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017.Come To The Table

 Tokyoオフィス、トレーニングルーム。


 室内の端にある畳敷きのスペースで、何故かノエルが身じろぎもせずに立っている。

 目の前に並んでいる巻藁はアンがブレードの鍛錬用に常備しているもので、他にブレード使いが居ないTokyoオフィスでは彼女専用の消耗品である。


 絶妙なバランスの立ち姿にはまるで力感が感じられないが、注意深く見れば右手の指先だけが微かに動いているのが分かる。

 次の瞬間、手前の巻藁がまるで居合刀で切られたように、バラバラと畳の上に転がっていく。

 間を置かずに並んだ巻藁が次から次へと切断されていくが、相変わらずノエルは静かに直立したままの姿勢である。


「ノエルもトレーニングですか?」

 ユウとの定例になっている訓練を終えたエイミーが、巻藁の床に転がる音に気がついて声を掛ける。


「うん。

 アンさんに場所を提供して貰ったんで、ちょっと自主トレを。

 こういう設備が無いと、実戦的な鍛錬は難しいからね」


「鋼糸ですか、羨ましい能力ですよね」

 エイミーは足下まで転がってきた巻藁を手に取り、感心した様子である。

 その鋭い切断面はアンが得意としているブレードとほぼ同一であり、観察眼のあるエイミーであっても違いを指摘する事は難しいであろう。


「でもなんで、鋼糸の事を知ってるの?」


「昔のデモンストレーション映像を見ましたから。

 それに身近には、ピアさんも居ますし」


「なるほど。

 そういえば、母さんはピアさんと一緒に鋼糸の鍛錬をしていたと聞いた事があるよ」


「じゃぁ私が見たデモンストレーション映像の『鋼糸使い』は、お二方の師匠かも知れませんね」




「……ところでエイミーは、ハワイ・ベースに行った事がある?」

 転がった巻藁をゴミ袋にまとめながら、ノエルは片付けを手伝ってくれているエイミーと雑談を続けている。


「はい、何度かシンのお供で行った事があります」


「どういう所?」


「観光地からかなり離れていて、広い敷地は私有地としてフェンスに囲まれています。

 外部からの邪魔が入らない、とっても閑静な場所ですね」




                 ☆



 引き続きリビングでの会話。


 エイミーのパリに関する知識は、美術館と数件のレストランを訪れた経験のみである。

 土地勘があるノエルとの会話は、予想以上に弾んでいた。


「SID、ライブラリにノエルさんの写った映像はありますか?」


「……尋ねるだけ無駄じゃない?母さんはCongohとはコンタクトしないで生活していたし」


『いえ、数万点はありますね。

 動画も古いものから何点かあります』


「ええっ!?そんなに数があるの?」


 生まれたばかりの赤ん坊の映像は、昔懐かしい業務用のデジタル・ビデオで撮影されたものであろう。


「ああ、これはきっとナナさんが手配して撮影した分ですね」


「……」


「これは寄宿舎で生活していた頃だ……なんでこんな画像が残ってるんだろ?」


「これはナナさんの指示で、長期間に渡ってノエルは追いかけられていたんですよ。

 これは監視カメラの映像を、ハッキングしていたんでしょうね」


「……」


「自分の足跡が見れるなんて、羨ましいですね」


「というか、何かストーカーチックで怖いんだけど」


「私が此処に来てからまだ1年位ですから、そういう画像は殆どありませんから」


「エイミーの画像も何点かありますよ」


 ここで、エイミーがイケブクロの町並みに立っている姿が表示される。

 これも明らかに街頭の監視カメラから取得した映像であろう。


「うわっ、一年前なのにだいぶ幼いね。

 こんなに早く成長したんだね」


「シンも短期間でかなり変わってますね」


「僕が知ってるシンさんよりは、だいぶ少年ぽく見えるかな」



「それでハワイの話に戻るんだけど、ハワイベースは常駐してる人達は大勢居るの?」


「いいえ。

 作戦の時にはTokyoオフィスのメンバーが合流するので、ほんの数名しか居ないと思いますよ」


「そうかぁ……最近はTokyoにも慣れてきたけど、人があんまり居ない場所って良いよね」


「でもノエルさんは、大都市のパリ育ちですよね?」


「いや、パリには家もあったけど、住んでたのは待機期間だけだから。

 僕の故郷はやっぱり、硝煙と血の匂いがする場所だね」


