023.Voice Of Truth
Tokyoオフィスのリビング。
ユウは夕食の仕度を始める前に、ノエルから聞き取りをしている。
「ノエル君、あの子は好き嫌いがありそう?」
「出会った喫茶店では、シロノワールと味噌カツサンドを美味しそうに食べてましたね。
まぁ空腹のおかげで、食材を気にする余裕はなさそうでしたけど」
「おおっ、ナゴヤ系喫茶店のメニューだね。
乳製品と味噌味が大丈夫なら、発酵調味料も大丈夫かな?」
「追加で注文したサンドイッチは、付け合せのパセリやフレンチフライまでしっかりと食べてましたよ。
唐揚げも美味しそうに食べてましたし、特に苦手な食材は無さそうに見えましたけど」
「なるほど。
それならポトフとかが、良いかも知れないね」
「汁物なら入っている食材もなんとなく判別できるし、良いんじゃないですかね。
でもポトフって……ユウさんはワショク専門だと聞いていますけど?」
「一応母さんに仕込まれてるから、フランスの田舎料理とかも作れるよ。
ただし私が作ると、いつの間にか和洋折衷になっちゃうんだけどね」
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夕食のテーブル。
風呂上がりの幼女のドライヤーを終えたノエルは、彼女と手を繋いで夕食のテーブルにやってきた。
さすがに子供の世話が得意そうでは無いナナに、そこまで任せる気にならなかったのだろう。
幼女は漂っているポトフの香りに、鼻をすんすんさせて興味津々のようである。
「ソーセージだけじゃなくて、肉団子も入ってるんですね。
なんか僕が知ってるポトフより、良い香りがするんですけど」
ユウが配膳しているポトフの具材を見て、ノエルは感心しているようだ。
「ふふふ、やっぱりワフウが入っちゃうんだよね。
フウさんが作った冷凍コンソメに、ちょっと和風の出汁を足してるんだ」
「インスタントじゃないコンソメを使ったポトフなんて、ビストロ以外では食べた事が無いですね」
ここでユウは幼女としっかりと目を合わせて、ニホン語で質問する。
「君はバゲットが良いかな?それともご飯が良い?」
「Les deux!」
ノエルが通訳するまでも無く、 幼女はしっかりと返答する。
やはりニホン語を聞き取って、内容を理解しているのだろう。
「ナナさんの小さい頃は、こんなに可憐だったんですかね」
引き続き配膳をしながら、ユウがナナに遠慮の無い口調で話し掛ける。
ちなみに幼女の前には大きなシチュー皿以外にも、希望通り大盛りライスとフランスパン両方が並んでいる。
「こらっ、それは本人を前にしてあまりにも失礼じゃないか?」
風呂上がりで同席しているナナは、冷蔵庫から勝手に取り出したノンアルコールビールを煽っている。
この後も予定があるのか、飲み放題のビールサーバーを眼の前にして彼女は無念そうな表情である。
「へへへ」
少しだけ日頃の意趣返しが出来たユウは、微笑みを浮かべている。
ここでアンが居ればユウに賛同するのは間違い無いのであろうが、危険を察知したのか彼女はまだ外出先から戻っていない。
「んっ、このポトフ、なんか懐かしい味がするね」
「そうですか?母さんから教わったレシピを、アレンジしてるんですけどね」
「やっぱりアイのレシピなんだな。
それにしてもノエル君、予想以上に懐かれてるよね」
「血が近いからじゃないですか?
