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010.Where The Light Is

 レクチャー終了後。


「テュケ、お手伝い感謝です。

 それにしてもつきっきりで参加していたのは、僕の料理の虜になっちゃいました?」


「ああ、不思議に食べれば食べるほど憧憬というか、懐かしい思いが強くなるんだな」


 シンの発言は冗談半分だが、テュケの返答は真剣そのものである。


 彼女は雑談をしながらも、手慣れた様子で食器をてきぱきと片付けていく。

 食洗機はこの惑星にも存在するが、ある程度の予備洗いはやはり必要になるようだ。

 いずれにしても元女王にはあるまじき仕事だが、数年に渡る孤独な生活で彼女は家事全般が出来るようになったのであろう。加えてこの惑星でも職業の貴賤という概念が存在しないので、たとえノーナ自らが片付けを手伝っていたとしても誰も制止したりしないのである。


「基本的な調理方法も、あっという間に覚えましたしね」


「ただ……あのカツ丼という料理は別格だったな」


「へえっ。

 これも偶然なんでしょうけど、僕の母親もカツ丼が大好きだったらしいんです」


「……それじゃシンも、母君が作ってくれたカツ丼の思い出があるんだろう?」


「それがですね、母親は料理が下手では無かったんですが、僕や妹にカツ丼を作ってくれた思い出が無いんですよ」


「不思議だな。それじゃなんで大好きだったと知っているんだ?」


「母親は僕を生む前にニホンに長期滞在してたみたいなんですが、その時に撮影された記録フォトにカツ丼を食べ歩いてる姿が大量に写ってるんですよ」


「なるほど」


「食事をしているシーンは、殆どが老舗で有名な蕎麦屋なんです。

 それで母の知り合いに改めて聞いてみると、彼女の好きなニホン料理はカツ丼だったと断言されますし」


「へえっ、よほど好きだったんだろうな」


「母親が良く作ってくれたオムライスは、どうやらこの食べ歩きの最中にレパートリーに入ったみたいで」


「ああ、あの卵で包んだ料理も美味しかったな」


「母が食べ歩きしていた老舗の有名店は、ニホンに来たばかりの頃に僕も訪ねてみたんですけど。どの店も、カツ丼が特に美味しくて」


「それで自分でも作るようになったんだな」


「ええ。

 でもいくら工夫しても有名店の味にはまったく届かないんで、知り合いのニホン料理のエキスパートに相談したんですけど」


「それで今日のカツ丼が、遂に完成した訳だ」


「割下は無理を言って彼女に分けて貰ったんで、まだ完成した訳じゃないんですけどね。

 僕個人だけでは、この味を再現できませんでしたし」


「やっぱりシンの故郷を、訪ねてみたくなったよ。

 その知り合いは、シンよりも凄腕の料理人なんだろ?」


「僕の料理の師匠の娘さんで、実姉のような存在ですね」



                 ☆



 夜半、ノーナの私室。

 

 女王陛下の私室を夜半に訪問するというのはこの惑星でも非常識な行為だが、彼女直々の指示なのでシンは何の疑問も抱いていない。米帝の大統領(アンジー)と頻繁に同衾しているので、この辺りの感覚がズレているのかも知れない。


「シン、何で呼ばれたか分かるよね?」

 彼女はシンがお土産として持参したサザン・コンフォートを、オンザロックで飲んでいる。

 微かに感じる桃の風味が、どうやらお気に召したようである。


「ええ。提出した画像はもうご覧になりましたか?」


 シンは収納庫に隠し持っていた自家製のドライソーセージを、彼女に手渡す。

 ケーシングも本物の腸を使った、アイ直伝製法の逸品である。


「うん。君にはエイミーが付いているから滅多な事は起こさないとは思うけど。

 君のお仲間のマリーと同じに、能力が明らかになると戦術兵器指定は免れないかな」


 彼女は慣れた様子でそのままソーセージを丸かじりするが、想定外の強い香辛料の味に目を白黒させている。

 オンザロックで喉を潤すが、どうやら濃厚な豚肉の風味を気に入ったようで大きな塊がどんどんと無くなっていく。


「……はい」


「君が惑星衝突の危機を救った瞬間、君は救った相手から危険人物として認定される事になるからね。

 シン、同じものをお代わり!」


 シリアスな会話の中で、シンは苦笑いしながら2本目のドライソーセージを彼女に差し出したのであった。



                ☆



 翌日。


 シンのレクチャーは今日も続いていて、気の所為か参加者が増えているような気がする。

 その中でも場違いにも見える小柄な少女が、前日メンバー達と同じように熱心に聴講している。


 レクチャーが一段落した自由時間に、シンはどことなくエイミーと似た雰囲気の少女に声を掛ける。エイミーとの初対面で見たのと同じ光沢生地のワンピース姿の彼女は、シンが作ったオムライスの残りを一生懸命に頬張っている。

 

「君は外惑星の料理に、興味があるのかい?」


「ふぁい。エイミーが食べている料理を私も食べてみたくて」


「ああ、君はエイミーの友達なんだね。

 連絡を取り合ってるの?」


「いいえ。私の今の『位階』では、恒星間通信を行う許可は出ませんから。

 でも彼女が食べているイメージが、時々夢に現れるんです。

 このオムライスも、現物をしっかりと食べられて嬉しいです!」


「ああ、それはキャスパーさんが言ってたバステト同士の『共感覚』って奴だね。

 そうだ!エイミーが作ってくれたちらし寿司があるんだけど、食べてみる?」


 残っていた亜空間収納の中身はほぼノーナに供出しているが、自分用に持参した分は残っているのである。


「はいっ是非!」


 シンはお重を取り出し、彼女の前で一段目の蓋を開ける。


「うわぁ、まるで宝石箱のように綺麗な料理ですね」


 少女の上げた感想に興味を持ったのか、残っていたメンバーから私も食べたいという声が上がる。

 シンは試食用の皿を最初に彼女に手渡してから、次々と希望者に配っていく。

 この惑星では食材に関しては何の禁忌も存在しないので、生魚が大量に使われているにも関わらずシンは食材についての説明を省いている。


「エイミーの身に付けた調理技術は素晴らしくて、こういうニホン式の料理では僕はぜんぜん敵わないんだ」


「味付けされているご飯なんですね。

 入っている具材が、どれも違う味と食感です!」


「殆どが魚介類だけど、どれも細かい下拵えがされているからね。

 亜空間収納に入れてあったから出来たての状態だけど、普通の状態でも日持ちするように考えられているんだ」


「シンさんの母星では、海の生物もこんなにバラエティが富んだ種類があるんですね」

 初めて口にする食材ばかりだが、彼女は全く違和感を感じていないようだ。


「ああ、エイミーも初めて市場に行った時は、驚いたって言ってたよ」


「あの……エイミーは皆さんのお役に立ててますか?」

 ちらし寿司を頬張りながら、彼女は珍しく料理以外の質問をする。

 もちろん参加者は個人的な質問を禁じられている訳では無いので、シンは満面の笑顔で応える。


「うん、もちろん!

 惑星を統括するような立場の人にも、良く意見を求められるようになったからね」


「……羨ましいです」


「??」


「シンさんのような護士(ガーディアン)に巡り会えて、やり甲斐のある仕事をさせて貰えて」


「うん。彼女は多くの人に頼りにされているし、テラの生活も肌に合ってるみたいだね。

 ただエイミーを最も頼りにしてるのは、多分僕じゃないかな」


「ふふふっ、ノロケ話、ご馳走様です」


 味見以外にも大きな収穫があったのか、彼女は屈託の無い笑顔を見せてくれたのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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