023.Don't Get Comfortable
翌朝。
ハワイ沖の指定された座標に、シンはフェリーした最新鋭機で向かっていた。
ぶっつけ本番の海防護衛艦への着艦であるが、過去にカーメリで軽空母にテスト着艦を何度も繰り返しているシンは全く緊張していない。
今回の着艦で行う短距離滑走着艦はリフトファンを併用して低速でアプローチするのであるが、海防の最新護衛艦は全長が十分にあるのでアレスティング装備は不必要なのである。
(燃料補給をするにしても、垂直着陸すると燃料の消費量が多くなるからね。
それにリフトファンの甲板へのダメージを確認するのも、今回の課題だし)
アレスティングフックを使用した通常着艦は未経験ではあるが、まるでレシプロ機のような低速で飛行甲板を捉えたシンはアイランドの真横に鮮やかな手並みで機体を停止させたのであった。
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「急遽テストに参加して貰って、海防としてもとても感謝しています。
この艦に着艦した初めての戦闘機が、プロメテウス所属の機体であるのをとても光栄に思います」
着任の挨拶に訪れた艦長室で、シンは通訳として同席していた飛行長を交えて談笑している。
彼は米帝海軍へ出向し艦載機の運用を学んだ経験があるので、米帝語が堪能なのである。
「サー、ニホン政府にはいつも便宜を図って貰っていますので、我が国としても喜んで協力させて頂きます。テスト内容については特に制限はありませんので、どんどん指示を出して下さい」
「少尉の着艦をアイランドから拝見したが、見事だったね。
君は若々しい見掛けによらず、軍歴は長いのかな」
艦長も流暢な英語で、シンに尋ねる。
髪は白髪混じりの短髪だが、海防の将官らしく体躯はしっかりと引き締まっている。
胸元にはウイングマークが付いているので、艦長の経歴としては珍しくパイロット出身なのであろう。
「サー、宜しければニホン語で会話して頂けますか?」
「ほう、随分とニホン語が堪能なんだね」
「サー、普段はトーキョーで生活していますので、日常会話はすべてニホン語ですので」
「もしかして少尉は、プロメテウス大使館の駐在武官なのかな?」
「サー、立場上そうなっていますが、本業はハイスクールの学生です」
「あの操縦の腕前で、ハイスクールの学生?
プロメテウスの兵隊は優秀だと聞いていたが、想像以上だな」
「サー、お褒めの言葉を頂戴して嬉しく思います。
ですが同級生には中尉を拝命している者もおりますので、自分などまだまだかと思います」
「義勇軍には空防出身のパイロットも居ると聞いていたが、なぜ君が分遣されたのかな?」
「サー、自分はカーメリであの機体のテストパイロットを努めた経験がありますので、離発艦の経験がより多いという事だと思います」
「道理で見事な着艦な訳だ。
噂には聞いていたが、プロメテウス義勇軍というのは君みたいなエースパイロットが大勢居るのかな?」
「サー、自分は下っ端の尉官ですので、褒め殺しはご勘弁願います。
それに航空機での撃墜経験はありませんので、そのエースという称号は当てはまらないと思われます」
「君は米帝のパイロットとは、メンタリティが全然違って謙虚だな。
短い滞在期間だが、艦内ではリラックスしてテストに望んで欲しい」
「サー、ご高配感謝致します」
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場所は変わって艦内の隊員食堂。
艦内を案内して貰っている最中に、漂ってくる出汁の香りに誘われてシンは厨房の入り口に立っていた。
艦長のお墨付きを盾にしている訳では無いが、護衛艦で出されている食事内容に興味津々なのはシンの境遇から考えるとやむを得ないであろう。
「少尉、困ります。分遣された尉官が一般食堂の厨房に入るなど、前代未聞です!」
すっかりシンの接待係になってしまった飛行長は、階級で言えば中佐相当なのであるが腰が引けている。自分の息子のような年齢にも関わらず世慣れた様子のシンに、どう接した良いのか困惑しているのかも知れない。
「二佐、自分は単なる若造なんでそんなに畏まらずにお願いしたいのですが。
この厨房のチーフはどなたでしょうか?」
「あんたが、分遣されたどこかの国の少尉さんかい?」
「暇を持て余してるので、洗い物でも手伝わせて貰えますか?」
「冗談じゃないですよ!