 ハードボイルドを気取ったような台詞だが、ノエルの一言はあくまでも過去の経験から出た本音なのだろう。

 エイミーはピアととても似通った彼の発するオーラに、なぜか目を逸らす事が出来ないのであった。



                 ☆



 Tokyoオフィス、キッチン。


「ゾーイさん、ノエル君の事なんですけど?」

 ユウは仕込みをしながら、備え付けのコミュニケーターでカーメリ基地と通話をしている。


「ノエル君……ノエル……ああ、今あの子はTokyoに居るんだっけ?」


「血筋から言ってパイロットとしての将来性は間違いないと思うんですが、本人は回転翼の方に興味があるみたいで。そこでゾーイさんに適性を見極めて貰いたくて、連絡したんですけど」


「おおっ、まさに私の出番じゃん!

 シンに早速迎えに来るように言っておいて!」


「……残念ながら、シン君はまだ出張から帰ってません。

 それに帰って来たとしても、一週間はジャンプ出来ないでしょうね」


「ああ、そうだった。

 それなら休暇も溜まって来たし、定期便に同乗してそっちに行こうかな。

 今フウが不在だから、ユウも大変でしょ?」


「大変というか、身動きが取れないだけで実際は楽をさせて貰ってますよ。

 ところで、こっちから送った弁当の評判はどうでした?」


「あの弁当は何か中毒性がある感じだな。

 地味なんだが、暫くするとまた食べたくなる不思議な味なんだよなぁ」


「名物駅弁とかには、他にも同じようなベストセラー商品がありますからね。

 シン君が戻れば、もう少し楽に融通できるんですけどね」



                 ☆



 タワーマンション、ノエルの自室。


「ノエルさん、部屋のコミュニケーターを使うなんてどうしたんですか?」

 リビングにはコミュニケーターが当然のように設置されているが、ノエルは長い間その存在を無視していた。プライベートを維持するためのキルスイッチを解除したのは、彼が居住するようになって今回が初めてである。


「……必要に迫られてね。

 SID、最近オワフ島で行われた操縦訓練の映像はあるかな?」


「義勇軍の訓練映像については、ほぼ全部揃っています。

 誰の映像をご要望ですか?」


「問題なければ、シンさんの訓練映像を古いものから順に見せてくれるかな?」


「アクセス権については、プロメテウスの国籍をお持ちなので問題ありません。

 それでは、回転翼の訓練から先に見ますか?」


「うん。よろしく」




「複座の前席に座ってる人は誰?」


「カーメリの司令官のゾーイさんですね。

 彼女は戦闘ヘリのスペシャリストですから」


「ふ〜ん。でもこの映像って、大分後の訓練じゃないの?

 回転翼の訓練は、普通商用ヘリから始めるんだよね?」


「シンさんのケースは特別で、ゾーイさんの発案でこれが最初の機体ですね」


「戦闘ヘリで初期訓練をするなんて、普通じゃないよね?

 それに乗り始めで、あんなに安定して飛べるものなのかな?」


「ええ。

 彼はヘリ・パイロットとして並外れた適性があるみたいなので、特例でしょうね」


「……僕にはそういう適性があるとは思えないから、羨ましいね」


「ふふっ、本気で言ってますか?」


「???」

 AIだとは思えない含み笑いに、シンの疑問が一瞬にして大きくなる。

 SIDと細かいやり取りをした経験が無い彼は、彼女のパーソナリティについて詳細な知識を持っていないのであろう。


「単純に適性だけの話なら、ノエルさんはリコは勿論シンを超えるだけの潜在能力がある筈なんです。

 パイロットの適性は、生まれながらに持っている資質(RightStuff)ですからね」


「自分の血筋については興味は無いけど、適性があるなら学園で飛行訓練を受けさせて貰えるかな?」


「ユウさんは、すでにそのつもりで色んな手配をしてるみたいですよ」


 ノエルは大画面に映るシンの訓練の様子を、身じろぎもせずにじっと見ている。

 戦場で多くのヘリを見続けてきた経験から、ノエルは技術的な裏付けは無くても操縦者の技量について的確に評価できる目を持っている。


 不安定と言えるほど機敏に反応する戦闘ヘリを楽々と操るシンのフライトは、ノエルが想像していた以上の強い印象を彼に与えたのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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