001.Come On
シンひさびさの登場です。
「あれれっ?」
長距離ジャンプを終了したシンは、見慣れない周囲の光景に驚いていた。
バステト母星の宮殿広間にジャンプした筈が、どうやら違う座標に到着してしまったようである。
ただし目の前に点在する不思議な建築物には窓ガラスやドアらしきモノが付いているので、シンはほんの少しだけ安堵していた。
(呼吸が普通に出来てドアノブや窓がある建物があるなら、此処には人間が居る筈。それにしてもアンキレーが誤作動するなんて、全くの想定外だな)
アンキレーには、宇宙空間でも装着者が活動出来る強力な保護機能がある。
保護バリアが起動していないという事は、大気組成や放射能濃度を含めて問題無い環境であると言えるだろう。また視界の隅に表示されているのはこの惑星の絶対座標と思われるが、本来の目的地であるバステトの母星の座標も選択可能なので単純な誤作動が起きたのでは無いかも知れない。
(今回に関しては食料は豊富に持ってるから、再ジャンプが可能になる2週間ほど生き延びれば何とかなると思うけど。でも原住民の姿が見えないのが、不安だなぁ)
過酷な経験を積み重ねているシンはサバイバル技術も高いので、こういった極限状況でもパニックを起こさずあくまでも冷静である。また現状では捕食しようとする野生動物や敵対してくる人間の姿が無いので、緊迫感も全く感じていないのであろう。
シンが現在装着している身分証明を兼ねているブレスレットには、ノーナによって亜空間収納の機能が付与されている。シンプルな装飾の腕輪に、そんな機能があるとはどう見ても想像出来ないのであるが、今回は指定された食材を大量に収納しているのが不幸中の幸いと言えるだろう。
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シンは昔見たSF映画のあるシーンを思い出しながら、重力制御で飛翔し一気に高度を上げる。
俯瞰で地上を見てみると植物が生い茂っている都市部は徐々に侵食されて緑が濃くなっていて、コンクリート?に似た素材で作られた高層建築物は耐用年数を超過した?順で崩壊が始まっているようだ。
(普通のコンクリートが崩壊するのって、何年位だっけ?
環境に配慮して自然崩壊するように出来ていても、人が居なくなってから数十年レヴェルで時間が経過しているのかも知れないな)
有効になっている動態探知に何も検知されない様子を見るにつけ、シンは徐々に背筋が寒くなってきた。これでは先程思い出した吸血鬼化した人類しか存在しない、SF映画の光景そのものだからである。
(もし太陽光が当たらない場所に潜んでいても、動態探知に引っかからない事はあり得ないでしょ。事情があって放棄された惑星……それしか考えられないかな)
以前中華連邦の旧領土を探索したのを思い起こさせるが、すくなくとも残留放射能はここでは検知されない。核戦争や重篤な核汚染で惑星が放棄されたのなら、それなりの形跡がある筈であろう。
(中華連邦でも放射能に強いペットが地表で餓死してたから、小動物すら居ないのは生き延びるだけの餌が無いからかも知れないな)
自問自答を繰り返すシンだが、大量に建造されている滑走路のようなモノが場違いというか異様に目に映る。工場設備のような大型ハンガーと、傾斜角を付けた長大な滑走路が地表には無数に建造されていたのである。
(こういうのはSFだとマス・ドライバーって言うんだろうな。
ヒューマノイドが命運を賭けて夜逃げする状況って、やっぱり天体衝突を予期したのかな)
さすがにアンキレーであっても、隕石の接近は分析出来ないだろうとシンは考えていた。実はその程度の機能拡張はシン次第で実装可能なのであるが、現時点で判明している惑星の絶対座標のみでは得られる情報は少ないであろう。
(一日の長さが分からないけど、とりあえず拠点にする建物を見つけないと。
もしかしたら、都市機能が生きている場所があるかも知れないし)
身体に染み付いたサバイバル技術を頼りに、シンは飛翔を繰り返し探索を続けていくのであった。
☆
高高度からスペクトラム分析を行うと、地表で人工光源が点灯されている場所が無数に見つかった。
その殆どがソーラー街路灯であるのは想像できるので、特に密度が高い部分のみをピックアップすると輝度が突出しているエリアが一箇所だけ見つかった。
降下してそのエリアを俯瞰して見ると、シンが記憶していたN●SAの閉鎖環境テスト施設ととても似ているような気がする。
ただし継ぎ目が無い透明な素材のドームは、N●SAの技術力をもってしても再現は不可能であろう。
(もしかしたら、放棄された施設が生きてるだけかも知れないけど。
電力?が今でも継続して供給されてるなら、拠点にするには他に選択肢は無いよね)
巨大なドームに設けられた出入口に生体認証のパネルはあるが、シンが手をかざしただけでドアのロックが即座に解除される。
(セキュリティは、掛かってない?
