013.Up Again
宮殿の厨房。
今日はノーナの鶴の一声で、フードプロセッサの専門家を交えたミーティングが急遽開かれていた。
シンはあと数日しか滞在出来ないので、ミーティングの前にノーナは議論を進めるために忌憚ない意見を言うように全員に念押している。
「まず、味は良いですよね」
殆どのメンバーはシンのレクチャーにも自主的に参加していたので、シンは参加者達に喧嘩を売るつもりは無い。辛辣な批評を覚悟して緊張していた一部の参加者達は、ここで安堵の表情を浮かべている。
「それで料理の見かけに対して、利用者からの不平とかは出てないんですか?」
試食を終えた多数のプレートには生成り色のペーストが並んでおり、どのメニューも揃えたように全く同じ外見である。不純物や添加物を排除していくとこういう色合いになるのだとシンは説明を受けていたが、少なくとも外見から食欲が刺激されないのは確実であろう。
「現状で不平が出て来ないというのは、比較の対象が無いからなんでしょうね。
それに食に興味を無くした人達というのは、手間を掛けてエネルギー補給をしようとは思いませんので」
参加メンバーはシンを除いて全員見目麗しい女性だが、既にこの惑星の男女比は把握しているので特に不思議に思う事は無い。シンは女系家族と言えるメトセラのコミューンで育ったので、勝手知ったる雰囲気なのである。
「食感が乏しいのが、見かけの次に気になる点ですかね。
どのメニューも均質で、口に入れて咀嚼した後みたいな味なんですよね」
シンの正直な感想としては手の混んだ離乳食というものであるが、これはテラの食文化を知らないメンバーに説明するのは困難であろう。和食でも裏ごしを行って均一の歯応えを得る技法があるが、離乳食よりもさらに説明が難しいかも知れない。
そこでシンは、亜空間収納に入れて持参していた何種類かの栄養補給食品を一同に試食するように薦める。
「これらは自然由来の原料のみで作られた食品ですが、製法はすべて原始的な調理方法のみで作られています」
お馴染みのエナジーメイトを含めてどれも焼き固められた栄養補助食品だが、それぞれが食べやすいように工夫が凝らされている。ブラウニーのような滑らかな食感や、複数の素材を練り込んで変化を付けているのは食べて直ぐに実感できる工夫であろう。
「これは……見かけと違ってかなり複雑な味がするんですね。
食べていて飽きないように、高度な製造技術が使われているのが分かります」
「食感を重視しているのは、やはり食文化の違いも大きいんでしょうね」
「フードプロセッサーの特徴として、複雑な食感や見かけを追加すると出力までの時間が長くなるんですよ。そうすると人気メニューから、外れてしまうんですよね」
参加メンバーからは、次々に率直な意見が出てくる。
この惑星にはテラにあるようなデザートの文化が存在しない(もしくは廃れてしまっている)。カロリーを摂取するのが主要目的である食品であっても、食べる楽しみを味わえるように配慮されているのがこの惑星の住人には理解し難い点なのかも知れない。
「なるほど。
結構皆さん、せっかちなんですね」
「ええ。
現在のフードプロセッサーの人気メニューは、すでに改良され過ぎてオリジナルの面影が無いと言われていますし」
「僕が炊いた白米みたいな味のメニューは、出力出来ますか?」
シンは、フードプロセッサに直結した端末を操作しているエンジニア?に質問する。
彼女もシンのレクチャーに参加していたので、白米についても知識を持っている筈である。
「ええっと、粒状無しでしたら直ぐに出力可能です」
「試食してみたいので、お願い出来ますか?」
「はい、ちょっとお待ちください」
数秒後、フードプロセッサの中にはプレートに載せられた白いペースト状のものが出現する。
「どうぞ」
プディング状になっているそれは、やはり生成りの地味な色合いをしている。
