021.Fairy Tales
「今回の目標座標ってどの辺りなんでしょう?」
ルーの旺盛な食欲のおかげで完食したサンドイッチの包装を、大雑把にまとめながらシンが尋ねる。
ケイが視線をシンに向けると、彼の手のひらの上にまとめられたビニールの束がシュッという微かな音と共に小さなボール状に圧縮された。
もちろんジュースが入っていた紙容器は圧縮せずに脇に避けてあるので、ジュースの飛沫が周囲に漂うことは無い。
シンは衆目を気にして使わなかった能力を、最近は積極的に使うようにしている。
繊細な制御を行うには、日常の鍛錬がなによりも大事であると自ら気が付いたからである。
毎朝のドレッドミルのランから始まり、週一回のフウとの訓練や空いている時間に行うルーとの組手、ゴミの圧縮と、日常で能力を鍛錬する機会は多岐に渡っている。
シンの能力について漠然としか知らないルーは、珍しい手品を見た後のようにほうっと小さな声を上げる。
シンの鮮やかな手並みに見とれていたケイは、小さな咳払いの後に気を取り直してシンに答える。
「このあたり一帯に、広く点在した反応があったんだ。
観測機器の反応もそれぞれ小さくて、SIDが時間を掛けてようやく中心部の絞り込みが出来たんだよ」
「過去に似たような事例は?」
「こういう反応は、本当にレアケースみたいでね。
わざわざキュウシュウまで遠征してきたのは、その為なんだ」
放置されている周辺の農耕地は荒れてはいるが、コンクリートの建物が一切見えない風景はとてものどかに見える。
ニホンの農村風景を初めて見たシンは、その澄んだ空気とゆったりと流れる情景に幼少時に訪れたフランスの片田舎を思い出していた。
動くものは小さなスズメの群れだけ……かと思いきや、何故かその小さな鳥の群れは妙にカラフルな色合いに見える。
「あれって、トーキョーでも見かける逃げ出したインコの群れってやつですかね?」
「う~ん、九州に生息しているのは聞いた事が無いけど、気候も穏やかだし可能性はあるかも」
「ルー、もしかしてインコが珍しい?」
目を細めて神妙な表情で、鳥の群れを見ているルーにシンは尋ねる。
「いや……昔飼ってたから。でもあの色は……」
近づいてきたインコの群れの中の一羽が、バサバサと大きな羽音をたてながら近づいてくる。
飼育された経験があるのか、人間を恐れていない様だ。
潤んだ瞳でしゃがみ込んだルーが右手を差し出すと、躊躇いも無くインコはルーの手の上に体を預ける。
腹部のみがグリーンで全身が黄色のインコが、小さく首をかしげる愛らしい姿を見せる。
ルーの表情がほころんだ瞬間、まるで映画のSFXシーンのようにインコの体が一瞬にして崩壊する。
砂のような状態に変化したインコだったモノは、手のひらの上からサラサラとした感触を残して零れ落ちる。
「ひっ!」
「シン、もしかして何かやった?」
咎めるような口調でケイが声を掛ける。
「とんでもない!生き物に悪戯したりしませんよ」
ルーが顔面を蒼白にして、いきなり砂のように崩壊したインコだったモノを見ている。
普段の物怖じしない様子とは全く違う、精神的にショックを受けた状態の様だ。
「ルー、大丈夫?」
「……」
「もしかして、今回のDDってこれなのか……」
地面にごそりと落ちている生き物だったとは思えない砂のような見かけの物質を、手袋をした手でつつきながらケイが呟く。
「シン、そのサンプルを出来るだけたくさん採取して下さい」
いままでずっと無言だったSIDの声が、シンの胸元から突然聞こえてくる。
コミュニケーターの存在を忘れていたシンがビクッと反応したが、気を取り直しサンプル用の保存袋を背嚢から取り出しながらSIDに問いかける。
「沢山って、そんなに必要なの?」
「脱酸素剤が入ったサンプル袋に入れても、崩壊が進むと原型が残らないかも知れませんので」
「ずいぶんとサラサラした感触で、溶けるようには見えないけど」
シンがちいさなスコップで粉末をすくい上げて、透明な袋に詰めていく。
綺麗なビーチにある砂のような感触は、思わずシンにハワイベースの砂浜を連想させる。
「皆さん、念のために防塵マスクを付けて下さい。シン、あと追加で空気のサンプルも採取をお願いします」
ケイがSIDの発言を聞いてから、慌ただしく無線でヘリと連絡を取っている。
「防疫施設がある最寄りの基地まで一旦撤退する。ヘリが到着したらすぐに出発だ。
