012.Always Been You
今回は前後の繋がりの関係で、若干短くなっています。
翌日、宮殿の養畜場。
厨房に籠もって試作を繰り返していたシンだが、気分転換にモフモフ(仮称)達に会いに来ていた。
シンはここ数週間過酷な状況下でストレスを溜め込んでいたので、やはり癒やしを与えてくれるモフモフ達の誘惑には勝てなかったのであろう。もちろんシンは宮殿の中どこでもフリーパスの賓客であり、気まぐれな行動を咎められる事は無い。
シンは養畜場の入り口ゲートで亜空間収納からギターケースを取り出し、ラッチをパチンパチンと開けていく。
今までは遠出をするのにギターを持参するなど考えた事も無かったが、亜空間収納はサイズの制限無しで何でも持ち運びできる『魔法の袋』のような便利なツールなのである。
レイから譲り受けたヴィンテージギターはシンによって長い眠りから覚め、素晴らしい音色を響かせるようになっている。シンはレイからの、床の間に飾らずにしっかりと使うようにとの言付けを忠実に守っているのである。
飼育エリアに現れたシンをモフモフの集団が注目するが、前回最初にシンに近づいてきた個体以外は、遠巻きにシンを眺めるばかりである。シンが肩からぶら下げているアコースティックギターが何か分からないので、警戒しているのであろう。もしかしてギターが、彼らの大嫌いな『動物用バリカン』に見えているのかも知れない。
お馴染みになった『モフモフ一号(仮称)』の頭を時折撫でながら、シンはチューニングを行う。
手早く準備を終えたシンは地べたに胡座をかいて、静かにギターを爪弾き出す。
シンに特に懐いている『モフモフ一号(仮称)』は、シンの傍で膝を折って寄り添っている。
ボリュームを抑えたシンのバラードの歌声が響き渡ると、まず最初にじっと見ていた『モフモフ一号(仮称)』が静かに首を下ろして寝息を立て始める。同様にモフモフの集団は、瞳をうるませ大きなアクビを繰り返し、終いには寝落ちしている。先程まで喧しかった鳴き声がシンが弾き語りを始めたタイミングで静かになり、飼育員の面々も驚いた表情を浮かべている。
特に子守唄を歌っている訳では無いのだが、シンが演奏しているバラードは同じ様な導眠効果があるのだろう。モフモフ以外の小型動物も次第に大人しくなり、周囲はまるで日没後のような静けさになっている。
「ヒューマノイドの女子だけじゃなくて、動物すらあっという間に手懐けるのか。
さすがハーメルンと呼ばれるだけはあるな」
シンに隠れて様子を見ていたノーナは、感心したように呟いていたのであった。
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「もうちょっと鯨料理を勉強しておくんでしたね」
癒やしの休憩後に厨房に戻ってきたシンは、ノーナを相手に雑談をしている。
ちなみに彼女はシンが作った試作の『クジラカツもどき』をサクサクと頬張って、とても満足そうな表情である。シンが母星に到着して以来ノーナは彼が作った料理を頻繁に食べているので、シンの肩書が専任料理人に変わるのは時間の問題かも知れない。
「このカツなんか、文句無しに素晴らしい味だけどね。
牛カツほどしつこく無いし、ウースターソースとの相性が抜群だよね」
「これは人造肉っぽさが無いですけど、本物の肉なんですか?」
「うん。食べる人が殆ど居ないから、冷凍倉庫には在庫がだぶついているけどね。
そういえばキャスパーが送ってくれた鯨料理の資料が沢山あるけど、目を通してみる?」
「それは助かります。
もしかしてキャスパーさんは、鯨料理が好物なんですか?」
「調査の名目で、シブヤのクジラ専門店に入り浸っていたみたいだよ」
「なんであんなに有能な人が、嘱託職員としてテラに駐在してるんですかね?」
シンの彼女に対する印象は、あくまでもクールで有能な実務家というものである。
「それは言うまでも無いけど、ユウが居るからだろ」
「??」
ユウに対するキャスパーのデレた態度を見たことが無いので、シンとしては首を傾げてしまう。
「彼女にとってのユウ君は、君とキャスパーの間柄みたいなものだからさ。
切っても切れない精神的な結びつきが出来ちゃってるからね」
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「料理文化を復興させるのも、ハードルが高いですよね。
一般家庭には包丁とかの調理器具はあるんですか?」
くじらモドキ肉を使った魯肉飯の餡を調理しながら、シンとノーナの雑談は続いている。
食いしん坊の女王様は、シンの調理に頻繁に意見して味の調整役になっている。
「さすがにナイフとかはあると思うけど、加熱調理器具が無い家も多いだろうな」
彼女はレンゲを手に、シンが盛り付けている魯肉飯もどきを熱い視線で眺めている。
かなりの量の試食を繰り返しているのに、驚くべき食欲である。
「レシピがあっても、普及させるのは大変そうですよね」
「そうだな。
いきなり家庭で調理させるのは無理だから、段階を踏まないといけないとは思っているんだが」
完成した丼を頬張りながら、口調とは裏腹に彼女は実に満足そうな表情を浮かべている。
「一番利用されてるのは、フードプロセッサーなんですよね?
新メニューとかは、頻繁に発表されてるんですか?」
「ああ。君のレクチャーにも、複数の関係者が参加していただろう?
この惑星では新しい料理のネタが無いから、開発のヒントが欲しいんだろうな。
……おかわり!」
「僕の側から積極的に関与した方が、良くありません?
かなり謙虚な感想を言われてましたから、助力を拒否されたりしないと思いますけど」
シンは新しい器に盛り付けた魯肉飯もどきを、彼女に手渡す。
建前としては味見用なのだが、実際には有名牛丼店の特盛に近い分量があるだろう。
「いや相手側が、シンに拒絶されるのを恐れていたんだろうな。
私から話を持っていけば、シンを歓迎してくれるんじゃないかな」
彼女の嗜好に合った味付けなのだろうか、丼はすごい勢いで無くなっていく。
「僕も前回滞在時にはフードプロセッサーの食事をご馳走になりましたけど、もうちょっと本格的に食べてみたいですね」
「じゃぁセッティングするから、今度はシンが試食する側に回ってみようか」
再び丼を空にしたノーナは、まだまだ食べ足りないという表情を浮かべていたのであった。
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