015.Listen Up
自動運転のフローターが到着したのは、小高い丘の上に建つガラス張りの建造物であった。
小動物の保存ドームよりはかなり規模が小さいが、それでも隔離されたバイオスフィアは個人の住居としてはかなり異質なものに見える。
「テュケ、此処で間違いないんですか?」
上空から見ていたかぎり近隣には民家は無かったが、シンはテュケに念を押している。
確率の偏りを持っているシンとしては、事前に避けられるトラブルを回避したいのは当然の事なのであろう。
「うん。ちょっと変わった建物だとは聞いてたけど」
テュケはナビゲーター画面で到着場所の座標を確認しているが、どうやら間違いは無いようである。
フローターから出た二人は、駐機場の傍にある入り口へ連れ立って歩いていく。
「あの、ノーナに言われて参上したのですが」
カメラが設置されたセキュリティゲートで申告すると、特に応答メッセージが無いままに気密ドアが自動で開いていく。エアシャワーが入り口に設置されているのも、先程の保存施設と全く同じである。
「この施設の主は、やっぱり研究者なんでしょうかね?」
「いや、植物の生育に関しての専門家らしいけど、今は趣味でやってるって聞いているよ」
エアシャワーを通過すると、施設の内部はまるでジャングルの様に多様な植物が生い茂っている。
この惑星の植生とは明らかに異なる様子なので、これらは全て外来種なのであろう。
入り口から続いている薄暗い通路を歩き続けると、突然広間のような空間が現れる。
手入れの行き届いている芝生?の上で胡座?を組んでいた女性は、滑らかな動きで立ち上がると二人の方へ歩いてくる。容姿はノーナにとても良く似ているが、ローブに包まれたスリムな体型はノーナほどの威圧感を感じさせない。
シンは『彼女』の所作を見て、身の回りに居る達人達との共通点に気がついていた。特に師匠格であるアイやセルカークのアイラと似た滑らかな挙動は、自らの肉体を完全にコントロールできている達人の特徴である。
「君がノーナのお気に入りのシン君だね」
「はい。
お目に掛かれて光栄です」
この惑星では握手の習慣は存在しないので、ノーナに習った作法通り目線を逸しながら小さく会釈を行う。
「私が誰だか知らないのに、ずいぶんと謙虚なんだね?」
微笑みを浮かべた『彼女』の表情は、何故かとても嬉しそうに見える。
シンの付け焼き刃の作法は、『彼女』になんとか通用したのであろう。
「いえ。お目に掛かっただけで、どのような方かは理解出来たかと思います」
同行しているテュケは自身が元女王という肩書にも関わらず、へりくだった?挨拶をしている。
どうやらこの人物は、ノーナと同じくらい高い地位にあるのだろう。
「ふ〜ん、君は年長者に玩具にされてずいぶんと酷い目にあってるんだな!
大丈夫!私はノーナほど気まぐれじゃないし、君を弄んだりしないから」
座禅を組んでいた落ち着いた雰囲気から一転して、『彼女』は微笑みを浮かべてシンを見ている。
どうやらシンの訪問は、『彼女』が強く望んで実現したのが本当の所なのだろう。
「……」
プライベートの来歴をいきなり見抜かれたシンは、返す言葉も無く黙っている。
高位のバステトの前では、何を言っても藪蛇にしかならないのを過去の経験から十分に理解しているからであろう。
「過酷な経験を積んでいるにも関わらず、君は性根が曲がっていないし素直な性格のままなんだな。
『お茶』を煎れるから、今日はゆっくりして行きなさい」
「はい。喜んでご馳走になります」
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ドームの内部に建てられた大きな居住スペースは、グレーの色合いが特徴的な立方体をしている。
シンからしてみると、この建物もテラにありがちなモダンな造りに見える。
「ええっと、この惑星の現状でも『お茶』という文化は存続しているのですか?」
リビング?に設置されているソファに腰掛けながら、自ら歓待をしてくれる『彼女』にシンが遠慮がちに尋ねる。
「かろうじて、残っているという感じかな。
オリジナルの茶葉はこの惑星では手に入らないから、什器を含めてノーナが持ち帰った分から融通して貰ってるんだ」
『彼女』手づから茶器をお湯で温めている作法は、シンも知っているタイワン式に似ている。
急須からピッチャー?のようなものに一旦移す手順も、濃度を一定にする為であろう。
「どうぞ。
口に合えば良いけど」
「いただきます。
……うん、とっても美味しいですね」
「ああ。なんか落ち着く味だね」
シンとは味覚が微妙に違うテュケも賛同しているので、やはり万人に好まれる素晴らしい味だという事なのであろう。シンは幼少時からお茶に慣れ親しんでいたので、作法はともかく味は分かっているつもりである。だが口にしているこのお茶は、烏龍茶や鐵觀音茶などの既知の味とは全く違っている様に感じられる。
「これは僕の故郷の惑星のお茶とは、かなり違いますね。
もしかして宇宙規模だと、こういう独特なお茶の文化が存在するんですか?」
「うん。
君に紹介するのは差し障りがあるかも知れないけど、こういう嗜好品を突き詰めた文化が銀河各所で存在するのは確かだよ。この惑星では遥か昔に廃れてしまったけど、私のような好事家の年寄りはまだ生き残っているからね」
「ヒューマノイド共通の嗜好というか、文化なんでしょうね」
「うん。そうとも言えるだろうね。
それにしても……君は若いのに頭が柔軟で視野が広いんだな」
大袈裟に驚いた様子を見せて、『彼女』は言葉を続ける。
自らの習慣や味覚に固執する事無く客観的な評価が出来るシンを、『彼女』はより好ましく思ったのであろう。
「あのお口に合うか分かりませんけど、お茶請けにこういうのは如何でしょうか?」
シンは手土産を持参していなかったのに今更ながら気付き、収納庫の奥に隠しておいたケーキの白箱を複数取り出す。
「おおっ、これはピーカン・パイやアップル・パイじゃないか!」
「……なぜテラのデザートを、名称までご存知なんですか?」
「ノーナが良くお土産を分けてくれるからね。
それに君の母星に関しては、特に注目しているから」
「……注目ですか?」
「うん。
私にとっても大好きな味だから、直ぐに頂いて良いかな?」
『彼女』の飾らない態度に、シンは初対面にも関わらず強い好感を抱いたのであった。
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