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020.Hard To Concentrate

 Tokyoオフィス地下。


「シミュレーターっていうのは、こんなに簡単に使えるものなのですか?」


 基本レヴェルだが、最初のフライトを終了したノエルがシミュレーターから出てくる。

 ちなみに服装についてはフライトスーツでは無く普段着だが、IHADSS(照準装置)が装備されているヘルメットを装着している。


「か、簡単?!

 いや、こいつはかなり難しいと思うんだけど?」


 管理用コンソールを前に、ゾーイはノエルの感想に驚いている。

 実際にスコアでは操縦エラーは全く検知されずに、ほぼ完璧にフライトを終了しているのである。


 ちなみに暑苦しいフライトヘルメットを脱いだノエルは、汗一つかいていない涼しげな表情である。


「セスナの操縦と一緒で、マニュアルと口頭で教わっただけで特に問題無いような?

 コックピットもLCD改修されていて、とっても見やすいですし」


「もしかして、ノエルは回転翼の操縦を実際にやったことがあるのかな?」


 セスナ実機を初見で操縦したと聞いていたので、ゾーイは念のために尋ねてみたのであろう。


「ここ数日は教本を読み込みましたけど、サイクリックやコレクティブに触ったのは今日が初めてです」


「初めて触ったって……シンの時にも驚かされたが、全く血筋(Lineage)というのは、恐ろしいもんだな」


「?」


                 ☆



 休憩でリビングに戻った二人は、珍しくマリー以外の人影が無いのに気がつく。

 誰も居ない静かなリビングでは、これ幸いとピート(黒猫)がソファの上で熟睡している。

 お腹を上にしているという事は、かなりリラックスしているのであろう。


「そろそろ昼食を摂ろうか?

 あれっ、今日はユウが不在なんだな?」


「そういえば、ユウさん『配達?』があるって言ってましたよ。

 不在に出来るのはやっぱりゾーイさんが、此処に居るからじゃないですか?

 もしもTokyoオフィスの管轄で何か起きても、対処して貰えるでしょうし」

 

 リビングの大テーブルには、いつもの巨大(どんぶり)に白米と汁物を並べたマリーが食事中である。

 大きな配膳用のワゴンには業務用炊飯ジャーとスープポット以外にも、常備菜のタッパーと佃煮などのご飯のお供が大量に並んでいる。食器があらかじめ用意されているのは、ゾーイとノエルの昼食としても準備されていたのであろう。


「あれっ姐さん、何を食べてるんですか?」


「ご飯も炊飯ジャー2台に炊いてあるし、具沢山の豚汁もある。

 あとは常備菜や『ごはんのお供』も大量にあるから、わざわざ外食しなくても大丈夫」


「おおっ、貴重品な鰻の佃煮まであるじゃないか?

 私もご相伴に与ろうかな」


「ノエルも一緒に食べれば?

 ユウの作る豚汁は、絶品」


「なんか此処のご飯、すごく良い香りがしますね?」

 炊飯ジャーからゾーイの分を大きな丼に盛り付けながら、ノエルが呟く。


「ああ。ユウが言ってたが最近は玄米で仕入れて、炊く直前に精米してるらしいぞ」


「これは……外食した時に味を比べちゃうと、辛いかも。

 うわっ、この豚汁も凄いや!」


 須田食堂の常連であるノエルは日頃から豚汁を食べているが、ユウ謹製は別格のようだ。


「この豚汁だけをおかずにしても問題無いが、この佃煮はマリーが集めたのかい?」


「スーパーと通販で探し回って、気に入ったのは定期配送便にリストに加えてもらった。

 私、漬物や佃煮のバイヤーに任命されている」


「おおっ、やっぱり鰻の佃煮は旨いな!」


「ミャウ」

 ここでメンバーの声に目覚めたのか、ピートが見上げるノエルの足下に体をこすりつけている。


 ノエルは何か思い出したようで、自分の昼食分の配膳を中断して厨房の冷凍庫へ向かう。


「ええっと、冷凍庫の奥ってこれか!」


 実はユウからピートの食事の世話を頼まれていたノエルは、スープを入れるような深皿にご飯をたっぷりと盛り付け冷凍庫から取り出したフレーク状のものを満遍なくふりかける。

 次に皿の上にブロッコリーや人参などの温野菜を盛り付け、最後にマリーが食べている佃煮類からいくつか選んでご飯の中央に並べていく。


「ええっと、ピートこれで良いかな?」


「ミャウ!」


「このフレークはピート用なんですかね?」

 ノエルは自分のお膳を用意して、漸くテーブルに着席する。

 


「もちろん違う。

 それはブランド牛の生ミンチを、フレーク状に急速冷凍したご飯のお友」


「どれどれ……おおっ、これは旨い!

