018.Faithful
Tokyoオフィス。
帰国報告に出頭したシンは、横並びに座っているフウに滞在が長期間に及んだ顛末を話している。
この報告内容はSIDによって全て記録され、司令官クラスのみが閲覧できる資料になるようだ。
「シン君、印象がちょっと変わったね。
エイミーはどう思う?」
シン本人から雑談を通して概要を把握しているユウは、会談をしている二人をじっと見ている。
シンの足元にはシリウスが伏せの姿勢で待機しているのは、やっと再会出来たシンから片時も離れたく無いという思いなのであろう。
「はい。
容姿は変わりませんけど、なんか落ち着きが増したように見えます」
エイミーの膝の上でマッサージを受けているピートは、無防備にお腹を晒している。
ユウとの師弟関係のお陰で頻繁に合っているので、ピートはエイミーにとても懐いているのである。
「彼は数えきれない試練を受けてきたけど、今回のは特別だったみたいだね」
「ええ。現実のアルマゲドンを回避した経験は、やはり人を成長させるのでしょうね」
☆
学園寮。
シンが調理した一月ぶりの夕餉。
「シン、なんか味付けが変わった気がするんだけど?」
シンの帰還に合わせて業務を早めに切り上げたパピは、寮生と同じテーブルに着いている。
「う〜ん、自分では分からないんですが。
もし少しでも気に入らない点があれば、何なりと言ってくださいね」
「いや、そうじゃなくて。
いつものシンの味付けなんだけど、なんか前よりも美味しくなったような」
様々な料理を口にしているほぼ寮生全員が、頷いているのは不思議な光景である。
「ちょっと変わった環境で味付けを研究してましたから、その影響ですかね」
「エイミーの母星じゃ、合成食というのが普通なんだろ?」
ケイは、並んで座るシンとエイミー二人を見ながら質問する。
「SF映画の食事シーンでは、ペースト状やブロックみたいな食事が出てきますけど、かなり印象が違うんですよ。
例えるなら、皿に敷き詰められたドリアとか、濃度が濃いフランみたいな感じですかね」
「プヨプヨした食感の食事は、食欲を無くしそうな気がします」
好き嫌いが無いタルサであるが、何故かゼラチンで固めたニホン風のプリンが苦手なのである。
「それで肝心の味はどうなんですか?」
トーコは眩しいものを見るような目で、シンに言葉を返す。
「淡い味付けだけど、そんなに悪くは無いんだよ。
でも濃い味が好きなトーコには、不向きかも」
トーコは自分の味覚がしっかりと把握されているのが嬉しかったのか、俯いて赤くなった顔を隠している。
「食事に興味が無い人が多いので、メニューが何百年も変わっていないんですよ。
私は此処に来て、最初に食べたチョコレートバーの味にすら驚きましたもの」
エイミーがシンとの邂逅を思い出しながら、少しだけ遠い目をしながら発言する。
「そう、食感とか色合いが、あまり食欲増進する感じじゃないんだよね。
でも冷静になってじっくりと味わうと、そんなに悪くは無いんだ」
「もしかして舌がリセットされたんじゃないの?」
ルーはシンプルな野菜炒めをもりもり頬張りながら、発言している。
シンが作る中華料理は味付けのバランスの良さが特徴だが、それが更に洗練されたように感じる。
「ああ、そうかも知れませんね。
もし試食したければ、キャスパーさんの処にフードプロセッサーのデモ機があるみたいですよ」
「あっ、私食べてみたい!」
「マイラは好き嫌いが無いから、大丈夫じゃないかな。
明日入国管理局へ行く予定だから、一緒に行けば試食できるかも」
「うん!楽しみ!」
☆
翌日の入国管理局。
「ノーナからメールが来てたけど、今回は大変だったわね」
最下層の地階にあるキャスパーの所属部署は、相変わらず大勢のメンバーが働いている。
シンが訪問したのは久しぶりだが、マルチモニターが置かれているデスクで要員が慌ただしく通話している様子は以前と全く変わらない様に見える。
