019.No Turning Back
引き続き深夜の居室。
「明日大統領の所へ、報告に行くんですよね?」
「うん。公邸で面会の時間を、取ってくれるみたいだから。
惑星破壊兵器については、彼女にだけ個人的に報告するつもり」
「彼女は宇宙軍との軋轢も、考えないといけませんからね」
「そうだね。
惑星衝突の回避っていうのはテラ侵略が起こらない以上、宇宙軍の一番大きな存在意義だから。
もっとも惑星破壊兵器の情報が出回らなければ、軋轢も起きないと思うけど」
「ところでシンは、月とか火星に行った事があるんですか?」
「公的には、無いよ」
「ははぁ、何かやったんですね?」
「うん。大統領経由で長官に頼まれてね。
クレバスに引っ掛かった探査機を持ち上げて、傾きを直したり」
「探査機の定点カメラに、写り込んだりしてませんよね?」
「僕自身は写り込んでいないけど、休憩中にミネラルウォーターのボトルを落としちゃってさ」
「ああ、そういえば騒ぎになりましたよね。
古代文明の痕跡だとか」
「実は観光した異星人が落としたパッケージとか、結構写っちゃってるみたいなんだよ。
NASAの広報部は、いちおう検閲してるんだけど見落としがあるみたい」
☆
翌日、ホワイトハウスの公邸。
シンは大統領と差し向かいで、報告を行っている。
ホワイトハウスやNASAの正規職員であるシンではあるが、彼は個人的な友誼で訪問を行ったのであって本来ならば大統領に報告する義務は無い。だが予定外に行った惑星衝突の回避作業を、彼女に伏せて置くのは得策では無いとフウが判断したのである。
「惑星破壊兵器についての説明は以上です」
「……なるほど、文書に出来ないという意味はしっかりと理解できたわ。
戦略破壊兵器以上の威力というのは、なんて呼称すべきなのかしらね」
「命名に関してはお任せします。
それと大統領が此処を去る数年後は、僕もスタッフを続けるつもりはありませんから。後任の方に申し送りするかどうかは、お任せします」
「でもシン君、私が在職しているかどうかに関わらず、いざという時には対処してくれるのよね?」
「それはもちろんです。
同胞が大勢居る生まれ育った惑星で、アルマゲドンが起こるのは嫌ですから」
「その同胞の中には、私は入ってるのかしら?」
「勿論です。僕が尊敬している唯一の政治家で、大好きな人ですから」
「ふふふっ、ありがとう。
最近聞いた中で、最も嬉しかった激励だったわ」
「……」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
「それで二つの惑星を行き来して、生態系保護の重要性は理解できたのかな?」
「地球温暖化はまやかしだなんて言ってる人達に、映像を見て頂きたいのが本音ですね。
高高度から見る茶色の海の様子は、テラの景色と比較すると衝撃的だと思いますから」
先程小さなコミュニケーターで見せられた超高高度の映像でさえ、かなり強い印象を彼女に与えていたのである。コミュニケーターの外部カメラの画素数はそれほど大きくは無いが、8Kの一般的なLCDで見ればさらに誰もが驚く光景になるであろう。
「やはり長いスパンで、環境破壊を把握出来る人は少ないですからね。
生態系が復元出来ない状態というのは、衝撃的な映像だと思いますよ」
「ヒューマノイドが居なくなって数億年経過すれば復元出来る可能性があるにしても、此処の住民には想像も出来ないタイム・スパンだものね」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
何度か公邸とウエストウイングを往復した大統領は、漸く業務を片付けてオフタイムを確保できたようである。
「ようやく片付いたわ。
それで食べ物のお土産は?お腹がべこぺこなんだけど?」
「多分言われると思って持ってきたんですけど、この場所で食べていただいて大丈夫なのか自信が無いです」
「それは変わった食材なの?」
彼女の脳裏には変わった食材という言葉で、『カース・マルツゥ』が連想されていたのはここだけの話である。
「いいえ。この惑星の『鯨』に似た海洋生物の肉なんです」
シンは亜空間収納から、手品のようにサンドイッチが入ったバスケットを取り出す。
中身はユウ直伝のカツサンドのソースを改良した、クジラカツサンドである。
「私は乗馬をしながら育ったから馬肉は食べたくないけど、鯨には別に忌避感は無いわね」
サンドイッチを取り上げた空腹の彼女は、躊躇せずに口に運ぶ。
シンはリビングに設置されている冷蔵庫から、無農薬を謳っているオレンジジュースを取り出して大統領の前にコトリと置く。規則上は公邸への持ち込み飲食は問題ある行為なのであろうが、二人きりの空間なので文句を言えるスタッフは誰も居ないのである。
「それは寮生のタルサも、全く同じ事を言ってましたね」
「へえっ、歯離れの良い牛肉みたいな味ね。
鹿肉ともちょっと違う、独特の風味だわ」
ジュースで喉を潤しながら、彼女は旺盛な食欲でサンドイッチを次から次へと食べ続ける。
「他に海洋生物が居ないので、増えすぎてしまったみたいなんですよ。
だから定期的に間引いているらしいんですけど、食料としては全く人気が無いので備蓄量がすごくなってるみたいです」
「ソースで調整しているのかしら、癖もほとんど感じないわね。
シン君、これは控え目に評価してもかなり美味しいと思うわ」
「実は肉も大量に備蓄しているのですが、公邸の冷蔵庫にこれがあると誤解される可能性がありますよね?」
「……そうね。今度は料理長が居る時に、持って来てくれると嬉しいわ。
今ここで受け取ると、厄介な事になるかも知れないし」
「ステーキで食べるのが、実は一番のお勧めなんですけどね」
「もしかして生肉を持参しているの?」
「いえ、焼き立てを持ってきてます」
シンは亜空間収納から、鉄板で湯気を立てているステーキを取り出す。
「超技術にも、ほどがあるわね!
うわぁ、確かにこのステーキは食べる価値がある味だわ!」
小さく切り分けたステーキを頬張りながら、大統領はその味を絶賛している。
「うちの寮生も、ステーキがやはり一番美味しいと評価してましたから」
「今度はシン君の寮にお邪魔して、食べさせて貰う事にしようかしら」
「良いですよ。連絡が取れる環境でしたら、ジャンプでお連れしてもそんなに大事にはならないでしょうし。
ついでに温泉で骨休みしてから、公邸まで送り届けますよ」
「それならキャンプ・デービットから、連れて行って貰おうかしら。
シン君のところでゆっくり出来れば、本当の骨休みになりそうだから」
「肉の在庫はかなりの分量がありますから、マリーが毎日来ない限りは大丈夫だと思いますよ」
「うわっ、あの子の食べる量を知ってるから、とても不安だわ」
大統領は日頃のストレスを発散させるように、満面の笑顔を浮かべていたのであった。
お読みいただきありがとうございます。