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019.Cinnamon Girl

 Tokyoオフィス地下射撃場


 今日はベックの週一回の訓練に、ユウが付き合う日である。

 ユウの先輩であるケイからの個人的な依頼で始まった訓練だが、現在ではプロメテウス義勇軍への正式な業務依頼としてユウは仕事を請け負っている。

 雫谷学園の臨時講師でもあるユウにとって在校生であるベックに訓練を施すのは仕事の一環であると言えなくも無いが、彼女は義勇軍から任意除隊(DOR)扱いになっているので単位としてカウントされないのが残念な処である。


 入国管理局特別課に臨時職員として在籍しているベックは、空挺部隊出身のケイや海兵隊の隊員だったパピという歴戦のエリートに囲まれて強い劣等感に囚われている。

 本人の運動神経はメトセラの基準から言っても劣っている部分は全くないのだが、偶にしか使えないアサカ射場の訓練だけではいつまで経ってもハンドガンの腕前は上がらないだろう。 

 ユウ自身はハンドガンの訓練をやった経験は皆無だが、ベックにはとにかく弾数を消費させて経験を積ませるようにケイから依頼されているのである。


 今日はユウの誘いで、二ホン語の集中学習に来ているルーも同席している。

 彼女が居ることでベックは怪訝な表情を浮かべているが、手は休むことなくローダーを使ってマガジンに実弾を装填していく。

 プラスティック製のスピードローダーは簡素な作りであまり役に立つようには見えないが、千発を超えるような装填を繰り返す場合には指先の疲れをかなり軽減してくれるのである。


 ベックの横のレーンに並んでいるルーの目の前には備品であるKimberの1911が置いてあるが、射撃を始めたベックを横目で見るだけでルーは手に取るそぶりも見せない。


 ベックはここ数か月の撃ち込みの成果か、25ヤードならかなり小さなグルーピングを作れるようになっている。

 以前見られていたフリンチはここ数回の訓練では全く見られなくなっているし、据物撃ちはもうそろそろ卒業する時期だろう。

 マガジン数本を空にしたベックは、ターゲットを取り換えるとルーの鋭い目線を気にしながらもひたすら装填し撃つサイクルを繰り返している。


「ユウさん、この間のやつ練習させて貰って良いかな?」

 ベックがターゲットを付け替えているタイミングで、ルーがユウに聞いてくる。


「ああ、手許の赤ボタンでスタートするから宜しく」


 ルーはロードされていないKimberをベルトの内側に突っ込むと、マガジン数本とともに隣のレーンへ向かう。 

 頑丈な側壁で防御されている隣のレーンには、25ヤードの地点から横動きで稼働するターゲットがぶら下っている。

 ランダムに動くターゲットはフルオートのMP5用として設定されているので、ユウ以外のメンバーがこのレーンをハンドガンの訓練に使うことは滅多に無い。


 ルーはKimberにマガジンをロードすると、スライドを引いてチャンバーにセミワッドカッター弾を送り込む。

 磨き上げられたフィーディングランプを滑って、無骨な形の弾頭が何の抵抗もなくチャンバーに装填される。

 このKimberはユウも以前試射したことがあるが、フウによって細部まで完璧にチューニングされている特別仕様である。


「へえっ」

 ルーがローディングの滑らかさに小さく感嘆の声を上げながら、サムセフティを掛けてベルトの内側にハンドガンを無造作に突っ込む。

 一緒ににマガジンも3本ほどマガジンポーチのようにジーンズのポケットに無造作に差し込んだが、もちろんバンパーの方向は上を向いている。

 ユウと射撃を中断したベックは隣のレーンから移動してルーの様子を覗きこんでいるが、集中しているのか彼女は二人の目線を気にした様子も無い。


 両手を下ろした姿勢から、ルーはターゲットに正対し右手でスタートボタンを押し込む。

 ターゲットはモーターの巻き上げ音をやかましく立てながら、横方向にランダムに動き始める。

 プログラムされた動きでは無くあくまでも不規則なので、素早く動くターゲットの中心を目で捉え続けるのは難しい。


 ルーは脱力したような直立状態から、一瞬でハンドガンを抜き出すとツーハンドでターゲットに射撃を開始する。

 後ろから見ていると頭に装着している大きなイヤマフはほとんど動かず、上半身の動きも極わずかだが腰の回転でターゲットを狙い続けている様だ。


 ダブルタップを繰り返し、残弾が無くなったマガジンをスムースな動作で交換しルーは打ち続ける。

 はらりとマガジンが落ちた瞬間に、次のマガジンはすでにグリップの中に収まっている。まるでマガジンウエルが付いているような滑らかな動きだが、さすがにセミカスタムのKimberであってもそこまではチューニングされていない。