「はい。それで今回の詳細は、大統領以外の政府関係者には伏せておこうと思うんですが」
来客用のソファは事務用の簡素なソファなので、シンはまるで硬いダンボール箱の上に座っているように感じている。ここ最近ハイテクの高級ソファに慣れてしまった、弊害とも言えるだろう。
ちなみ同行したマイラはシンの隣で特別に用意してもらった合成食にスプーンを伸ばしているが、全くというほど食が進んでいない。
「そうだね。とりあえず映像資料は用意しておいて、『その時』に対処するので良いんじゃないかな。
でも大統領が任期満了したら、どうするつもり?」
「彼女が居ないホワイトハウスで、スタッフを務めるつもりはありませんから。
申し送り事項として伝えるかどうかは、彼女次第ですね」
「母星では、先代とも会えたんだよね?」
「はい。『彼女』のお墨付きもいただきましたので、とても有意義な滞在だったと思います。
マイラ、味はどう?」
「……食べれるけど、あんまり美味しく無い!」
「やっぱり?私も此処の食事に慣れちゃってるから、もう何年も食べてないんだ」
「どうしてこのフード・プロセッサーが置いてあるんですか?」
「ごく稀に、故郷の味が食べたいってホームシックになる『人』が居てね。
まぁ此処では何を食べても美味いけど、故郷の味っていのは別らしいから」
「シンの料理が、やっぱり一番!」
マイラの元気な一言に、キャスパーは納得の表情で頷いたのであった。
☆
夜半、シンとエイミーの居室。
「シン、なぜテュケを連れて帰らなかったのですか?」
二人きりになった居室の中で、エイミーがシンに上目遣いで尋ねる。
さすがにテュケに関してのデリケートな話題は、寮生に無差別に聞かせるのは拙いと判断したのだろう。
「うん……提案はしたんだけどね、結局は彼女自身の判断かな」
「あの人の出自に関しては、シンはどの程度分かっていたのですか?」
「来歴を読めない僕でも、強い縁があるというのは会った瞬間に分かったよ。
でも具体的には、説明出来ないけどね」
「メトセラには『輪廻』という概念が、馴染み深く無いからでしょうかね?」
「いや、馴染み深く無いにしても理解は出来ると思うよ。
実際に前世があるという関係者には合った事はないけど、自分自身を書き換えるというのは日常的に行われているからね」
「ああ、なるほど。
レイさんも、そんな感じですよね」
「そうそう。
ただ米帝空軍やDARPAとの関係が深すぎて、完全に書き換えるのは難しいみたいだけどね。
ところで、明日はエイミーのちらし寿司が食べたいんだけど、駄目かな?」
「シンの分だけなら、急遽仕込みできますけど。
シンから食事のリクエストがあるなんて、珍しいですね?」
「持っていったちらし寿司が好評でね、みんなバステトのお仲間に食べられちゃったんだ。
食い付きの良さが半端じゃない位、大好評だったよ」
「それはやっぱり、あれだけの種類の魚介類を食べた事が無いからですよ。
私も初めてユウさんのお寿司を食べた時の感動は、しっかりと覚えてますもの」
「そう言えばネタじゃなくて、本当に宝石箱みたいだって言ってた子がいたな。
エイミーが調理したチラシ寿司を、口に出来て嬉しいって感激していたよ」
「宮殿にも私の幼馴染の子が何人か居ますから、そのうちの一人ですかね」
「亜空間収納を利用すれば、輸出するのも非現実的じゃないんだけどね。
フードプロセッサーを使って未知の味が提供できれば、料理に興味を持ってくれる人が賛同してくれるかも知れないし」
「ええ。私もそう思います」
「ところで『ねこまんまフリカケ』は、なんであんなに激賞されるんだろうね?
もしかして『チ●ール』とかも持っていった方が良かったのかな?」
「シン、それは禁句です。
絶対にノーナに教えちゃ駄目ですよ」
冗談とは思えない真剣な表情で声を潜めるエイミーに、シンは大きく首を捻ってしまうのであった。
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