027.Living Hope
夕食後のリビング。
幼女?にも関わらず夜に強いミーファは、ノエルと引き続きリビングで雑談をしていた。
もちろん雑談だけなら同居している個室でも可能なのだが、リビングに留まる別の理由が存在しているのである。
「ミーファもビール好きなんだね」
「うん。びーるだいすき!」
シンと同じパイントグラスに並々とビールを注いだミーファは、紅葉の様な両手を使いグラスを持っている。Tokyoオフィスのビールサーバーは黒生ビールでかなり味が強いタイプなのだが、幼児が嫌う苦味など物ともせずにミーファは冷たいビールを飲み続けている。
「二人して、アル中街道まっしぐらかな」
「だいじょぶ。めとせらはあるこーるたいせいがたかいから、かんたんにはちゅうどくにはならない」
彼女は遺伝子記憶で引き継いだ?医療知識を披露するが、過去のいきさつを知らない人間から見ると耳を疑う発言であろう。
ちなみにTokyoオフィスはプロメテウス大使館内にあるので、ニホンの『未成年飲酒禁止法』は適用されない。つまり飲酒の年齢制限が無いプロメテウスでは、ビールを嗜んでも何ら問題にはならないのである。
「ニホン語でも、難しい単語が使えるようになってきたね。
もしかしたら記憶も蘇って来たのかな?」
「うん!ぼちぼち。
まず……こんどのじんせいはしっぱいしないで、よりよくいきていきたい」
「???」
「のえるは、わたしといっしょにいてたのしい?
めいわくじゃない?」
ミーファは尋ねながら、瞬きもせずにノエルと視線を合わせている。
「かあさんは死んじゃったし、僕には今家族が居ないからね。
ミーファが一緒に居てくれると、僕も嬉しいよ」
「うん。それならずっといっしょにいて、まもってあげる!」
☆
夜半のリビング。
ようやく寝付いたミーファを部屋に残して、ノエルはコミュニケーター経由でナナと通話をしている。
普段はコミュニケーターの音声通話を頑なに拒否しているナナだが、相手がノエルの場合は例外になるようだ。
「ナナさん、ミーファがやたらとビールを飲みたがるんですけど。
身体への負担はどうなんでしょうか?」
「ああ、彼女はピートと同じように『改良』されてるみたいだから、大丈夫じゃない」
「改良ですか?」
「つまり食べ物に関しては、何を食べても大丈夫。
アルコールの酩酊効果も、若干リラックスするくらいで殆ど無いってこと」
「そういえば、パイントグラスで飲んでいてもほとんど顔色が変わってませんでしたよね」
「ただ、外で飲む場合には気をつけてね。
お節介な人が、幼児虐待で警察に通報すると厄介だからね」
「了解です」
「普通の幼児がビールの苦味を嫌がるのはヒューマノイドとしての基本的な防衛機能だけど、彼女の味覚は成人と同じでしかも毒物に対する耐性がとても高いから」
「それと……
ナナさん、引き続いて真面目な話を聞いて貰って良いですか?」
「ええっ、若くして悟りを開いてるノエル君から人生相談?」
「いいえ。僕じゃなくて、ミーファが呟いていた言葉が気になって。
『こんどのじんせいはしっぱいしないで、よりよくいきていきたい』って
どういう意味でしょうか?」
「彼女がそう言ったの?
……なるほど」
「?」
「それは言葉通りの意味だね。
まさか遺伝子記憶に、私の思いがそんなに強く焼き付けられていたのは驚きだけど」
「失敗って、どういう意味なんですか?」
「う〜ん、そのままの意味だよ。
流石に私の口からは、恥ずかしくて説明出来ないけどね」
「??」
「私はメトセラのコミューンでは、昔から浮いてる存在だからね。
人付き合いも含めて、もう少し波風立てないでやっていきたいという事なんじゃないかな」
「……なるほど」
「小さい私は、相棒としてもとっても役に立つと思うよ。
エイミーみたいに未来を予測するのは無理だとしても、君との相性は抜群だと思うけどね」
「そういうのを『手前味噌』っていうんじゃないですか?」
「ははは。違いない」
☆
翌早朝。
「うわぁ、何か朝からすごいな!」
リビングに顔を出したノエルは、テーブル狭しと並べられているハンバーガーを見て驚いている。
ミーファは無言でドリンクサーバーに向かうと、彼女のモーニングドリンクであるドクター●ッパーをグラスに注いでいる。Tokyoオフィスではドクター●ッパーが何気に人気があるのは、ここだけの話である。
「もしかしてノエル君は、ハンバーガーが苦手なのかな?」
「いいえ、とんでもない!
