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018.You Won't Let Go

 雫谷学園校長室。


 ノエルはユウを同伴して、入学試験以来である面談に来ていた。

 ユウがこの場に居るのはノエルが懇願したからでは無く、彼女自身が同席を主張したからである。


「おおっ、まるでユウ君が保護者(Maman)のようだな」

 ちなみに校長(ジー)はいつものサイケ調のTシャツを着用しているので、威厳というものが微塵も感じられない姿である。


「校長、ノエル君なら息子と呼ばれても大歓迎ですけど、私が同行したのは補足説明が必要な為です」

 わざとらしい咳払いの後に、ユウが説明する。


「はいはい。

 それで、ハワイで回転翼の操縦訓練を受けてみたいって?」


 ノエルは無言で、ニホン式にコクリと頭を下げる。

 

「今回は、ずいぶんと素直に頼んでくるんだね」

 入学試験の面接でノエルはほぼ無言を押し通し、周囲を困惑させた経験がある。

 一人暮らしを認められる条件が学園への入学だったので、面接を受けたのも本当に嫌々だったのであろう。


「……校長、実はノエル君は自分で訓練業者(パイロットスクール)を数ヶ所訪ねた後でして」


「なるほど。

 自分で何とかしようという心意気は素晴らしいが、いくら経済的に余裕があっても年齢の壁があるからね」


「……はい。費用に関しては全額前払できるにしても、年齢制限については法律を曲げて融通するのは無理だと何処でも言われてしまった様です」


「……」

 いつもより表情が硬いノエルは、かなりの決意を持って面談に望んでいるようだ。

 要望が叶えられない場合には、彼がこのままTokyoに留まる理由が希薄になるからであろう。


「もちろん学園なら予備役将校訓練という事で、訓練カリキュラムを受けるのは問題ないけど。

 僕に頭を下げてまで訓練を受けたいという事は、何か心境の変化があったのかな?」


「……シンさんの訓練映像を見せて貰って、自分で決めました」


「彼が出来るなら、自分にも楽勝で出来る筈だと?」


「……自分はそこまで傲慢じゃないです」

 返答までゆっくりとした間がありポツリポツリと喋るノエルは、いつもの当意即妙な受け答えが出来ていない。


「本当に謙虚な気持ちで学びたいというのなら、動機はどうしても聞かないといけないかな」


「……母の教えで、手に入る技術は躊躇せずに身につけなさいと子供の頃から言われてきました」


「それで?」


「身につけた技術で何度も助けられましたし、そのお陰で僕は今でも生きています」


「実務的な意味で、操縦技術を身につけたいというのは理に叶っているよね。

 でも何か建前意外の説明が、欠けている気がするな」


「……それって、僕は訓練を受けるのに相応しくないという事ですか?」


「いや、入学出来た時点で、訓練を受けるのには何の支障もないけどね。

 特に飛行訓練に関しては、希望者は無条件で受講できるのが我が校の慣例だから」


「???」


「たとえばマイラ君の場合は、シン君の役に立ちたいという強い熱意があったけど、君の本音をこの機会にぜひ聞かせて欲しいな」


「……」


「ノエル君、いつも雄弁である必要は無いけど、この場では素直な気持ちを喋ってほしいな」

 ノエルの目をしっかりと見ながら、ユウは彼に発言を促す。


「……はい。

 僕の今までの人生は、廃墟の中でもがき続けるまるでモグラのような生き方でした。 

 明るい場所も空の存在すらも理解できず、ひたすら目の前の生になんとかしがみ付くしかありませんでした」


「……」

 ノエルの本音なのか、かなり暗鬱な告白に二人は返す言葉が無い。


「見上げた空に現れるのはいつでも敵方のガンシップで、どうやって排除するのかそればかりを考えていました。こんな環境に育った僕でも翼が手に入るなら、それを欲するのは当たり前の感情だと思います。

