024.Learning to Be Found
昼食時のリビング。
ゾーイが焼いてくれた大量のピッザを、ミーファはマリーと競うように頬張っている。
ちなみにCongohではピッザはカットされずに配膳されるのが当たり前なのであるが、ミーファは紅葉の様な小さな手でフォークとナイフを器用に使っている。
司令官と兼業のピッザ職人であるゾーイはTokyoオフィスのピッザ釜を初めて使ったのであるが、二人の食べっぷりを見るまでも無く出来栄えには満足しているようである。
「さて、お次はニホン語の習得かな。
まぁナナの遺伝子記憶を保持しているなら、学習というよりも思い出すという作業だと思うが」
「ああ、確かに。
僕が話すニホン語も、なんとなく理解しているようですし」
普段は少食では無いノエルだが、ピッザ2枚を早々に食べ終えて食後のコーヒーをゆっくりと味わっている。
焼き上がったピッザはテーブルの上を覆い尽くすような枚数がまだ残っているが、マリーが居る限り余ってしまう事は無いだろう。
「でもこの惑星の技術では、遺伝子記憶?っていうのを再現出来ていませんよね?」
食事を終えたのを察知してノエルの膝上に飛び乗ってきたピートは、テーブルの端にちょこんと顎を載せてミーファをじっと見ている。育ての親の一人であるナナと同じ匂いがする彼女に対して、どう接すれば良いのかを考えているのかも知れない。
「ああ。
でも我々の目の前には、現実的に記憶を再現できている『サンプル』が居るからな」
「ミャウ?」
ピートは、視線が一斉に自分の方に向いたので、怪訝な表情をしている。
「ピートはユウが子猫の時に拾ってくれた記憶も、持っているんだろう?」
「ええ、たぶん。
彼女に直接聞けないのが、残念ですが」
ユウは数枚目の空き皿を積み上げて、旺盛な食欲で食べ続けている。
ユウ自身が作るピッザならばニホンの食材を追加するのだろうが、シンプルなマルゲリータも言うまでも無く彼女の大好物である。
ここでリビングに、下校途中に寄り道したマイラとタルサが手を繋いで入ってくる。
「ユウさん、ピッザを食べに来たよ!」
「こんにちは、お邪魔します」
「ああ、いらっしゃい。二人とも手を洗ったら空いている席に座っていてくれる?」
ユウは食べかけのピッザを急いで頬張ると、席を立ち上がる。
厨房担当として、追加でピッザを焼くつもりなのだろう。
「生地はまだ余裕があるけど、トマトソースの在庫が心許ないかも」
全てのピッザを一人で焼き上げたゾーイは、材料の不足が気になってユウと一緒に席から立ち上がろうとする。
「今度は自分が焼きますから、ゾーイさんはそのままゆっくりと休んでいて下さい。
二人ともとりあえず、出てる分から食べちゃっててくれる?」
ユウは二人分のパイント・グラスとカトラリーを手渡すと、厨房に入っていく。
「マリー姐、今日も凄い食べてるね!」
マイラの一言にマリーはサムアップで応えるが、ピッザを口に入れたままなので頬がリスのように膨らんでいる。ゾーイが調理した本場ミラノ風のピッザを、彼女はとても気に入っているのだろう。
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数分後、ワゴンに大量のピッザを載せてユウがリビングに戻ってくる。
厨房にあるのは高温調理が可能なピッザ釜なので、焼き上がりまでの時間もかなり短いのであろう。
「おおっ、今度はユウらしい和風ピッザだな」
「ニホンでは『照り焼きチキン』は、とっても人気があるんですよ」
ユウはテーブルの空いたスペースに、どんどんと皿を並べていく。
定番のマルゲリータに飽き始めたマリーは、『味変』をしたいタイミングだったのか『照り焼きチキン』に真っ先に手を伸ばしている。
「こっちは、何か馴染みのある香りがするよ!」
「これはシン君から分けて貰った、魯肉飯の餡を使ってるんだ」
「へえっ、和風を通り越して中華風のピッザなんだな」
「シンは、『台湾風のねぎ焼き』を作ってくれたけど、それよりもボリュームがある!」
好き嫌いが全く無いマイラは、シンの作ったものならジャンルを問わず好きなのである。
「長ネギとピッザの組み合わせも、思ったより違和感が無いでしょ?
シン君に味見して貰えないのが、残念だけどね」
自分の真横に着席したマイラを、横目でチラチラと見ながらミーファは何か言いたそうである。
「Enchantee.
Je m’appelle maira!」
強い目線を感じたマイラがフランス語で自己紹介を行うと、ミーファはたどたどしい口調で応える。
「Unn Yoroshiku!
Watashi wa Mifa!」
「ああ、ニホン語も出来るんだ!
ねぇ、ミーファはノエルの妹なの?」
マイラはノエルに向き直って、直球の質問をする。
「……妹、うんそれが一番近いかな。
良く分かったね?」
「だって、ノエルと似た匂いがするもの。
それにミーファはノエルを見る時だけ、とっても安心した顔をしてるよ」
ここでユウが、更に追加のピッザをテーブルに運んでくる。
「はい。これはマイラ・スペシャルね!」
和風ピッザよりさらに変わった具材が並んでいるのを、ゾーイは怪訝な表情で見ている。
「うわぁ、私が大好きなお握りの具材が沢山載ってる!」
「おいっユウ、これは幾ら何でもやりすぎじゃないか?」
塩辛やしらす、牛肉の佃煮や高菜が散りばめられたピッザは、ニホンのデリバリー・チェーンでも、絶対に使っていない具材がてんこ盛りである。
「ははは。
カーメリで出したら、隊員の皆さんに怒られそうですよね。
でも味のバランスについては自信がありますから、騙されたと思って食べてみて下さい」
「へえっ、塩辛はアンチョビと比べても違和感が無いな。
こいつはトマトソースと相性が良い具材だけを、選んだという訳か」
「高菜はバジルの代わりに使いましたけど、シソの葉よりは癖が無いと思いますよ」
「ああ、この出来栄えならカーメリの連中でも違和感が無いかもな。
少なくとも『照り焼きチキン』と同程度には、受け入れられるだろう」
「Oishii!」
ミーファは会話を理解できていないが、口にした和風ピッザについては気に入ったようである。
「でしょ?」
マイラは賛同の声を聞いて、嬉しそうに微笑んでいる。
「ミーファは先入観が無い分、受け入れやすいのかも知れないな」
「だんだんと表情も豊かになってますし、自我もはっきりしてきたんでしょうね」
優しい眼差しでミーファを見るノエルは、どうみても妹を溺愛する兄の雰囲気である。
「そこまで言うなら、ノエルも先の事を考えないとな」
「はい?」
「プロメテウスの戸籍は手配済みだが、ニホン滞在の外国人登録も早急に必要になるからな。
お前の妹として同じ住所で登録するのも可能だが、どうする?」
「ああ。それは問題ありませんよ。
彼女の面倒は、ナナさんにも言われているように僕が見ますから」
「……即決って、ノエル君って意外に男らしいんだね」
「僕も母さんが死んでから天涯孤独ですから、血の繋がった兄妹が増えるのは大歓迎ですよ」
「若返ったお婆ちゃんと、孫との共同生活か。
これは面白い組み合わせだな」
「ゾーイさん、今の台詞をナナさんにメールしておきますからね」
「うわぁ、次の健康診断で意地悪されちゃうから、それは勘弁!」
ゾーイの台詞にミーファを除いた一同は、大爆笑したのであった。
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