「これは濃度が濃い重湯と同じ味かな……これなら何か歯ごたえがある何かをトッピングをすれば良いかな」
「「「???」」」
シンは自前の収納庫から近所のスーパーで買い集めた、大量のフリカケのパッケージを取り出す。
その種類の豊富さに、集まっているメンバー達は驚きの表情を浮かべている。
フリカケの凝ったイラストは、この惑星では馴染みが無い包装なのであろう。
「これは香辛料か何かですか?」
「ええ。
ご飯に特化した、トッピングというものですね」
シンは最近発売されたばかりの、海老天味のパッケージを開ける。
大きめな天かすが入ったフリカケを白米もどきに振りかけると、付属しているタレを回しかける。
「うん。やっぱりこういう味の濃いトッピングは合うな」
シンは自身が味見した後に、試食用に数枚の小皿に分けてメンバーに配っていく。
「水分少なめに調理して、保存性を高めているんですね。
こういう発想は歴史の長い我々でも、思いつきませんでしたよ」
「こういう層ごとに味付けを変えるのは、難しいんですかね?たとえば、白米の層に、味付けのある層を重ねていくとか」
「いえ。
マッピングに時間が掛からないので、それなら調理時間をかなり短縮出来るかと思います。
それにしても、このフリカケの味は素晴らしいですね!」
「ここの海は、くじらモドキ以外の海洋生物は、プランクトン位しか居ないんですものね」
「ええ。先日のちらし寿司は、参加メンバー全員が驚いていましたね。
この惑星の先人は我々よりも海産物を食べる機会が多かったので、DNAに味の記憶が残っているのかも知れません」
「でしたら、フードプロセッサーでも斬新な新しい料理を発表する余地がありますよね?
少しでも食に対する興味を喚起するような、メニューを提供できればキッカケの一つになるのかも」
「シン、今のセリフはこれからも協力して貰えるって事なのかい?」
突然ノーナが一同の後方から声を上げたので、シンを含めた参加者全員はかなりビックリしていた。
室内に居たのにその存在が感じられなかったのは、かなり高度な穏業なのであろう。
「……ええ」
「それと君が隠し持っていたこのフリカケだけど……他にも提出してない物があるんじゃないか?」
「チラシ寿司の在庫はもうありませんよ!
ノーナ、ご自分でオーダーしてないものを要求するのはどうかと思いますが?」
「シンの性格から言って、自分用のとっておきをまだ隠してるだろ?」
「何で亜空間収納の中を透視できるんですかね?
油断も隙も無いですよ」
シンはユウから譲って貰った鰻の佃煮を取り出すが、ノーナはまだ疑い深い表情をしている。
「まだ佃煮はあるだろう?蛤とか穴子とか?」
「なんで女王様はこんなに、僕の出身惑星の食文化に詳しいんでしょうかね」
秘蔵の佃煮をしぶしぶと取り出すシンは、苦笑を浮かべている。
「みんなシンが貴重な保存用の海産物を提供してくれたから、各自無駄にしないように味見すること!」
「「「はい。陛下!!」」」
「だが私としては、このフリカケの中に特に皆に紹介したい一品があるんだ!」
「???」
シンは、ノーナが大袈裟なジェスチャーで『選んだフリカケ』のパッケージを開けるのを、疑問符を浮かべた表情で見ている。
(確かに『そのフリカケ』は合うと思うけど、大袈裟じゃないかな?
エイミーもカツオが大好物だけど、此処の人達の味覚に合うかどうか分からないし)
試食用の重湯?のようなモノに、ノーナはフリカケを掛けるとスプーンで自ら味見をする。
身を震わせて試食するノーナの姿を見て、一同も恐る恐るスプーンで試食を始める。
「これはっ!」
「何か懐かしさを感じる味で、美味しいですね」
「もっと食べたい!」
シンは手許の『ねこまんまフリカケ』のパッケージを眺めながら、首を傾げるばかりなのであった。
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