025.Any Other Way
引き続きTokyoオフィスのリビング。
ユウが追加で焼いたピッザは数枚余ってしまったが、それらは近々の夜食になるので問題は無い。
Tokyoオフィスでは料理や食材を廃棄するのは恥ずべき行為とされているので、規模の大きな事業所にも関わらずゴミ処理業者と契約せずに済んでいるのである。
食後のエスプレッソを飲みながら、ユウとゾーイの会話は続く。
「ハワイへの同行は、どうしましょうか?」
「教育プログラム担当のアンとも相談する必要があるが、情緒面でも今ノエルと引き剥がすのは良くないんじゃないか。今回はマイラも居る事だし、一緒に連れて行った方が無難だろう」
ゾーイがTokyoオフィスに来ているのはノエルの教育の為であるが、不測の事態に遭遇しても判断を躊躇う事は無い。勿論フウが居たとしても、同じ結論になるのは明らかなのであるが。
リビングの一角では、カーペットの上に立派な脚付きの将棋盤を囲んで、マイラとミーファが向き合っている。さすがに座布団で正座する習慣は無いので、二人ともクッションを使って膝を中途半端に立てた胡座の姿勢を取っている。
「なんで将棋なんですかね?
チェスとか、碁でも良さそうなんですけど」
「今、世間でブームが起きてるだろ?
あのオリエンタルな感じが、マイラの琴線に触れたんだろうな」
マイラは日頃の天真爛漫な笑顔を見せる事無く、口を噤んで長考している。
ミーファはそのマイラを時折上目遣いでチラ見しながらも、盤上を見る表情は真剣そのものである。
「ミーファはルールを分かってるみたいですね。
ところで、ナナさんって将棋出来ましたっけ?」
ユウはニホンの居住歴も長いので、将棋に関する一通りの知識も持っているようだ。
「将棋はどうか分からないが、チャトランガというインドのチェスみたいなゲームは強かったらしいぞ。
ナナは勝負事になると、誰にも負けたくないタイプだったからな」
「それにしても、プロが使うような立派な将棋盤ですよね。
無垢の木で出来たのは、非常に高価だと聞いていますけど?」
「あれはレイの楽器用に保管してた木材と、バーターで手に入れたと聞いてる。
此処だけの話だが、買うと数百万円クラスの逸品らしいぞ」
「うわっ、確かに木目に節も無くて厚みも凄いですよね」
ちなみに対局の方は、一進一退でなかなか決着しないようである。
稚拙な勝負運びなのだろうが、将棋盤が立派なので対局自体が立派に見えてしまうのが不思議である。
☆
夜半のTokyoオフィス。
「アン、あの子を避けてるんだって?」
マイラを寮に送り届けたユウは、リビングの大テーブルでリラックスしているアンに話し掛ける。
残り物のピッザを嬉々として平らげたアンは、食後のデザート?を嗜んでいる。
彼女は研究の為に頻繁にお菓子を持ち帰るので、テーブルの上には沢山の新製品が並んでいる。
「ノエル君みたいに直系じゃなければ、可愛げがあるし問題無いんだけど。
さすがにあの母親と『全く同じ人間』が相手だとね」
ユウが見たことが無いチョコレート系のお菓子が並んでいるが、パッケージがやたらと渋いのは無●良品の新製品なのであろう。アーモンドチョコレートのようなサイズのお菓子を拝借したユウは、中身が予想外であるイチゴ味だったので驚いた表情をしている。
「それは違うでしょ?
だってあの年齢のナナさんは、記憶を引き継いでいてもアンの事は知らない筈だもの」
「ノエル君みたいに、妹として接する事が出来れば楽なんだろうけど……」
ここでノエルと一緒に寝ている部屋から抜け出して来たミーファが、何故かアンの方へ真っ直ぐに歩いてくる。
「Grande Soeur?
