020.Sunrise
場所は変わってアラスカ・ベース。
カップ麺定期便?で久しぶりに整備ハンガーを訪れたシンは、ソファに腰掛けてベルと談笑している。ハンガーに設置してある休憩用のソファは、かなり大きめで多忙なベルの寝床として使われる事も多いようである。
「ワンオフ導入機体のテスト役ですか?」
「うん。標準機体のF−16のパーツが、最近手に入り難くなっててね。
ほら、米帝政府も最新のブロック70を中東に輸出しようとしてるから、共通の消耗部品が手に入らなくなってるんだよね」
ベルは、シンが運んで来てくれた新製品のバター味噌ラーメンを手にしながら会話をしている。
常温保存にもかかわらずバターの風味がしっかりとするのは、特殊な製法で作られたバターブロックが入っているからであろう。
「へえっ、この溶ける感じなんか本物のバターと区別が付かないなぁ」
「僕も試食しましたけど、お店で食べる味噌バターの風味が良く再現されてますよね。
それで他にワンオフで運用出来そうな機体って、ありましたっけ?
F−15やFA−18はそんなに生産数も多くないし、入手が難しいですよね?」
「うん。両方とも双発でアビオニクスも複雑だし、義勇軍向きの機体じゃないんだよね。
でも選り好み出来る状態じゃなくて、今後はF−16だけで運用するのも難しい状況になるかも知れない。つまりやり繰り導入機体の、今後のテストケースってところかな」
義勇軍には調達に関する委員会など存在しないので、航空機に関しては全てベルの一存で決まっていく。 もちろん新品の機体を購入できるほど潤沢に予算が無いので、入手するのは全て中古や放出品になるのであるが。
「A−4は電子部品が少ないから何とか維持出来ても、実戦じゃ厳しいですもんね。
ロシア製の機体はどうなんですか?」
「実はここの倉庫にもリストア予定の機体があるんだけど、そっちも保守パーツが手に入らなくてね。
西側のパーツと規格が違うから、流用出来ないパーツが多くて現実的とは言えないんだよ」
「そういえば、ベックが居ないですけど?」
ベックもニホン製のジャンクフードが大好きなので、シンの来訪で姿を現さないのは不自然なのである。
「彼女はお使いで、北米を飛び回ってるよ。
スクラップやモスボールした機体の、買い付けの手伝いをやって貰ってるんだ」
バター味噌ラーメンを食べ終えたベルは、次に明太とんこつ味のカップにお湯を注いでいる。
「へえっ、義勇軍の重要な仕事を任されるようになったんですね」
「あの子はもともと手先が器用で適正があったし、海兵隊に研修で居たから米帝軍にも覚えが良いんだよ」
「それでテストの方なんですけど?」
「ああ、まずはテストがてらハワイベースまでフェリーをやって貰いたいんだよね。
もしもの時には、ジャンプで安全に離脱できるし。
あんまり明太子の味がしないなぁ……おおっ具材の中に明太子の濃い味が隠れてるのか!」
「この明太子は、ハカタの有名店が監修してるみたいですね。
それなら対空時間が僕より遥かに長い、ユウさんの方が適任じゃないでしょうか?」
「ユウ君自身は乗り気だったんだけど、フウが拘束時間が長いから駄目だってさ。
それにシン君が飛ばした経験がある機体だから、なおさら君向きかと思うよ」
「でも自分はF−15やFA−18を飛ばした経験はありませんけど?」
「カーメリでSTOVLのテストをやっただろ?」
「ええっ、あんな最新鋭機ですか?
そんなのどうやって手に入れたんですか?」
「君がテストフライト中に事故があって、力技で着陸させただろう?
あの機体が諸事情からスクラップ扱いになったんで、交渉してこちらに供出させたんだ」
「機密の塊なのに、良くそんな事が出来ましたよね?」
「そりゃ、義勇軍のエースパイロットを危険に晒したという事で強気に交渉したからな。
リフトファンを作ってるエンジンメーカーとは、特殊合金の供給でCongohとは長い付き合いがあるしね。あとその機体の件で、『海防』からの後押しがあってね」
「なんでここで『海防』の名前が突然出てくるんですか?」
「シンは暫くニホンのニュースを聞いてないから、知らないのかな。
『海防の護衛艦』に、STOVLを載せて運用するって話」
「でも『海防』の航空集団って、戦闘機の部隊はありませんよね?」
「へえっ、良く知ってるじゃない。
だからこそ義勇軍に強力要請が来てたんだよね」
「もしかして運用の為の初期テストを、米帝の海兵隊に頼らないで行いたいんですかね?」
「というか、海兵隊に断られたんじゃないかな?
まだ実戦配備された機体も少ないし、『海防』のテストに協力する余裕が無いんでしょ」
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場所は変わって、通常整備用のハンガー。
スクランブルに使用する標準機体のF−16に加えて、ずんぐりとしたほぼ同サイズの機体が一機だけ並んでいる。
「うわぁ、もう義勇軍の標準塗装まで終わってるじゃないですか?」
「塗膜は米帝軍用の標準コーティングよりも、耐久性や反射率が低いCongoh製だからね。
多分ステルス性能は、本家よりも高いんじゃないかな」
「この機体は空中給油が難しいんですよね」
「そう。今回のフェリーをお願いしたいのはそれもあるんだ。
ユウ君は君と違って、この機体で空中給油の訓練をカーメリで受けてないだろ?」
「それでフェリーする予定日はいつ頃ですか?」
「ヒッカムへ空中給油機の手配があるから、来週位かな」
「STVOL型じゃなければ、空中給油無しでオワフまで行けたんですけどね」
「確かに13,000ポンドも燃料が入るのは驚きだけど、リフトファンの分タンクが小さいからね。
外部コンフォーマルタンクの入手は間に合わないから、一回の空中給油は必須なんだよな」
☆
夜半、学園寮のリビング。
「エイミー、それって美味しいの?」
エイミーが緑茶を飲みながら黙々と口に運んでいるお菓子は、この惑星のモノでは無い。
ノーナ直々に手渡されたそれは、間違いなくエイミー個人に対するお土産である。
「いえ。食感はマシュマロに似てますけど、それほど美味しいものでは。
まぁ懐かしの味には、違いありませんが」
「バステトの母星では、メジャーなお菓子なんだって?」
「ええ。母星ではあまり間食の習慣が無いので、フードプロセッサーでこれを出力して食べている子供が多かったですね。ところでシン、ちょっと質問があるのですが?」
「うん、何かな」
勧められたお菓子を頬張りながら、シンは微妙な表情をしている。
淡い味というか味が無いというべきか、グミのような食感を楽しむタイプのお菓子なのかも知れない。
「亜空間収納って、重量とかサイズの制限はありませんよね?」
「……ああ、フェリーの件だね」
「はい。
機体を収納してジャンプで運べば、苦労して操縦する必要は無いと思うんですが?」
「今回は、テストフライトを兼ねてるから。
対空時間が少ない上に、事故の後にレストアした機体だからね」
「それなら、いざという時にはジャンプで脱出して無理はしないで下さいね」
「エイミーが、事前に警告するなんて珍しいね」
「いえ、最近ジェット燃料絡み?で世界中にトラブルが起きてるじゃないですか?
ワコージェットの件でも、原因が未だに分からないとアンさんも言ってましたし」
「危機的状況は、暫くは勘弁して欲しいな」
「『しばらく』という一言で片付けられるのが、シンらしいとは思いますが」
微笑みながら発したエイミーの一言は、シンに対する揺るぎない信頼を感じさせたのであった。
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