まぁ生物が居ない惑星ならば、意味は無いだろうけど)
慌ただしく設備を運び出したらしい室内であるが、予想通り調理設備は丸ごと残されていた。
電磁調理器のような外見の機器は、動作ランプが点灯し正常に動作するようである。
(電磁調理器?じゃないよなぁ……これはどういう原理で熱が出てるんだろう?)
フライパン?や包丁に似た調理器具を物色すると、これらは全く手付かずで持ち出そうとした形跡も無い。
冷蔵庫?のような保管庫の内部は空であるが、調味料の類はかなりの種類が残されている。
熱心にキッチン?の内部を物色していたシンは、ここで漸くアンキレーの動態探知が反応しているのに気がついた。どうやらシンが侵入した出入口から、中を伺っている誰かが居るようである。壁を透過する赤外線画像を参照すると、体温がある人影がはっきりと映っている。
「サイズと温度から判別すると、やっぱりヒューマノイドかな。
いきなり攻撃されると困るから、気を付けてないと」
ここでシンは気配を消すどころか、存在を示すようにニホン語を聞こえるように口にしている。
今のシンに不意打ちを掛けるのは、不可能に近い。
格闘技の立ち会いなら兎も角、彼が装着しているアンキレーは如何なる攻撃であってもこれを防御し無効化する。たとえこの瞬間に戦術核が起爆したとしても、シンはかすり傷一つ負わないのが確実なのである。
「何だよ、ぜんぜん近寄って来ないじゃない?
相手も様子見してるのかな……よしっ!」
シンは収納している食材から、1ポンドにシュリンクされたニホン産の牛肉を取り出す。
「うなぎ屋は煙を食わせるってね!」
シュリンクのビニールを取り除くと、分厚いフィレ肉をステーキサイズにカットする。
これも収納していた岩塩と黒胡椒を振りかけて、フライパンらしきものを調理器で加熱する。
牛肉の塊から取り除いた脂身をフライパンにすり込むと、白い煙が出始めたフライパンに肉を優しく押し付ける。温度調節のスライダーを動かして、適温に調整を繰り返す。
ターナー替わりに大きなフォークらしきモノを使って、肉をひっくり返したシンは調理器の発熱を抑えるが、肉汁が弾けるフライパンからは香ばしい肉が焼ける匂いが周囲に漂っている。
「どうだ!この匂いに耐えられるかな!」
シンの周囲に居る異星出身であるヒューマノイド達は、細かな差異はあれど味覚はそんなに違わない。この香ばしい肉の焼ける匂いに、反応せずに我慢できるとは到底思えない。
シンは厨房に合った小さなナイフで肉を切り分けて、口に運ぶ。
ジャンプで到着して以来何も口にしていなかったので、調理技法を駆使していないステーキでも実に美味しく感じる。
「ん〜まいっ!」
「XXXX XXXX!」
背後からようやく掛けられた声は、シンが聞き馴染みがある『特殊な言語』のようだ。
ここでシンは両手を上げたまま、ゆっくりと振り向いたのであった。
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