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021.Meet Me Half Way

「バリカタお待たせしました!

 ……あと、こちらが『麺普通』ですね」


 まずノエルは配膳されたバリカタでは無い豚骨ラーメンのスープを、レンゲで味わう。

 通りを歩いていた時には鼻についたトンコツの匂いが、このスープからは全く感じられないのが不思議である。


 カウンター席の隣のマリーは、用意されている調味料からゴマや高菜を入れて味を調整している。

 彼女の真似をして調味料を手に取ろうとしたノエルだが、先程の叱責を思い出してその手を止める。

 一杯目は何も加えずに味わうべきであると、マリーの態度から察したのであろう。


 ズズズッと麺を音を立ててすすっているのも、マリーの地道な教育のお陰である。

 綺麗な箸使いをしっかり身に付けたノエルは、カウンター席に並んだ常連客の中でも全く違和感を感じさせない。


 ノエルとゾーイの食が進んでいる様子を見たマリーは、カウンターに向けて替え玉を注文する。

「替え玉、バリカタで3つ!」


「はいよっ!」


 ちなみにこの店は最近当たり前になりつつある、替え玉2つまで無料の店である。

 替え玉の小皿を受け取ったノエルは麺をスープに浸した後、今度は白ゴマが入った容器を手に取る。

 ハンドルを回してゴマを足した後に追加だれの味をレンゲに注いで確認し、ほんの小量だけスープに追加する。


 細かく味を調整するノエルの様子に、マリーは目を細めて満足そうな表情である。


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


「いやぁ、旨かったな!

 替え玉もしっかり湯切りされていて、スープが薄まらないのも良かった!」


 食べ終えて暖簾をくぐったゾーイは、とても満足そうな様子である。


「ゾーイ、良く分かっている。

 ノエルはどうだった?」


「細麺は初めてでしたけど、トロミがあるスープに絡んで美味しかったですね」


「麺はどうだった?」


「僕はバリカタよりも、普通の茹で加減の方が好みでした」


「そう。

 あそこの職人さんは茹で方も湯切りも完璧だから、普通を食べても美味しい」


「ラーメンは太麺が当たり前だと思っていたので、歯ごたえが新鮮でしたね。

 それに豚骨スープがあんなに美味しいとは、予想外でした」


「ノエルの成長は、姉としてもとても嬉しい」

 マリーはノエルに満足そうな表情で、言葉を返したのであった。



                 ☆



 商店街の外れにあるこの喫茶店は、切り妻屋根に真壁のレトロな建物である。

 カタカナ店名のこの店が、どうやらマリーの次のターゲットのようだ。


「口直しに喫茶店ですか?

 態々寄らなくても、自販機のジュースで良いような気がしますけど」


 マリーはノエルの声が聞こえていないように、若干の空席がある店内に入っていく。

 彼女は既に常連になっているようで、フロアに居るウエイトレスさんに止められる事も無い。


「ノエルはこの喫茶店チェーンに、入った事が無い?」

 店内奥のゆったりとした4人掛けの席に座りながら、マリーが確認する。


「はい。

 なるほど、ちょっとメニューが変わってますよね」

 意味不明なカタカナ?が並んでいるメニューには、名称から想像出来ないデザートなどが並んでいる。


「ゾーイは、ニホン式のコーヒーも大丈夫?」


「ああ。

 何度も喫茶店に入った経験があるから、問題ないぞ」


 カーメリ基地の要員は当然コーヒーについては煩いので、マリーは予め念を押したようだ。


「みそカツサンドを3つ。

 ドリンクはたっぷりカフェオーレを3つで」


「かしこまりました」


 数分後、ボウルのような大きなカップに、カフェオーレが先に配膳される。


「カフェ・クレームじゃなくて、本当に牛乳なんですね。

 まるでコンビニで売ってるコーヒー飲料みたいな味ですね」


「まぁ飲めない事は無いが、これならスターバックスのラテの方が遥かに美味しいな」


「このカフェオーレは、実は特定の組み合わせで威力を発揮する」


「お待たせしました。

 味噌カツサンドです」

 ここで大きめの横長バンズに挟まれた、ボリュームがあるサンドイッチが運ばれてきた。


「おおっ、何だこれは?」


「これが通常メニューなんですか?」


「味噌カツサンドは、他のチェーンでは食べられないメニュー。

 たっぷりのカフェオーレは、これと一緒に食べてこそ意味がある」


「口直しじゃなくて、味が舌に足される感じだな。

 カツサンドは何度も食べた事があるが、ここまで味が濃くなかったと思うぞ」


「ここでカフェオーレを飲むと、舌が適度にリセットされる」


「ああ、なるほど。

 飲んだ後は、また食べたくなりますね」


「追加でシロノワールを3つ」

 マリーはフロアを巡回しているウエイトレスさんに、追加で注文を入れる。

 ちなみにノエルは、まだ一切れ目の味噌カツサンドすら食べきっていない。


「うわぁ、ブリオッシュの上に載ってるのは生クリームですか?」

 注文から待たされる事なく追加したシロノワールが運ばれてくるが、そのインパクトの強い外見にノエルは感嘆の声を上げる。


「ふふふ、違う」


「ああ、これはソフトクリームなのか!