Je veux avoir une pisse!」
「アン、顔が緩んでるよ!」
意識的に避けていても、頼られると無碍に出来ないのは彼女の善良な性格なのであろうか。
さらに寝ぼけている幼女のミーファは、保護欲を感じさせるあどけない表情をしているのである。
「もう、ユウまで……勘弁してよ」
立ち上がってトイレに向かう二人は、いつの間にかしっかりと手を繋いでいたのであった。
☆
翌日の雫谷学園校長室。
「ほおっ、これは。
タイムマシンが遂に実用化されたのかな?」
「……校長は、もしかして幼少期のナナさんを知ってるんですか?」
ミーファを案内して来たノエルは、先日校長と面談したばかりである。
「勿論!
まぁ話は聞いてるから、細かい説明は不要だよ。
それで彼女の保護者は、とりあえず近親者のノエル君と言う事で良いのかな?」
「はい。
登下校や授業科目は、マイラと一緒になる予定です」
「IQ検査だと、オーバー200の数値が出てるからねぇ。
いまさらハイスクールレベルの授業が必要だとは思えないけど」
「それって、この惑星だと超天才って言われるレヴェルですよね?」
「Congohの研究者のレヴェルは、かなり高いからね。
ノエル君はまだ知らないと思うけど、研究所で白衣を着てる人を見たら要注意だよ」
「それって、ナナさんの事ですか?
僕は大変良くして貰ってるので、それには同意できませんけど」
「おおっ、噂は事実だったんだ!
ノエル君は、ナナに可愛がられてるって本当だったんだね」
「……」
「コミュニケーターは既に渡してあるんだろ?」
「はい。迷子になった場合も想定しているので」
「ご本家は、幼少時からとんでも無いことをするので有名だったからな。
悪戯好きというレベルでは片付けられない惨事が、何度も起きてたし」
「……でも実の娘のアンさんは、実に真面目で堅実な方ですよね?」
「そりゃ、典型的な反面教師だからな。
かなり小さい頃に、育児放棄されてるし」
「……」
⁎⁎⁎⁎⁎⁎
学園のカフェテリア。
現在日中の調理を担当するシェフは、Congohの各拠点を転々として来たヴェテランである。
彼女は若々しい見栄えと違って世界中の料理に精通しているので、ここ最近のカフェテリアはよりバラエティに富んだ料理になっているようだ。
「この炊き込みご飯は、見たことがないね」
セルフサービスになっているジャーに入っているライスを、てんこ盛りにしながらマイラが言う。
彼女は成長期なので、食欲が実に旺盛なのである。
「ああ、スパイシーでカブサみたいな味付けだね。
ミーファの口に合うかな?」
ノエルが盛り付けてくれたミーファ用のランチプレートは、ノエルの盛りとほぼ同じ分量がある。
ちなみに二人よりは少食なノエルの皿は、年少組二人の半分のボリュームも無いのであるが。
「Oishii!」
スプーンとフォークを器用に使い分けているミーファは、徐々に現地語であるニホン語を話すようになっている。ソフトドリンクをドリンクバーでお代わりしている彼女は、何故かパイントグラスにビールを並々と注いでいる。
「あっ、それは駄目だって!」
「ねぇノエル、それって美味しいの?」
「もう、マイラまでそんな事を言わないで!」
「Oishii!」
泡の層が出来たビールを、幼女であるミーファはぐいっと傾ける。
もしかしたら遺伝子記憶で食べ物の嗜好も、伝えられているのだろうか?
「どれどれ、うわぁ苦いじゃない!」
「もう……ミーファ、それ一杯だけだよ!
お代わりすると、校長先生に怒られちゃうからね」
静かな声で注意するノエルだが、実は自分もTokyoオフィスでは頻繁にビールを嗜んでいるので強い事は言えないようだ。
食堂に居る教職員は、ビールを美味しそうに飲んでいるミーファをしっかりと目撃しているが誰も気にしていないようである。
「お・い・し・い!」
泡を上唇に付けたミーファは、はっきりとしたニホン語で味を表現したのであった。
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