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016.Love Does

「予定はしてなかったけど、ちょっと稽古(プラクティス)に付き合って貰えるかな?

 ノーナからは、かなり出来ると聞いているよ」


 初対面であるシンの為人(ひととなり)を気に入ったらしい『彼女』は、組手を通じてシンの戦闘力もしっかりと確認したいようだ。Congohトーキョーの地階でノーナと手合わせをしたのは事実なので、シンは『彼女』の申し出を理由を付けて断る事は難しい。


「僕でよろしければ、お相手させていただきます」

 今は格闘用の服装では無く標準的なツナギの作業着姿だが、実戦では無いので支障は無いであろう。


 シンは技倆が掛け離れた相手との組手が、どれほど自分にプラスになるかを経験的に知っている。

 実戦で強い相手との近接戦になった場合は、一目散に逃げる以外に生き残る手段は存在しない。こうして命のやり取りをせずに戦えるという機会は、自分の成長の為にも実に貴重なのである。


 テュケが見守る中で、二人は芝生の上で向かい合っている。

 静かに立っている『彼女』は、まるで自然体で力感や凄みが全く感じられない。



 合図も無く始まった立会だが、シンは手加減など考えずいきなり全力で向かっていく。


 ノーナの力任せのカポエラのような体術とは違い、『彼女』はシンが知るところの大陸武術(マーシャルアーツ)に近い動きをしている。シンは短距離ジャンプを駆使しているが、『彼女』はシンの動きを的確に予測しているのか背後を取る事が全く出来ていない。


(ノーナとは動きの質が違う!)


 逆に『彼女』はシンと接触した瞬間、合気道のように手首や体の一部を利用して投げを繰り出している。

 シンは積極的に重力制御を使いバランスを回復しているが、投げられなくてもシンの体力は徐々に削られていく。打開策としては手刀を使った斬撃技(ブレード)があるのだが、その攻撃の質から言って実戦以外で使うのは躊躇われる過剰な威力(オーバーキル)なのである。


「ここまでにしようか」

 決定打は受けていないがシンの呼吸が荒々しくなって来た時点で、『彼女』は終了を宣言する。

 ノーナとの組手はほぼ互角だったが、今回のシンは軽くあしらわれたという印象である。


「ありがとうございました。

 とても勉強になりました」


 肩で息をしているシンは、ノックダウンこそ免れたがグロッキー状態である。


「君は思ったよりも自力(じちから)があるね。

 それに奥の手を出さない自制心も持ち合わせているし、エイミーの護士(ガーディアン)としては、申し分無しだな」

 息をまったく乱していない『彼女』は、シンに優しく語りかける。


「やっぱりエイミーに(ちか)しい方だったんですね。

 エイミーにも、こうやって訓練を施したのですか?」


「いや。

 あの子はまだ身体が出来ていなかったし、君に出会うのは分かっていたからね」


「あの……出来ればシャワーをお借りしたいんですが?」


「ああ。作務衣の予備もあるから、ジャグジーでのんびりしていきなさい」


「ジャグジーですか?

 この惑星には、お風呂文化は無いと思ってましたけど?」


「良いものは、積極的に取り入れないとね」

 シンに向けて大きな瞳でウィンクした『彼女』は、悪戯っ子のような笑みを浮かべていたのであった。



                 ☆



「別に入浴に付き合わなくて良いのに」


 モダンな作りの居住スペースの地下には、シンが知っているTokyoオフィスの浴場とそっくりな設備が作られていた。黄色いケロリン桶まで並べられているという事は、設備全てをテラから運んで来たのであろう。


 ボイラーの表示までニホン語なので、給湯器一式もテラから運んで来たのは間違い無い。

 使われている水は温泉では無くすべて純水であるが、シンは数週間ぶりの湯船で存分にリラックスしている。


「この贅沢なお湯の使い方は、私も初めて体験するな」


 シンから掛け湯を教わったテュケは、ボリュームのある裸身をシンの前に晒している。

 そもそも恥ずかしいという感情が微塵も無いらしく、湯船に入る前にもシンを上から下までガン見していたのは文化の違いと言えなくも無いだろう。


 同じく全裸で現れた『彼女』は、かけ湯をしてから湯船のシンにゆっくりと近づいていく。

 テュケほど肉感的な裸身では無いが、スリムながらもしっかりと起伏がある身体は年齢不詳である『彼女』には相応しく見える。


「ほぉ〜っ、立派なものだな」

 湯船で透けて見えるシンの下半身を見て、『彼女』は感想を述べる。

 普段の寮の浴場ならばシンが起こさない生理的な変化であるが、久しぶりの湯船で不覚にも反応を起こしてしまったのであろう。


「……」

 シンは無言だが、慌てて前を隠したりしない。

 女系家族の中で育って来たシンは、こういうちょっかいには慣れているのである。


 テュケは会話の内容が聞こえないようなフリをしているが、『彼女』のセリフに反応して横目で湯船の中を見ているのが丸わかりである。


「これならエイミーが何時発情期になっても、大丈夫そうだな」


「あの……何が大丈夫か分かりませんが、ちょっとした調整で子供も作れるらしいですね」


「うん。

 テュケの場合は、その調整も不要だと思うけどな」


「……一寸のぼせたみたいなんで、先にあがってるね」

 慌ただしく湯船から出ていく彼女は、何故かシンから目を逸している。


「ところでシンはテュケの事を、どう思っているんだい?」


 浴場から出ていくテュケの後ろ姿を見ながら、『彼女』はシンの耳元に囁く。

 浴槽の中でシンの腕と『彼女』の胸が触れ合っているが、『彼女』は全く気にしていないようである。


「それは勿論、大好きですよ」


「ふぅ〜ん、吊橋効果って奴なのかな?」


「それよりも、何かテュケは昔から知ってる親戚のような雰囲気があるんですよね」


「それは何時頃から、感じている印象なのかな?」


「知り合って直ぐに、彼女がその肉を喰わせろといった瞬間からですかね」


「随分とロマンティックな出会いだったんだな」


「ははは。

 僕の縁戚の方々は、皆似たような感じですからね。

 彼女は違う惑星のヒューマノイドの筈なんですけど、なんか不思議な繋がりがあるような気がするんですよね」


「ああ、やっぱり本能に近い部分で気がついているんだな」


「???」


 シンは首を傾げているが、『彼女』はこれ以上の細かい説明をするつもりが無いらしくただ微笑みを浮かべていたのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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