シン君、サンプルは2重に包んで背嚢に入れてから触らないように!」
☆
ニュウタバル基地まで撤退した一向は検疫処置を受けた後、同じヘリに同乗し陸防アサカ基地まで帰還した。
現地に居た時間はほんの僅かだが、検疫にかなりの時間がかかったので日付はすでに変わり早朝になっている。
収集したサンプルはニュウタバルまでジャンプして来たユウに手渡しているので、Congohの研究所ではすでに分析が行われている筈である。
ヘリコプターの帰路もやはり熟睡していたシンは眠気も無く、アサカからTokyoオフィスに戻る社用車を運転していた。
助手席のルーは車中でも熟睡しているので、コミュニケーターを通して会話している相手は研究所でサンプル分析を行っているナナである。
「群体制御されたシリコン生命体?」
「サンプルは既に純度の高い液体シリコンになっちゃってるから、SIDの記録映像から見る限りの判断だけどね」
「何かの兵器なんでしょうか?」
「う~ん、生物兵器っていうより玩具とか面白グッズに類するものかなぁ。
擬態する以上の機能はなさそうだし」
「で、人体とか環境に対する影響はあるんですか?」
「検出されたのは純度が高いシリコンだけだから、微量が体内に入ってもどうこうなるとは思えないなぁ。それに珪素は地球上に豊富にある物質だから、環境に関しても全く問題ないと思うんだけどね」
「それって、生命体なんでしょうか?」
「……今の時点では何とも言えない。
ただDDを由来としてこの世界に出現しても、活動できる時間はほんの僅かだろうね」
「どの位の時間なんですか?」
「この惑星の環境で活動できるのは、せいぜい数日が限界だろうね。
もしかして、これまでにも地球上にはたくさんの『これ』が紛れ込んでいたのかも知れないな」
普段のエキセントリックな言動では無く、科学者としての真面目なナナの物言いに何故か違和感を覚えてしまうシンなのであった。
☆
昼前にやっとTokyoオフィスに帰還した二人は、寮に戻らずにリビングのソファーで休憩していた。
エイミーはトーコと一緒に登校しているので、勿論この建物には居ない。
ユウはシン達が無事に帰ってきたのを確認してから、臨時講師の業務とエイミーの護衛があるので雫谷学園へ向かっている。
シンはマリー分の昼食を作るのをユウから頼まれているので残っているが、ルーは大画面のモニターの前に座り込み何やら画像を閲覧している。
「ルー、大丈夫?」
「うん、心配してくれて有難う」
「この映像は?」
「SIDから切り出して貰ったんだけど、さっきの現場の画像。
このインコって黄色いでしょ?
これは結構珍しい品種で、ニホンのペットショップにもあんまり出回っていないんだって」
「じゃぁ群れに見えたのも、全部同じ擬態だったのかな」
「これが私が昔飼っていたインコの写真……」
ルーが財布から古びた一枚の写真を取り出す。
パウチでシールしてあるが退色が進んでセピア色になっているプリントには、年配の男性とそのごつい手に乗る黄色いインコが写っていた。
「ショックを受けたのはこのせいなの?」
「あの風景を見てて、昔住んでいた村落を思い出していてね。
飼っていたインコのことを、ぼんやりと考えていたんだ。
そこにあんなのが現れたから……恥ずかしい姿を見られちゃったね」
「SID、現場は今どうなっているの?」
「周辺は陸防の部隊で封鎖していますが、ほとんど人が訪れる事が無い廃村ですからね。
インコの群れに見えたものは、ヘリが離陸するとほぼ同時に消滅して設置してきた全方位カメラや偵察衛星にも補足できていません」
「以前からあの場所には、擬態の原型になる野生化したインコの群れが居たとか?」
「あの場所は定点カメラが殆ど存在しませんから、その点は不明ですね。
廃村ですから、目撃情報もありませんし」
「……」
シンは車中の会話を思い出していたが、敢えてコメントせずに話題を変えることにする。
「う~ん、まぁ難しいことは後ほど考えるとして
ルー、お昼は何を食べたい?」
「しっかりとボリュームがあるパスタ!」
「了解」
「シン、あの……できれば鶏肉は使わないで」
「了解」
シンは笑顔を浮かべながら、マリーのいつもの仕草を真似て敬礼をしたのであった。
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