 なるほど、これは斬新なメニューだな」


 ここでノエルは背後に強い視線を感じて、席で背後に向き直る。

 そこには薄汚れたワンピース姿の幼女が、ノエル達のテーブルに並んだシロノワールをじっと見ている。

 ノエルにとってはその『飢餓を訴える眼差し』は見慣れたものであり、同席しているゾーイとマリーも彼女の状態をすぐに察したようだ。

 その幼女のくすんだ茶髪と彫りの深い容姿は、どう見ても地元の子供では無いだろう。


 通りがかった店員さんは彼女に気がついているが、無碍に追い払うわけにもいかずに困惑の表情である。

 ノエルが手招きして彼女に近づくように催促すると、彼女は躊躇も警戒もせずにノエルの横に腰掛ける。

 この辺りが戦場で迷子になり、打ち捨てられた戦災孤児とは大きく違う点であろう。


「Avez−vous faim?」

 こくりと頷いた少女の前に、シロノワールの皿をことりと置くと、彼女は皿に手を掛けてソフトクリームの山をすごい勢いで頬張り始める。


「ノエル、もしかして知り合いか?」

 ゾーイが鋭い視線を彼女に向け続けているが、胃袋を満たすのに懸命な幼女はその視線には無頓着である。ただし日本人離れしたその容姿は、ノエルの知り合いと言われても納得できる雰囲気ではある。


「いいえ」

 ノエルはスプーンを手渡す前に、彼女のベタベタになっている口元と薄汚れた顔を手ぬぐいでしっかりと拭き取る。

 その様子から、彼が意外にも子供の扱いに慣れているのが直ぐに理解できるだろう。


 トッピングのソフトクリームを食べ終えた彼女は、土台になっているブリオッシュも瞬く間に完食する。


「こっちも食べて大丈夫だよ?」

 ノエルが端の一切れのみ手を付けた味噌カツサンドの皿を、彼女の前に移動する。


「……Merci」

 もみじのように小さい両手を使って、大きなサンドイッチを彼女ははむはむと懸命に頬張っている。

 頬が痩けているような状態では無いが、ここ数日はほとんど食事をしていなかったのであろう。


「あのお客様、そちらのお子様は……?」


「ああ、大丈夫。私達が最後まで面倒を見るから。

 何か事情を知ってたら教えてくれる?」


 ゾーイは財布から、ニホン式に作られたプロメテウス大使館の名刺を取り出す。

 名刺を受け取ったウエイトレスさんは、公使の肩書を見て何やら納得してくれたようだ。


「昨日から何度か店に入って来られたのですが、保護者の方が見られないのでどうしようかと思っていました。ニホン語が分からないようなので、こちらでは何も出来ませんし」


「彼女の姿は撮影してニホンの入国管理局へ送ったから、後はこちらで対処するよ。

 色々と教えてくれてありがとう」


 幼女はノエルの横に座り、味噌カツサンドを続けざまに頬張っている。

 自然とノエルに寄りかかった姿勢になっているのは、彼の事をこの短い時間で信用したからであろうか。


「ノエルは、小さい子の扱いに慣れてるんだな」


「……はい。紛争地域では、日常的に保護をしてましたからね。

 これも僕が担当していた、兵站業務の一つでしたから」


「おっと連絡が来たな……該当者無しって?

 まるでエイミーが現れた時みたいだな」


 コミュニケーターの画面を確認したゾーイが、小声で呟く。


「いや、エイミーの場合は、即座に母星から確認が取れた筈」

 エイミーを保護した直後から当事者として見ていたマリーは、的確な指摘をする。


「これは、そのご本人(エイミー)を呼び出して、視てもらうしかないかな」


「Je veux manger plus!」


「すいません!

 ハム・サンドとチキンバスケットを追加で下さい」

 ノエルが幼女の呼び掛けに応じて追加オーダーした声には、切迫感が少しも感じられない。


「ノエル、お前は意外と豪胆なんだな」


「僕にはほんの少し先しか見えませんけど、彼女が人畜無害な存在だというのは分かります。

 エイミーのように迷子になった異星人だとは思えませんが、彼女を無視することは不可能ですから」

お読みいただきありがとうございます。

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