彼女は私の境遇を理解し、無為の愛情を注いでくれる。
姉と私が感じるシンに対する執着は、多分寮の他のメンバーとは大きく違うと思う。
私達がシンを男性として好ましく思っているのは確かであるが、それに加えて私達が伴侶として選べる選択肢はメトセラの男性しか居ないのである。
チタウリはメトセラと同じで生まれたままの状態でもかなりの長寿命であり、この惑星では他の種族を選ぶのは難しい。しかもメトセラの男性とは遺伝子調整せずに、子供を作る事が出来るのである。
私と姉が感じる『良い匂い』というのは、嗅覚だけを指すものでは無い。
自分と子作りができる完璧な遺伝子を嗅ぎ分ける能力が、チタウリには生まれつき備わっているのである。自分の伴侶として相応しい男性の匂いはとてつもなく蠱惑的であり、私がシンに抱きついて離れないのはこれが一番大きな理由である。
たとえシンとは伴侶になれなくても、アイさんが居る限り私達が排除されることは無いだろう。
そんな打算を考えるのは悲しいが、此処を居場所と定めた私達姉妹には他に選択肢は無いのである。
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