 手持ちのマガジンを撃ちつくしアンロードした銃を手放すと、ルーはターゲットを停止させガイドレールで手元に引き寄せる。

 レール上をワイヤーに引っ張られてターゲットがやってくるが、マンターゲットにはXポイントのど真ん中に小さなグルーピングが作られていた。


「やっぱり、ユウさんほどのグルーピングは作れないなぁ」


「いや、殆ど違いは無いよ。大したもんだ……」

 後ろから覗き込んだユウが、感嘆した口調で声を掛ける。


 HUDを使った詰め込み学習に煮詰まっていたルーを気分転換に連れ出したレンジで、ユウは彼女の身体に染み付いた銃器に対する習熟度を見抜いていた。

 ハンドガンに限らず火器を触る際には薬室を確認するのが常識だが、これを手に触れた瞬間に無意識に出来るのは扱いに熟練した者だけである。

 試しに50ヤードにぶら下がっていたマンターゲットを撃ってもらうと、無造作に10ポイントに命中させ当たり前のような表情をしている。

 これはハンドガンに限って言えば、フウと同程度の腕前を持っているという事になる。


 更に今撃っていた可動式のターゲットは、単純にリードを取っただけではかすりもしない特殊なものだ。

 的確な位置予測と並外れた第六感が無いと、これだけのグルーピングを作ることは絶対に不可能なのである。


 ユウは自分のようにズル?をしていない、ルーの射撃能力に心底関心していた。

 彼女は17才にして、ユウが幼少時に師事していたグランドマスター級シューターと同等の腕前があるのだから。


 ベックはルーの撃ったターゲットをちらりと見ると、ショックを受けた表情で唇をかみ締めて隣のレーンに戻っていく。


 ユウは自分の特殊な射撃能力については謙遜では無く大したものだと思っていないし、さらに生まれ持ったギフトのようなNBS能力のせいで射撃の教官としては不適格であるという自覚も持っている。ルーをベックの訓練する場所にわざわざ連れてきたのは、彼女が同世代であるベックに対しての刺激になれば良いという大雑把な狙いがあったからだ。

 

(詮索したくは無いけど、17才でこのハンドガンや格闘技の腕前っていうのは如何(どう)なんだろう……)

 運動能力がオリンピック選手すら凌駕するメトセラであっても、これだけの腕前を手に入れるには並大抵の経験では無理なのは明らかだ。


(今度一緒に飲んだ時にでも、さりげなく聞いてみようかな……)

 クリーニング用のウエスやブラシを持って、フィールドストリップしていくルーの手際を見ながらユウは考えていた。


「ユウさん、今日のお昼のメニューは?」

 年相応のあどけない少女の表情で、バレルにクリーニングロッドを通しながらルーが明るく声を上げた。



                 ☆



 ベックの訓練用ハードボールを使い切って、一同はリビングに向かう。

 ベックの全身には硝煙の匂いが染みついているが、無頓着な彼女は気にならないようである。


 昼食に関しては、今日はTokyoオフィスのカレーの日と重なっているので定番メニューのカツカレーである。

 カレーソースは前日に大量に仕込んでいるので、パン粉が付いた状態で冷蔵庫に入れてあったトンカツをユウはキッチンの業務用フライヤーで揚げていく。


 ルーがカフェテリアで初めてニホン式のカツカレーを目にした時にはかなり見かけに途惑いがあったようだが、現在ではマリーと連れ立って外でもカレーを食べ歩いているようだ。

 二人が同じ大皿に盛られた超大盛りカツカレーを食べていると、まるでフードファイターの決勝戦のような光景に見えてしまう。


「ルーは、カツカレーが気に入ってるみたいだね」


「うん。ニホンって食事がすごく美味しい!それに姉さんと食べ歩きしてても、口に合わない料理は全くないしね」


「それは当たり前。まずい店に連れていくわけはない」

 マリーがいつもの平坦な口調で応えるが、目は笑っているように見える。


「ははは、やっぱり?」



                 ☆



「ユウさん、昼間会った子だけど」

 リビングのソファでバーボンをちびちび舐めながら、ラップトップでテキストを入力しているユウの傍にルーが近づいてくる。

 夕方からもニホン語の集中学習を受けていた彼女は、今日もマリーの部屋に泊まって行くようだ。

 夕食後の短い空き時間を利用して今日もハワイベースに行っていたユウは、夜食にオワフ島のコンビニで買ってきたスパムむすびを食べている。


「ん、何かあった?」

 新しいグラスにロックアイスを落として、黒いラヴェルで白文字のバーボンを少量注ぎながらユウが応える。


「あの子従軍経験が無いでしょ?なんか危なっかしいね」

 グラスを受け取りながら、ルーの目線はコンビニ袋の方に向いている。

 ハワイに行った事がないので、スパムむすびが珍しいのだろうか。


「プロメテウス義勇軍に在籍してたんだけど、ドロップアウトしてね。

 今は入国管理局の実働隊に預かってもらってるんだ」

 

 バーボンを口に含んだルーが、その強烈な風味に顔を顰める。

 ユウは苦笑いしながら、横に置いてあったソーダをルーのグラスの中に注いでいく。

 ハワイベースの倉庫にはホコリをかぶった年代物のバーボンが大量にデッドストックされているが、ランダムに持ち帰ると濃厚な味のものに遭遇する場合も多い。


「ただし実働隊のメンバーは人手不足なんで、訓練はこっちで請け負ってるんだ」


 話を聞きながらスパムむすびを頬張ったルーは、空腹だったのかあっという間に食べ終えて袋にまた手を延ばす。


「ルーみたいに年齢に見合わない技量があるメンバーは、メトセラでもそうは居ないと思うよ。

 銃や体術はどこで身に着けたの?」


「……ロシアとか、いろんな場所で。

 ねぇこれって、肉饅(ニクマン)なの?」

 ルーが重い口を開くが、気まずい雰囲気を誤魔化すように食べ物のコメントを付け加える。


「ハワイだとマナプアって言うらしいよ。ちょっと味付けがハワイ風かな」


「……」


「プロメテウスやCongohは、ロシアと関係が悪くないからそんなに気にしなくて大丈夫だよ。

 レイさんも、頻繁にロシアに出張してるし」


「そうなの?」

 意外そうな表情でルーが呟く。


「Congohの取引相手は共産圏の国も多いし、陣営に関係なく世界中と取引があるから。

 ロシア語が出来るメンバーは少ないから、ルーが喋れるなら重宝するかもね」


「хороший!」


「でもパイロット試験の筆記は米帝語だから、そっちも頑張らないとね」

 ユウは笑顔で一言、付け加えるのを忘れてはいなかったのである。

お読みいただきありがとうございます。

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