 融点の低い牛脂が口溶けして、旨味が広がるんだな」

 少量を自分の丼にふりかけて味見したゾーイが、感嘆の声を上げる。


「何よりピートはユウの飼い猫だから、口が肥えてしまっている」


「ピートは、姐さんにそれを言われたくないと思いますけどね」


「ミャウ!ミャウ!」

 ノエルの一言に同意の声を上げたピートは、ノエルの顔を見上げてお代わりをしっかりと要求したのであった。




                 ☆



 食事休憩後、訓練はまだまだ続く。


「このシミュレーターって、実物の挙動よりも安定してるんですかね?」

 カリキュラム通りにフライトは進行しているが、あまりに順調なのでノエルは拍子抜けしているようだ。実際には緊急対応の操作が入っているので、技術的にはかなり難しい段階に入っているのであるが。


「いや、オートローテーションは、シミュレーターでも実機でもかなり難しいと思う。

 これを簡単だと言った奴は、カーメリですら一人もいなかったぞ」


「……この調子でこなしていけば、ハワイでは順調に飛べるようになりますかね?」


「普通の飛行は問題無いと思うが、これは戦闘ヘリのシミュレーターだからな。


「???」


「飛ばすだけじゃなくて、実機でガンナーとしての操作が加わると相当難しいと思うぞ」


「ああ、パイロットシートでもIHADSS(照準装置)を使えば、攻撃出来るんですね」


「もちろん複座が前提だが、ガンナーが戦死する可能性もあるからな。

 両手両足に加えて左右の眼球すら独立して使う必要があるから、適性が高くないとかなり苦労すると思うぞ」



                 ☆



「今日のお目当ては、どんな店なんですか?」


「ああ。今日は私のリクエストでハカタ・ラーメンだな。

 もしかしてノエルは、動物系が出汁になっているラーメンが苦手なのかい?」


 夕方まで続いた訓練を遅延無しに終了し、マリーを加えた3人は夕食に向かっていた。

 Tokyoオフィスから少し離れたこの商店街では、道すがらに豚骨スープ特有の癖の有る匂いが流れている。


「いえ。商店街の●郎という店以外は、ラーメン自体を食べる機会が殆ど無かったので。

 でも何でハカタ・ラーメンなんですか?」


 ノエルはニホンでの外食の経験がまだ乏しいが、ご当地ラーメンの種類は概ね理解しているようだ。


「ミラノにラーメン屋が出来てね、カーメリ基地の大勢がそこのハカタ・ラーメンのファンなんだ」


「ミラノにハカタ・ラーメンですか?」


「それで本場のハカタ・ラーメンをシンに何軒か紹介して貰って、それ以来ラーメン好きになったんだよ」


「……はぁ、なるほど」


 白い暖簾が下がった店の前には、少人数だが行列が出来ている。

 マリーが迷うこと無く行列の最後尾に並んでいるので、この店は入店してから食券を購入する方式なのであろう。マリーはこういった暗黙の了解を良く理解するようになったので、最近は外食先でトラブルを起こす事も無くなっている。


「ユウの引き抜きに成功したら、カーメリ基地の中でニホン料理店をやりたいんだが。

 ユウはニホンを離れる気が無いみたいだし、何よりマリーが怒りそうだからな」


「もしそうなったら姐さんはどうするんですか?」


「どうしてもユウが移動するなら、付いていくまで。

 それほど深刻な事態には、ならないと思う」


「ああ、今はシンが居るからな。

 カーメリにはDragonLadyを配備する余裕が無いが、オワフまで一瞬で行けるし」


「???」

 シンの特殊能力に関して全く知らないノエルは首を傾げるが、2人はその点を詳しく説明する気は無いようである。


 漸く入店できた3人は、マリーが全員分の食券を購入しカウンターに着席する。

 麺の硬さを聞かれたマリーだが、迷う事無く「2つはバリカタ、1つは普通で」と指定を行う。


「姐さん、自分も同じで良かったのに」

 

「いきなり通ぶってバリカタの注文は駄目!

 スープを飲まずにいきなり胡椒をかけるのと同じ」


 マリーは小声でノエルを叱責するが、ノエルは反論をする気が全く無いようである。

 この辺りが、ノエルがマリーに舎弟として可愛がられている所以なのであろう。

お読みいただきありがとうございます。

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