 道具を手に入れるというより、本当の意味でジャンプアップしてみたくなって。

 このタイミングを逃すと、数年先の自分はどうなってるかわかりませんし」


「……なるほど。

 ところでユウ君は、今回は教官として同行できるのかな?」


「マイラが参加しますので、教官では無くてお世話係で同行するつもりです。

 ただしその場合は、シン君に残ってもらってTokyoオフィスの面倒を見てもらう必要がありますけど」


「ああ、彼なら要望通りに手伝ってくれるんじゃないかな。

 戻ってきても、暫くはジャンプ出来ない状態になるだろうしね」


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎



 学園からの帰路。

 ユウはノエルと一緒に、イケブクロの繁華街を雑談しながら歩いている。


「ハワイ・ベースに行く事前準備として、Tokyoオフィスでシミュレーター訓練を集中してやって貰おうかな」


「ええっと、訓練の時だけ伺うのは駄目でしょうか?」


「専任教師役のゾーイさんが数日後にはTokyoオフィスに来るから、逃げられないと思うな」

 ユウは悪戯っぽい笑みを浮かべて、ノエルに説明する。


「……ゾーイさんって、シンさんの訓練をしてたあの方ですよね?」


「まぁ彼女の訓練はかなりハードだけど、ハワイではすぐに操縦を堪能できるから頑張ってね。

 今回はわざわざ整備要員を、アラスカからハワイに呼ぶようにスケジューリングしてるみたいだし」


「どういう事でしょう?」


「前回は空軍基地に持ち込んだ戦闘ヘリ(AH−1)が、整備不良ですぐに使えなくなってね。

 今回は機体のレストアを担当したメカニックを、わざわざハワイまで呼ぶみたいだから相当気合が入っているよね」


「あの……僕は戦闘ヘリのパイロットになる気は無いんですけど?」


「難しい機体で操縦を覚えると、何でも乗れるようになるってシン君も言っていたよ。

 TokyoオフィスにはAH−1(コブラ)専用シミュレーターもあるし、まずトライしてみる事だね」


「はぁ……」



                 ☆


 

 数日後。


 ノエルはTokyoオフィスに着任したゾーイのリクエストで、ハクサン通りを一緒に歩いていた。


「ノエル君、この近くにある老舗のとんかつ屋さんは来たことがある?」


「いいえ。この辺りはカウンター席のカツカレー屋さん以外は、入った事がありませんね」


「ああ、あそこのカレー屋はマリーが常連なんだろう?

 活気があって盛りが素晴らしい、とっても良いお店だよね」


「良くご存知ですね。

 ゾーイさんって、Tokyoに常駐した事があるんですか?」


「いや、私はずっと欧州やアラスカを転々としてるから、その経験は無いな」


「何でそんなに、ニホン語が上手なんですか?」


「そりゃぁ、美味しいものを食べ歩くのには言葉が分からないとね」


 目的の店の引き戸を開くと、白木のカウンター席には若干の空席があった。

 ランチタイムも少し過ぎているので、行列が無かったのは幸いである。


「とんかつ定食、ご飯を大盛りを2つ」

 いらっしゃいませの声が掛かる前に、ゾーイは流暢なニホン語で注文を入れる。

 外人の一見さんに困惑した表情だった板前さんは、ゾーイの操る流暢なニホン語に安心したようだ。


 店内では、BGMはおろかおしゃべりをする声も聞こえない。

 特徴的な白木のカウンターは若干日焼けしているが、磨き込まれており清掃が徹底されているのが分かる。

 ニホンの飲食店に慣れているノエルは、これが店のいつもの雰囲気だと理解しゾーイに対して話し掛けることもしない。ゾーイは慣れているのか、無言で配膳されたロースカツを、黙々と食べている。


 早々に食べ終えた二人は、無言で食器をカウンターに戻し店を後にする。

 支払いは勿論、もてなす側であるノエルの担当である。


「ああ、美味しかったな」


「値段の割には、とっても良かったですね」


「ノエル君、米粒やキャベツ一切れも残さずに食べきっていたな。

 とっても感心したよ」


「須田食堂のおばちゃんに教わったんです。

 ニホンでは米粒一つ、付け合せの野菜一切れでも残さずに食べきるのが、食事の礼儀だって聞いたんで。

 それからは初めて入った店でも、気をつけるようにしています」


「うん。さすがマリーが舎弟扱いするだけの事はあるかな」


「?」


「60年近く続いたこの店は、実は近々閉店するんだってさ。

 ユウに連れられて何度か利用したんだけど、最後にもう一度食べてみたかったから満足かな」


「そんなに老舗に見えませんでしたけど、60年というのは凄いですね。

 日頃からニホンの外食について情報収集してるんですか?」


「ああ、シンが迎えに来てくれると、時差ゼロで食べ歩きが出来るからな。

 今回は定期配送便に同乗したから、久々に輸送機を操縦出来て楽しかったし」


「……」


「夕飯はユウの手料理を食べれるし、空き時間にはシミュレーターの訓練で楽しめるからTokyoオフィスは退屈しないよな」


「つまり、自分の訓練は暇つぶしですか?」


「まぁね。

 もちろんカーメリに来てもらえば、スパルタで鍛えるのも可能だけどそれがお望みかな?」


「いいえ、とんでもない!」


「ははは。

 君は母君と、そういう要領が良い所が似てるなぁ」


 ゾーイの屈託の無い笑い声は、ジンボチョウの街並みに静かに響いていたのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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