025.Is He Worthy?
Tokyoオフィス。
フウに分遣報告を早々に終えたシンは、リビングでユウを交えて談笑していた。
この三人はまるで肉親のような深い絆で結ばれているので、ざっくばらんな会話になるのは何時もの事である。
「空母の分遣が、えらく気に入ったみたいだな」
上官であると同時にシンの育ての親でもあるフウは、彼の成長を身近で見守って来た一人でもある。
「ええ。暫く赤褐色の海を眺めてたんで、青い海と潮の香りが心地よかったんですよね」
「思ったよりも、単純な理由だな」
「僕は単純な性格ですから、あの海の色のイメージを上書きしたかったんだと思います」
「この惑星でも、赤潮は世界中で見られるだろう?」
「超高高度で俯瞰しましたけど、青い部分が全く無いのに衝撃を受けたんですよね。
あれほど高度に技術が発展しているのに、数百年掛けても生態系の一部を復元出来ないというのは悲し過ぎますよ」
「そういえばキャスパーも海の色の話題には、触れて欲しくないみたいですね。
バステトが泳ぎを嫌っているのは、遺伝子レヴェルの話みたいだし」
キャスパーとの付き合いが長いユウは、彼女の心情をしっかりと理解しているようである。
「設備が新しい護衛艦の生活も快適でしたし、何と言っても繰り返しの離着艦が面白かったですね。
出来ればアレスティングを使った、通常着艦もやりたかったですけど」
シンは快適だった『一因』として隊員食堂の厨房を手伝った事実は伏せていたが、たとえ二人に報告したとしても何時もの事なので流されてしまうだけであろう。
「義勇軍のA−4は海軍仕様だから、着艦の訓練は出来るけどね」
「ユウさんも、通常空母への着艦経験は無いんですか?」
「私の父親の時代には、当時の空防の機体で着艦したなんて武勇伝があるみたいだけど。
それでやっと地に足が着いた生活に、復帰できるという訳だね」
「ええ。海防からのリクエストは、暫く来ないと思いますから。
それにしてもユウさんは、顔が広いんですね」
「ああ、術科学校で臨時講師をやった事があるから、炊事関係の知り合いは多いかも知れないね。
あの強面のチーフには、補給関係でちょっとお世話した事があったんだ。
ところでシン君が留守の間には、音楽関係の知り合いからリクエストが多数来てたみたいだけど」
「期待を持たせると悪いので、レコード会社関連には返答してないんですよ。
まさか軍事訓練に参加中なんて、説明出来ませんしね」
「レイさんも相変わらず不在だから、私のところへ連絡が回って来てるんだよね。
米帝で発売したアルバムも、売れ続けてるみたいじゃない?」
「大統領が、さりげなく宣伝してくれたお陰じゃないでしょうか。
記念で出したつもりのCDが、プロモも禄にせずに売れてるっていうのも不思議な感覚ですけどね」
「それで君が不在の間に、例のノエル君が学園に通いだしてるから。
見掛けたらフォローしてくれると嬉しいんだけど」
「僕の方が学園に居る時間は、ユウさんよりもちょっとだけ長いですもんね。
了解しました。嫌われないように、ほどほどにお世話させて貰います」
☆
翌日、学園寮の防音室。
「今日はシン君もセッションに参加してくれるって」
スケジュールの都合で急遽寮のスタジオ?を利用する事になった二人は、シンの到着を待っていた。この部屋詰め込まれている機材はシンがセッション仲間から格安で調達したもので、古びてはいるがプロ仕様の高価な楽器ばかりである。
「帰国されたんですか?」
「うん。もうそろそろ来る頃だと思うけど」
防音扉が鈍い音を立てて開くと、黒いサンバーストのアコギを持ったシンが入室してくる。
「……お邪魔します。
それじゃ早速演ろうか」
「雑談も無しにいきなりって、シンらしいよね」
「ここ最近は、人間相手じゃなくてモフモフ相手にしか演奏してなかったからね」
「そのモフモフって何?」
説明を省いたので、タルサは『怪しげな宇宙生物』を想像したのかも知れない。
「ははは、後でムービーを見せてあげるよ。
それじゃ!」
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セッションを終えて学園寮のリビングに引き返して来た3人は、飲み物を片手に寛いでいた。
リビングの大画面には養畜施設でシンがモフモフ達と触れ合っているシーンが流れているので、偶然居合わせた寮生達の視線も釘付けになっている。
「へえっ、この子達はアルパカに似てるけど、胃液を吐きかけたりしないんだ。
性格も大人しいし、愛らしいね」
ルーはアルパカの実物と触れ合った?事があるらしく、実に現実的な発言をしている。
マイラも初めて見るモフモフ達を、興味深そうに眺めている。
近郊の動物園には何度も足を運んでいるが、観察力が高い彼女は施設の雰囲気が微妙に違うのを理解しているのだろう。
「モフモフを手懐けている姿は、まるでハーメルンですね」
シンのストリートミュージシャンとしての経歴を知らないタルサは、偶然にも懐かしい二つ名を口にしていた。
「ははは、その渾名は久しぶりに聞いたかも。
ところでノエル君、地下の機材は扱い難く無かったかな?」
学園寮の地階にあるパニックルームは、現在では余剰楽器を設置した練習スタジオとして使われている。
ノエルも度々利用していると聞いていたシンが、感想を聞いて見たかったのであろう。
「あそこに置いてあった『ローズ』って、古いレコードのエレピサウンドそのモノでとっても気に入りました。機会が合ったら、個人用としてもぜひ手に入れたいですね」
「へえっ、ノエル君は70年代のロックサウンドに本当に詳しいんだね。
あのキーボードはセッション仲間から譲って貰ったんだけど、レイさんにお願いすればデッドストックが手に入るかもよ」
「???」
「アラスカベースに、レイさんが溜め込んだデッドストックの楽器倉庫があってね。
初期の『ローズ』の箱も沢山あったような気がするんだ」
「シンさんのギターも、高そうなヴィンテージですよね?」
「うん。これもレイさんに譲って貰ったんだ」
「それは羨ましいですね。
あっこんな時間かぁ……それじゃ、そろそろお暇しますね」
「ノエル君、折角だから夕ご飯を食べてから帰りなよ?」
「えっ、良いんですか?」
「此処の食事はいつでも大人数だから、一人二人は増えても誤差の範囲内だよ」
「やた!今日は私も厨房を手伝うから、しっかりと食べて行ってね!」
大画面の珍しい光景に釘付けだったマイラは、すでに仲良しになっているノエルに嬉しそうに声を掛けたのであった。
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