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009.I Am Sure

 宮殿の厨房。


 シンを囲んだ数名が、(どんぶり)のような深皿とスプーンを手に料理の味を確認している。

 試食にしては分量が多いのは、参加者達の強い要望によるものである。


「お味はどうでしょうか?」

 寮のメンバーにも受けが良い魯肉飯(ルーローハン)は、本来香辛料の癖が強い屋台料理(ファストフード)である。

 事前にエイミーに確認し八角の分量を控えめにアレンジしているので、ニホンのカレーに近い味付けになっている。


『素晴らしい!』

『美味しいですっ!』

『あのっ……出来ればもっと食べたいんですけど?』


 スプーンを使って掻き込んでいたメンバーの中の数名が、シンに向かって恥ずかしそうに空の食器を差し出す。シンは微笑みを浮かべながら、お代わりを順番に盛り付けて差し出している。


 シンにとってはもっと食べたいというのは最高の褒め言葉であるし、エイミーがアレンジしてくれた五香粉(改)が、バステトの地元でも好評を博しているのは単純に嬉しい気持ちなのである。


「じゃぁまだ時間があるので、もう一品(どんぶり)メニューを作りましょうか」


 ノーナに強く依頼されていたのは、テラで日常的に食べられているメニューの伝授である。

 アイに師事するようになってから飛躍的に料理の腕を上げたシンは、もともと得意な中華料理以外にも膨大なレパートリーを持つようになった。

 さすがにアイ本人を講師として呼びつける訳にはいかないので、自前で此処まで到着出来るシンが講師としては最適なのであろう。

 シンとしてはぜひ助手としてエイミーに同行して欲しかったのであるが、彼女は故郷の惑星に戻るのを頑なに拒否していたのである。


 ちなみに参加者は宮殿の調理担当者が多いが、特に希望したノーナの知り合いも複数名参加している。


「前の料理と、ちょっと趣が違いますね?」


 シンがトンカツをラードで揚げているのを見て、参加者の一人が尋ねてくる。

 フライという調理方法は、この惑星では珍しいのだろう。


「大量に動物性の脂を使いますけど、この脂は続けて数回は使えますので無駄にはならないんですよ。

 まずはこのフライだけを食べてみて下さい」


 トンカツにざくざくっと包丁を入れながら、一同に揚げたてを試食するように促す。

 超科学で換気されたこの厨房ではラードの香りは不快では無いようで、横に添えたとんかつソースや粗塩を付けて一同はトンカツを頬張っている。


『この肉は……脂身に甘味を感じますね』

『こんな肉があったなんて、驚きです!』

『この外側の(コロモ)が、香ばしいですね』


 バステトの母星では忌避される食材など全く存在しないので、参加者は躊躇する事無くシンの料理を口にしている。


「前のメニューと同じ豚肉なんですが、これはトンカツ用に用意された別の品種なんです。

 コロモの歯ごたえと甘味を強く感じさせる風味を、気に入っていただけると嬉しいんですが」


「このままでも絶品な料理ですけど、これを更に料理するんですか?」


 シンが持参して来た親子鍋で卵とじをしている様子を見て、何人かは不思議な表情を浮かべている。


「折角のサクサクとした部分が、台無しになっちゃう……」


「知り合いから美味しい割下を頂戴したんで、ぜひカツ丼として味わっていただきたかったんです」

 複数の丼に完成させたカツ丼を、今度はさらに試食用の皿に(あたま)を崩さないように盛り付けていく。


『この煮込んだ汁が、コロモに染み込んでご飯にも浸透して……そういう事なんですね!』

『これは絶妙のバランスで、この汁の旨味が発揮されている料理なんだ!』


「この割り下という汁は、ここまで美味しく作るのに熟練の技術が必要なんです。

 テラの飲食店でも、このレベルのカツ丼は滅多に口に出来ないと思います」


「……」


「テュケ、どうしました?

 ああ、これを食べるのは初めてでしたね」


「……ああ、シンの作る料理はどれも懐かしさを感じていたが、これは別格だな。

 なんという料理なのかい?」


「これはカツ丼ですよ。

 あれれ、涙を流すほど美味しいですか?」


「うん。これは美味しい!

 なんで涙が止まらないのかは、良くわからないけど」


「???」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 シンを囲んだレクチャーは、味見を交えながら終わる気配が無い盛況ぶりである。

 試食した料理に関する質問だけでは無く調理全般に関する相談が多いのは、さすがノーナが選抜したメンバーである。


「2つの料理に共通した疑問なんですが。

 なんでシンが調理してくれた白米は、我々が調理した白米と味が違うんでしょうか?」


 すでにブランド米はこの惑星でも手に入るようで、宮殿の料理人が真剣な表情で訪ねてくる。

 どうやらマニュアルに従って調理した白米が、ノーナのお気に召さなかったのであろう。


「ここの水は、不純物が殆ど無い超軟水ですから、炊飯する時に注意が必要なのは火加減だけですね。

 吹きこぼれるのを気にしすぎたり、おコゲが出来ないように熱量を調整しすぎない事ですかね」


 宮殿にはテラから持ち込まれた炊飯器もあるが、必要な家庭用の電気設備を確保するのが大変なのである。

 したがって料理教室ではシンが持ち込んだ羽釜で炊いていたのであるが、やはり熱源が違うのでシンにとっても試行錯誤が必要なのであった。


「でも貴重な米を無駄にしたくないので、おコゲは作りたくないんですよ」


「その辺りに、基本的な認識の間違いがあるみたいですね」


「?」


 シンはあらかじめ作っておいたおコゲが入ったお握りを、説明無しに質問者に手渡す。

 訝しげな表情だった質問者は、お握りを頬張ると目を見開いてその美味しさに驚いているようだ。


「どうですか?

 美味しいお米から出来るおコゲは、ある種の贅沢品でもあるんですよ。

 適度なおコゲが出来ると白米に香ばしさが加わりますし、出汁醤油を加えてシンプルなお握りにしても香ばしさが素晴らしいでしょ?」


「これは……予想外の味ですね!

 未開惑星の料理だと思って侮っていましたけど、食文化に関しては到底敵わないのを理解しました。

 ノーナが勉強しなさいと我々に言ったのは、当然だと思えます!」


 参加しているメンバーは、ここで全員が大きく頷いたのであった。


お読みいただきありがとうございます。

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