でも保護欲を感じているのは、この子に対してだけですけどね」
並んだ席でノエルは彼女のお世話をしているが、器用にスプーンを使っているので殆ど手を出す必要が無いように見える。
「散々な言われ方だけど、ノエル君にそう言われると悪い気はしないな」
「年齢の割に、この子は食べ方が綺麗ですよ。
持っているテーブル・マナーの記憶が、かなりしっかりしてるんでしょうね」
「そこでナナさんが、嬉しそうな顔をするのは何故なんでしょう?」
「だって、自分が褒められたみたいで嬉しいじゃない?」
「……」
「ユウ、ポトフのお代わり!」
ユウが作った珍しいメニューに、マリーの食が普段より進んでいるようだ。
ポトフをおかずに、てんこ盛りした丼飯がどんどんと少なくなっていく。
「Okawari!」
マリーのニホン語を聞いていたのか、幼女はユウにリクエストを発する。
「Attendez un instant」
ユウは幼女に、優しい笑顔を返したのであった。
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「それじゃ、ノエル君、『小さい私』を宜しく!」
リビングからの去り際に、ナナがノエルの耳元に囁く。
「彼女がEOPである可能性もあるけど、物騒な機能は付いていないと思うな。
我々に危害を加えたら、面白い絵が撮れなくなるからね」
「それは全く心配してなかったですね。
それに僕の日常生活を記録しても、全然面白くないと思いますけど」
「いや、普段何をやってるか分からないレイや、多忙すぎるシンに比べれば良い絵が撮れそうな気がするよ。
もう少しすると自我がはっきりしてくるから、そうなると面白い状態になると思うけどね」
予言じみた一言を残しウインクとともに帰っていったナナの姿に、ノエルは一抹の不安を感じていたのであった。
☆
翌日、地階のコンピュータルーム。
「あれっ、こんな所まで付いてきちゃったのかい?」
「ええ。
まだ一人にされるのが、不安みたいですね」
管理コンソールの空いているオペレーター席によじ登ったミーファは、パーカーの前ポケットから小箱を取り出す。ニホンの菓子メーカー製のそのお菓子は、どうやら細長いプレッツエルの様だ。
パッケージから器用に棒状のお菓子を取り出すと、ミーファはポリポリと音を立てて頬張っている。
(プレッツエルが好きなのも、遺伝?)
ゾーイはナナが塩味のプレッツエルをいつも食べているのを知っているので、ミーファを興味深そうに見ている。
ただし彼女が食べているのはチョコレートがコーティングされているニホン製のプレッツエルなので、塩味の米帝製とは違いとても美味しいのであるが。
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ノエルがスケジュール通りにシミュレーターのフライトを終えると、操作画面をプレッツエルを食べながら見ていたミーファがシミュレーター本体にとことこと近づいてくる。
彼女は何故か、ノエルに訴え掛けるような視線を投げている。
「あのユウさん、特注の小さいフライトヘルメットがありましたよね?」
訓練の様子を見に来ていたユウに、ノエルは声を掛ける。
「ああ、マイラ用の注文した分の予備があるよ」
備え付けの備品ロッカーから、ユウはヘルメットを取り出してノエルに手渡す。
ノエルはミーファに無言でヘルメットを被せると、彼女をシミュレーターの前席であるガンナー・シートに座らせる。
ゾーイはノエルの意図を理解したのか、シミュレーターを再起動し前席の操縦をアクティブに設定する。
「エンジンスタート」
誰に促される事も無くサイクリックやコレクティブを握った彼女は、シートからギリギリの距離にあるアンチトルクペダルを半立ちの不安定な姿勢でコントロールしている。ガンナー・シートは前方視野が広く操縦に関する計器が簡略化されているので、幼女であるミーファもなんとか視野が確保できているのだろう。
「へえっ、あの体勢で……すごいな」
管理コンソールで見ているゾーイが、小さな声で呟く。
操縦している雰囲気を味わせるためにシミュレーターをスタートしたゾーイだが、実際に機体を操縦するとは思っていなかったのであろう。ユウはマイラが同じような姿勢でセスナシミュレーターを使っているのを見ているので驚きはしないが、セスナよりもコントロールが難しいペダルの操作までこなしているのに感心している。
「……ナナさんって、ヘリの操縦って出来ましたっけ?」
「ああ、多分出来ると思うが実際にフライトしてるのは見たことが無いな」
「遺伝子記憶でしたっけ?
操縦技能なんかも、引き継がれるものなんですかね?」
続けざまにゾーイに尋ねているノエルは、目を見開いて驚いた表情をしている。
ノエルは自分自身もマニュアルを読んだだけでシミュレーターの操縦を行ったが、ミーファは事前知識も無しに同様のフライトを行っているからである。
「いや、そんな些末な事が伝えられるとは思えないな。
ただし、操縦に関する適性は、確実に引き継がれているとは思うが」
「……」
「先程のノエル君のフライトを見ただけで覚えたなんて、やっぱり凄いね」
「レイのAirmanshipの源泉は、やっぱり母親だったんだな」
ユウとゾーイの一言は、ミーファ本人というよりもナナの血筋に感心しているという内容である。
外野の評価は兎も角として、操縦の合間に見えるミーファの屈託の無い笑顔はとても輝いて見えたのであった。
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