分遣中の尉官にそんな事をされたら、私が艦長に叱られてしまいます!」
「それじゃ、せめて材料の下ごしらえでもやらせて下さい」
「あんた、本当に料理が出来るのかい?」
「はい。炊事兵出身なので」
「ほおっ、ニホン語ペラペラで冗談まで言えるエリートさんが、炊事兵出身だって?」
「プロメテウスの兵隊は、皆外国語が得意なんですよ。
うわぁ、この豚肉とっても美味しそうですね」
「へえっ、素材の見極めは出来るみたいだな」
「そりゃ、毎日厨房に立ってますからね」
「こいつは生姜焼きにするつもりだったけど、一品作ってくれるなら他の料理に転用しても良いぞ」
「チーフ、ですから……」
「それじゃちょっと厨房をお借りしますね」
「おいっ、少尉殿にエプロンと帽子を出して差し上げろ」
シンは豚肉の塊からバラ肉を切り出すが、脂身が均等に入るようにしっかりと配慮している。
玉ねぎを薄くスライスする様子を見て、チーフが感心したような声を上げる。
「へえっ、見事な包丁使いじゃないか」
「有難うございます。この厨房電気なのに火力も凄いんですね」
「ああ、ちゃんと強火が使えるように要望を入れたからな。
海防隊員は、何より食事に煩いから」
八角はさすがに常備していないが、カレー粉に香辛料を加えてシンは即席の魯肉飯を仕上げている。チーフはシンの一挙手一投足をチェックしていたが、その鮮やかな手並みに満足そうな表情で口を挟む事は無い。
「チーフ、味のチェックをお願いします」
「へえっ、これは本物の魯肉飯だな」
「五香粉の代わりに、カレー粉と香辛料を使ってますけどね。
今日の食事の一品に、加えて貰えれば嬉しいです」
「これはご飯がすすむ味付けだから、皆喜びそうだな。
誰にこんなタイワン料理を習ったんだい?」
「ハイスクールの頃に、現地出身の料理人に習いました」
チーフの横で味見に加わった飛行長は、その本格的な味に驚きの表情である。
「この艦に滞在中は、自由に厨房に出入りして構わないぞ。
普段食べれないバリエーションのある料理は、大歓迎だからな」
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隊員食堂。
「少尉、ニホン語が上手なだけじゃなくて、料理も凄腕なんですね」
普段出入りしない隊員食堂だが、飛行長はシンに付き合ってテーブルに着いている。
シン一人で利用して、トラブルの元になるのを警戒しているのだろう。
「正直、ゲストとして招かれてるだけだと暇なんですよ。
厨房に出入りさせてもらうと、僕もリラックス出来ますから」
「プロメテウスの方々は、皆さん多彩なんですかね?」
「士官ばかりですから、雑用を含めた何でも自分でやらないと回らないんですよ。
カーメリのパイロットは、ピザ屋のウエイトレスをやりながらフライトしてますし」
「そういえばお仲間が到着して、整備ハンガーに来てますよ。
すごい美人さんで、シンさん付けの文官じゃないかと噂になってますよ」
「いいえ。人手不足の義勇軍には文官は居ないんですよ。
彼女は義勇軍の航空装備の総責任者で、凄腕の整備士なんです」
「ええっ、ご冗談を。
防衛隊も女性隊員の比率が高くなってますけど、整備の現場には女性は居ませんよ」
「ご存知ないかも知れませんが、義勇軍では男性比率がすごく少ないんですよ。
もともとプロメテウスは女系国家で、女性上位の国ですから」
「うわっ、そうするとシン少尉はハーレム状態でモテモテなんですね?」
同席していた若い整備兵らしき人物が、気安い雰囲気のシンに軽口を叩く。
「いや逆ですね。
召使い状態で、文句を言うのは許されない雰囲気ですかね」
「なんだ、我々の家庭と同じ境遇ですね」
年配の整備兵のため息混じりの一言に、シンを含めた一同は大爆笑したのであった。
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