大好物ですけど、ユウさんでもこれだけの量を作るのは大変だったんじゃないですか?」
自分用のコーヒーをカプセルマシンでドリップしながら、ノエルはユウに応える。
「ううん、Tokyoオフィスのハンバーガー担当はマリーだから。
朝食の分は、付け合せのフレンチフライ以外は作ってないよ」
「ええっ!これって全部マリーさんが一人で作ったんですか?」
「えっへん!見直した?」
自分の能力を決してひけらかさない彼女としては、珍しい一言である。
「料理出来たんですね。
食べる専門だと思ってました」
「でも作れるのは、ハンバーガーだけだよ!」
「ここにあるハンバーガーは全部マリーのオリジナル・レシピなんだよ。
ラッピングペーパーは一種類だけど、中身は全部同じじゃないから」
「何が入ってるのかは、開けてみてのお楽しみ!」
「美味しい!」
ミーファが手に取ったバーガーは、パティが2枚挟まれたダブルバーガーである。
オニオンとピクルスが一緒に挟まれているが、味付けはシンプルに一種類のソースだけのようだ。
「シンプルなハンバーガーだけど、ソースがやたらと美味しいですね。
ケチャップと違って、ちょっとスパイシーで複雑な味がします」
「バンズも美味しい!」
「このフィッシュバーガーも、白身魚がやたらと美味しいなぁ」
朝食の席に現れたゾーイも、頬張りながらも感心しきりである。
「パティの原価が高いですから、売り物にするのは無理ですけどね」
スケトウダラを使ったフィッシュパティは外販されていないので、ユウが調理したフライなのであろう。
「うわぁ、朝からとっても満足!」
ミーファはフレンチフライを摘みながら、ラッピングされたハンバーガーを続けざまに頬張っている。
少食なノエルと違って、彼女の食欲はまるで隣で食べているマリーと遜色無く見える。
「ほらミーファ、学園寮に立ち寄るからすぐに出るよ」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
学園寮でマイラ、エイミーと合流し、現在一行は徒歩で登校中。
「ええっ、Tokyoオフィスの朝食はハンバーガーだったの?
教えてくれたら、こっちが訪ねて行ったのに!」
「マイラ、朝食の用意をしてくれてるエイミーが気を悪くするよ」
「ああっ、そんなつもりじゃないんだけど……ごめんなさい!」
一緒に登校しているエイミーは、笑顔で気にしていないと首を振っている。
「マイラ、はいっ」
ミーファは、ショルダーバックからハンバーガーの包みを無造作に取り出す。
こういう豪快というか大雑把な行動は、やはりナナの遺伝子から引き継いだのかも知れない。
「うわっ、鞄に直に入れてたんだ!」
「今度、マリーさんから教わって寮でも出せたら良いですね。
電気グリドルは寮のキッチンにもありますから」
「パティは冷凍だけど、バンズは近所のブーランジェリーの特注だって言ってたね」
ユウから聞き及んだ情報を、ノエルはここで披露する。
「そのパティは北米産で、米帝の田舎にある小さなメーカーが作ってるらしいですよ」
エイミーは料理においてもユウの直弟子なので、ノエルよりも詳細な情報を知っていたようだ。
「ビック●ックやシェイク●ャックみたいなマヨネーズ系じゃなくて、トマト系のソースなんだ!」
あまりお行儀が良いとは言えないが、歩きながらハンバーガーを齧っているマイラが声を上げる。
「へえっ、マイラは味が分かってるね」
横で見ていたノエルは、感心しきりである。
彼もハンバーガーは好きだが、フランスでは●クドナルドすらメジャーでは無いのでソースの特徴など全く理解していないのである。
「うん。シンと一緒に食べ歩きする事も多いし、ユウやエイミーに料理を習ってるから。
でも朝食もしっかり食べたのに、またお腹が空いてきちゃった!」
ハンバーガーを口にした事で胃が刺激されたのだろう、マイラの発言に一同は笑顔を浮かべていたのであった。
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